3.暗黒天国
13章:桃川有朱は白香の仲間である
第71話 私はもう死んでいた(生きてる)
8月も折り返しになるというのに、蝉時雨は止む気配がない。
東京でもセミはギャンギャンと騒いでいたけれど、こっちに戻ってみると、心なしか更に数が増している気がする。単純にね、木が向こうより多いもんね。さもありなん。
さて。現在、私はコンクリートジャングルな都会を離れて実家に帰省し。
「なんでそれで付き合ってないの? バカなの?」
地元の友人と、久々の再会をはたしていた。
私は今、通っていた高校近くのかき氷屋で、まったり既知の友人と二人で話しこんでいるところだ。夏休み期間中のはずだけど、店内には部活や補習の帰りらしき、母校の制服を着た生徒がほとんど席を埋め尽くしている。
高校時代には学校帰りによく寄っていた場所で、随分と懐かしい。
もっとも夏期のみ営業のお店だから、仮にまだ高校生だったとしても、去年の夏だからそこそこ期間が経っていることになるんだろうけど。それでも地元を離れていたせいもあってか、なんだかとんでもなく久しぶりな気がしてしまう。
しゃくしゃくとイチゴミルクのかき氷を混ぜながら、感傷に浸っていると。
「え。マジでなんでそれで付き合ってないの。お前はバカなの?」
「二度言わないで
「何度でも言うわ! お前は!? バカなのか!?」
「バカです! 大馬鹿者です!!!」
追い打ちをかけられ、私は顔を覆う。
びしり、とスプーンを私に向けて突きつけてきたのは、高校時代からの友人である
彼女も大学進学を機に地元を出て、同じく東京の大学に進学したクチだけれども、なんだかんだと忙しくて、これまで向こうでは一回しか会うことがなかった。
距離が離れているとはいえ、同じ東京に住んでいるくせに、数ヶ月ぶりの再会が地元の馴染みのかき氷屋なのだから、不思議なもんである。
先ほど私は、春から起きたこれまでの出来事について、彼女にひととおり話し終えたところだった。
無論、全部じゃない。吸血鬼だの人狼だの刀だのの、非日常な部分については当然まるっと伏せてある。
もっともそれを差っ引いても、置かれている状況が非日常と言われたらそれまでですけれども。
「っていうかなんだよその状況。少女マンガか? 乙女ゲーか?? 近頃都で流行るものなる転生ものか???」
「私まだ死んでないし、転生ものの流行りは今に始まったことではない」
「世の夢女子が垂涎物の美味しすぎるこの状況、実は既にお前は死んでいるのでは?」
「マジか私もう死んでたのか」
それなら現在の状況も納得できるかもしれない。
なにせ、私(変態)の目の前に、二次元にも匹敵するドストライクな推しが登場しただけでは飽き足らず、その当人にアプローチをかけられるという驚きの夢展開である。夢女子なら昇天していてもおかしくはない。っていうか何度もしかけている。
あれ、やっぱり私もう死んでる?
もうトラックに跳ね飛ばされて転生してた?
思わず頬をつねるが、普通に痛くて手を離す。
アッそうか。夢を見てるのと違って、転生なら別の世界で生きてるわけだから、頬をつねっても痛いわ。
つぅか自分の周りの人も環境も過去もそっくり同じで、別に特別な能力が付与されることもなく、限りなく元いた世界と同じだけど、華麗に推しだけが登場した世界線に転生とか、そんなシンプルだけど逆にややこしい設定あってたまるか。もはやそれ転生じゃなくてローファンタジーでいいだろ。
というか、うん。
まず、私はトラックにひかれてない。
5月の満月に紅太くんの吸血鬼化を目撃してから、先の夏合宿まで。
本当に、色々なことがあった。そりゃあもう色々あった。
話せはしないが、もしその辺も引っくるめて瑠璃に説明するなら、かき氷を食べきるだけの時間じゃ済まないだろう。夕方まで話し続けても終わるか分からない。
自分に関してだけでも、突き落とされたり軟禁されたり襲撃されたり出血したり出血したり出血したり色々なことが、ってアレ私、血ィ出してばっかだな?
そして、自分の知らなかった世界に生きる、彼らのことを知った。
亜種を狙う黒の存在とか、黒崎のこととか、心配事は山とあったけれど。
それを無理矢理にさておいても、目下、向き合わなくてはならない出来事が私にはあった。
「明日にはもう東京に戻るんでしょ?」
「はい」
「で、三日後にはデートと」
「デート……!」
自分で話しておきながら、人から言われると改めて萎縮してしまう。
そうなのだ。
そういう、ことなのだ……!
夏合宿のバーベキューにて、紅太くんよりデートのお誘いを受け。それに諾と返事はした。
するとそのまま、驚きの段取り力で、あれよあれよという間にその場で日取りと行き先が決まってしまったのだった。
そうね。こういうのって、さっさと決めるのが重要だもんね。勢いは大事。
で。勢いで決定したはいいものの。
いよいよその日が近付いてくるにつれ、私は急激に怖じ気づいているのだった。
「瑠璃さん。デートって、何すればいいの? 息?」
「息はしないと死ぬからね」
「このままではし忘れる可能性がある」
「よし。ならば第一目標は『呼吸を忘れないこと』だ」
「ラジャー」
なんだろう。
別に、異性と二人で出かけること自体は、初めてではない。
環とはカラオケやら買い物やらでしょっちゅう出かけてるし、行き先は若林邸だったけど緋人くんと出歩いたこともある。蒼兄と銀座や築地にだって行った。
紅太くんとは、一対一で出歩いたことはないとはいえ。別に今更、緊張するような関係でもない。そもそも一緒にどこかに行くより、血をあげるという行為の方が、よっぽどアレだ。まあそれも、今はだいぶ慣れましたけれども。
それなのに。こうしてお膳立てされると、途端にうろたえてしまうのは、何故でしょうね……。
「しかしなぁ」
抹茶小豆を口に放り込んでから、瑠璃は深刻な面持ちで頷く。
「そのすこぶる美味しい夢展開シチュ。是非とも間近で観察させていただきたいところではある。
いやぁマジで残念だなぁ。その日はこっちがサークル合宿で行けないわぁ」
真面目そうに口を開くから何かと思えば!
そんなこったろうと思ったよ!!!
因みに私はインプットを専門とするところのオタクであるが、こいつは積極的にアウトプットをするタイプのオタクである。
更に余談だが、紅太くんたちのあれやこれやが起こる前に、文学フリマとかいうイベントに瑠璃が同人誌を作って出店したので、その売り子として付き合わされている。
つまり、こいつは類友である。
「瑠璃さん、夢はあなたの専門じゃないのでは」
「そっちの専門だって夢じゃないでしょ白香さん」
「いやこれは現実ですし。夢じゃないですし」
「あれ? そうだっけ? でもどう考えても、ある日突然、龍神の神子として京という名の異世界に召喚されたとかの間違いでは?」
「何が間違いなんだよどう考えても遙かなる時空は超えてませんからね!!!」
時代は思いっきり令和だよ!!!!!
「てっきり新作のお話かと」
「新作は戦国時代だし、私は信長の娘ではない……」
「まあ、タイトルは別の作品だろうけど」
「そういう問題ではない」
「うたプリでもバスタフェでもないだろうしなぁ」
「聞け」
「だってホラ。今の白香の置かれているシチュエーション的に、乙女ゲーの中に吸い込まれてる可能性は否めないよね」
「なら今会話してるアンタは何なんだ?」
「プレイヤー」
「お前がかよ!!!」
盛大にツッコミを入れたところで、しかし瑠璃はそれをものともせず。
急にハッとした表情になり、指を鳴らす。
「ツイステ!?」
「話を聞け!」
「何寮だ? 相手は何寮なんだ?」
「お前もう黙れよ」
「そう憤るなよ監督生」
「誰が監督生だ」
確かに監督生だけど、それならお前も監督生だろうが!
そして元ネタを知らない世間一般の人に訳の分からないネタはいい加減に止めろ!!!
そして私は、瑠璃ののたまった『寮』という単語のせいで、ふと浮かんでしまった「ポムフィオーレ」という単語をぶんぶんと脳内から追い出す。
なまじ題材が題材だけに、白雪姫というワードを思い出してしまうから是非やめろください。
「まあ、冗談はこの辺にしておいて」
ホントだよ。
最近はこの手の話だと、私が周りからたしなめられる状況しかなかったので、久々のツッコミ連発は大変に疲れる。
「で。白香はデートして、それでどうしたいの」
不意に真面目なトーンで聞かれ、私はスプーンを咥えながら唸る。
「いや、もう、何もかも、どうしたらいいか分からないのです」
「どうもこうも、シンプルに付き合っちまえよ愚鈍な豚め」
「ドストレートに罵倒をされた」
「お前を罵る引き合いに出されるなんて、本当は体脂肪率の低い豚にも失礼だよ」
「言い出したのアナタでは?」
最近は犬と呼ばれることが多かったので、豚と呼ばれることに新鮮さを感じてしまうな。
それはともかく、何も否定できないので反論できない。
「私なんぞが、男女交際とかそういうキラキラした大学生活にいそしんでいいはずがございませんので」
「出た出た、いつものやつ」
うんざりといった風に瑠璃は茶化す。
そうは言われましてもね……。
「だって。私の中身は、コレだし」
「まあ。お前の中身はアレだけど」
「アレだった」
「アレだろう」
はい。アレです。
「だけど、向こうは白香の本性を知ってるわけでしょ」
「完ッ全にバレてますね」
話し込んだ初日に片鱗はバレてますからね。
その後の付き合いで、もう大体の残念なところは見抜かれてますからね。
最近は、私の残念な思考を少々先読みされている節さえありますからね。
察しの良いクレバーな大天使もそれはそれで美味しいけれども。これ以上、緋人くんばりに読みが鋭くなってしまうと、いよいよ私の生活に支障が出てしまうので、緋人化はほどほどに留めていただきたい。
瑠璃は再び、スプーンをずいと私へ突きつけた。
「ならマジで何を迷うことがあろうか」
「ぬ」
「つぅか、もはや若林少年が可哀想だわ」
「う」
「事情を知らない人が聞いたら、あっちじゃなくお前の方がよっぽど小悪魔だよ」
「ぐぅ」
ぐぅの音も出ねぇ。
今出たけど。
いや。
私だって、分かってる。
分かってるのだ。
瑠璃の指摘は至極もっともだ。
私だってこの話を聞かされる側なら、似たようなことを言うと思う。
だけど。
だけど、なあ。
「それにお前さ。どう考えても、若林少年のこと好きでしょう」
「好きですね。全世界に誇るべき素晴らしき尊さですね」
「推しという意味合いから離れろ」
「アッハイ」
「推しってとこから離れた上でも好きでしょ?」
「そう、だとは。思うんですけれども……」
煮え切らない返事をして私は頭を抱えた。
しょうもないことで悩んでいるのは分かっている。
だけど。
私はまだ、どうしたってそこから抜け出せないんだ。
「どうしよう?」
「どう、と言われてもなぁ」
瑠璃は溶けかけたかき氷を口に押し込み、スプーンを行儀悪くくわえながら、眉間に皺を寄せる。
「さっさと付き合っちまえと言いたいところだけど。どうせ、あのことが引っかかってるんでしょ」
「どうせって」
そのとおりですけれども。
「あのね。こちとら昔っから何度も言ってきたから、もう耳タコならぬ口タコなんだけどさ」
「ハイ」
口タコって可愛いな。
とか、考えている場合では。
ない、のだ。
「あんたといい感じになった男子が全員、不幸な末路を辿ってるのは、全部、それこそ不幸な偶然。
呪いなんかじゃないんだから、気にするな」
改めて口に出されると、余計に尻込みしてしまう。
けれど、――そうなのだ。
どういうわけだか私は。
好意を抱いた異性を、ことごとく不幸の只中に叩き落としているのだった――。
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