宣戦布告

「ほう、我が后にそのセリフを吐かせるとは、これまた大罪だ」

「おやめください。陛下、彼に一度チャンスを。彼は貴重な異世界からの来訪者です」


 チラリと皇帝が黒い瞳で彼女を見る。

 少女は真摯な眼差しで彼を見据える。


「離れないのでしたら、先にわたくしの命を」


 まっすぐな声音で発した言葉。


 なぜだろう。その毅然とした態度に胸が高鳴る。彼女のことは欠片も知らない。だけど、俺のためになにかを尽くしてくれていることは分かる。そして、こんなただの怠け者なんかのために命を張ってくれていることも。


 なんだ、これは。俺は彼女のために守られているのか? こんな、か弱い少女に。そんなこと、許されるのか。


 そんな中、皇帝は剣を下ろす。


「よかろう」


 黒い瞳がこちらを向く。


「ときに貴様、仕事を欲していないか」

「聞きたくもない単語っすね」

「よかろう。ならば仕事を渡そう」

「人の話聞けよ、皇帝」


 仕事なんかしたくねぇって言ったよな? こいつ最初から俺になにかやらす気満々だったじゃねぇか。


「それはそれとして、現在やりたいことがあってな。貴様に意見を求めたい」

「なんだよ。友人としてできる限りのアドバイスはしてやるぜ」


 なんの悩みがあるんだろうか。この皇帝の考えていることなんざ検討もつかないが、まあ、聞いてやらねぇこともない。


「西の国は王権を失い、王の概念が消えた。無法地帯となって、あちこちで紛争が発生している」

「お、おう。それでなんとかしてやりたいとか思ってんのか? 意外といいところあるんじゃねぇか」

「いや、私が上から蹂躙し、その領土を手中に収めようかと考えている。どう思う?」

「くそ外道じゃねぇか。なに恐ろしいこと考えてんだ」


 この男に温情とか優しさを期待した俺がバカだった。

 近くでは后である美華メイファもため息をついている。


「私の手の内に収まるのなら、平和だけは約束しよう。洪水、大雨などの天災の責任も私が背負う」

「お、おう。いいとこあんじゃねぇか」

「当然だ。その災害はだいたい私の起こしたものゆえな」

「なにやらかしてんだ、テメェは」


 自分が起こしたことに責任を取るのは当たり前だ。えらくもなんともねぇな。


「お許しを。彼の能力には代償がつきものなのです」

「例えば?」


 皇后がフォローを入れる。

 それがなんとなく気に食わなかったから、ボロを出させるためにも、問いを投げた。


「水の属性を用いた場合は、他の地域が災いに巻き込まれ、炎の属性は……」


 彼女は目をそらす。

 その態度がどこか後ろめたそうというか、言いたくなさそうだったのが、気にかかった。


「それ以上は申すでない」

「は、はい」

「なんだよ。なんか訳ありとか? それ以上のボロを出すのは抑えたかったってか? こりゃ、皇帝の器も知れたもんじゃねぇの」


 クククと笑う。


 というか当たり前のように友人を演じているけど、この状況やべぇよな。思いっきり薄氷の上を歩いているような雰囲気だ。俺が弱者と思われた時点で首が飛ぶ。


 ただでさえなにか仕事を成し遂げねぇといけねぇ立場にいる。かといって、なにをすりゃ、いいんだよ。鍛錬だと? んなもんしたところで役に立たねぇよ。


「話を戻す」

「あ、なかったことにしやがった」


 コホンとせきをして、皇帝は話す。


「ときに、このような宣戦布告を西より受けてな」


 彼はおもむろに懐から紙を取り出して、俺に見せる。


「いや、なんて書いてあんのか全くわかんねぇんだけど」

「読めるだろう。貴様の国で用いていた字を難しくした字を使っておるだけだ」

「その難しい字がネックなんだろうが」

「読め。最初から読む努力を怠るでない」


 いや、これ異世界語だろ? 世界観的に中国語に近いものが出てくるだろうが、読める気がしねぇ。案の定わけのわからない暗号を視界にとらえただけで、意味は理解できない。でも、『戦』という単語は拾えたな。なんなんだろうな、これ。


「で、意味は?」

「宣戦布告だ」

「はぁ?」


 あっさりと皇帝は答えた。


「西では国の支配権を巡る戦いが勃発。王権のかわりに強さのみを正義として、活動をしている輩も目立つ。そのうちに一軍がこちらに喧嘩を売ってきたのだ。要は『西の国は統一した。次はお前たちの番だ』」


 ふーんと流しかけたけど、冷静に考えたらやばいんじゃねぇの。


「こっちの戦力って?」

「十分に事足りる。あちらと比べれば少数精鋭であろうが」

「それって大丈夫なのか?」

「なにの問題があるというのだ? 私一人の戦力でも足りているのだ。ほかに兵を雇う必要もあるまい」


 なにを言ってやがんだ、こいつ。自分一人で十分だからって、そりゃあ、一人でなんでもかんでもやるもんじゃねぇよ。皇后も同意見なのか、深い溜息をついている。


「貴様もついてくるがいい。そこで実力を見せよ」

「いや、なに言ってんのお前。俺をどこへ連れて行く気だ」

「西だ」

「戦場だろうが」


 頭を抱えたくなる事態だ。


 俺は戦いとは無縁の生活を送ってきた。戦場なんかに送り込まれようもんなら、あっという間に散るぜ。こんなところで人生を終わらせたくはねぇし、もっと女の子たちとキャッキャウフフしていたい。


 ああ、イヤだ。こんな男の思うがままに動かされるのは。


「うわあああ、勝手にやってろ」


 一目散に逃げ出した。

 王都にいたら間違いなく殺される。とにかくろくな目に遭わねぇよ。

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