勧誘
「そう、畏れるな。私は貴様の能力に価値を見出した。それだけの話だ」
「か、価値?」
「そうだ。戦力――は関係ないが、確保はしておきたい」
頭がグルグルする。
こんな
「役に立たねぇよ。さっさと捨てたほうが、身のためじゃないですかね」
「当然だ。足を引っ張るしか能のない輩の面倒は、見切れん」
「じゃあ、なんで俺なんかを」
つまり、なにがしたいんだ?
「私が目をつけたのは貴様ではない。能力だ。本体は無価値。そのあたりを転がる戦士どもより、たちが悪い」
やっぱ、そう言われるか。
賊たちは敵に立ち向かう度胸はあった。しかし、俺はただ傍観していただけだ。
そこは賢いと言ってくれると、ありがてぇんだけどな。
ともかく、実際に皇帝から低評価を下されると、妙にイラッとくるな、オイ。
「能力――正確には妖刀か」
妖刀。その単語に心がざわめく。
「ときに、知っているか? 例の祠に刺さっていた刀のことを。はるか昔、剣を持った男が、とある悪霊を封じた」
彼の話を聞いていると、鳥肌が立つ。
なんだかイヤな予感がしてきたぞ。
「だが、そうだな……」
一瞬だけ、目を伏せる。
「一度、封印の剣を引き抜いたことで瘴気が漏れ、一度戻したのはよかったものの、さらに二度引き抜いたことで、完全に封印が解けた」
身に覚えしかねぇ話が飛び出した。
ギクッと心臓が音を立てる。
思わず、さらに後ろへ下がった。
「こう言えば、分かるか?」
猛禽のように、鋭い瞳。
ダラダラと冷や汗が顔を、全身を、伝う。
脳内によぎったのは、異世界に着てすぐの出来事だ。俺たち、あのとき、なにをやらかしたっけ? 確か祠を壊したっけ?
一回目で瘴気が漏れ出して、俺の仲間が散った。二度目は俺が封印に使っていた妖刀を抜き取った。それで封印が解けた。
「いやいや、俺は悪くねぇよ。なんかその辺に剣が転がっていたのが悪いんだ。あんなもん、絶対に拾うっしょ」
「白状したか。よかろう。その気があるのなら、私自らが罰しても構わぬぞ」
男の口角が釣り上がる。その手のひらが炎をまとう。
「お、俺は強いんだぜ。これでもいろんな伝説を残してんだ。たとえば世界を救ったり。それで勇者として祀り上げられたり。テメェなんか挑んできたって敵うわけねぇって」
苦し紛れの言い訳だ。
でも、今は虚勢を張るしかない。相手より強いと思わせるしか、俺が生き残る術はなかった。
「そこまで言い張るか」
逆に感心したというように、相手がつぶやく。
「よかろう。ならば、ついてくるがいい」
「は、はい?」
思わぬ発言。
もっとも、相手は最初から俺を勧誘していた。言うほど、おかしな話でもない。
だけど、大丈夫か、これ。
わざとからかってるよな。なにもかも分かった上で、あえてこっちに乗っかってるよな。
まずいぞ。完全にあっちのペースだぜ。
「よいな。妖刀の能力を勝手に己の力にして驕るのなら、相応の成果を見せよ。証明できぬのなら、貴様を叩き切るぞ」
ヒッ……と声が漏れる。
その冷めた眼差し、無慈悲な視線を浴びて、背中が凍りつく。やっぱりこいつ、ただもんじゃねぇ。
「さて、
やっと、視線が外れる。
ホッと一息ついたのもつかの間、中性的な見た目をした人物が、姿を表す。それはまさに、ベールを脱ぐかのような登場。
「うわっ」
飛び退く。
あまりにも相手が気配を遮断していたため、驚いてしまった。
「要件は、分かっているであろう?」
皇帝の問いかけに、
「貴様だろう? この結界を解き、こやつらをこの地に招いたのは」
俺の瞳が揺らぐ。
「はい」
ややあって、
それから間もなく、屋根の上で哄笑が響く。
「意地が悪いっスね? 確認するまでもなく、あなたは見ていたでしょうが」
口角は釣り上がり、その瞳は薄暗い色を帯びる。
「もう、黙っていてくださらない?」
「そう怖い顔をすんなよ、
挑発をするような眼差しを受けて、
「で、皇帝? その発言はこいつを捕らえる口実っスよね? 本命は別にある。そうじゃありませんか?」
「ああ、正しいぞ」
あっさりとそう告げてから、皇帝は
「貴様が黙って貢献し続けるのなら、見逃すつもりでいた。だが、実際に事を起こしたとなれば、話は別だ」
「理解しております。あなたがそうしたいのであれば、ご自由に。私も甘んじて罰を受けましょう」
なんか気に食わねぇ。釈然としないものを感じる。
「して、貴様は私に従う気はあるか?」
「今さらなにを言うんスか? 逆らったら俺は殺される。それを理解しておきながら、逆らうバカがどこにいるんスか?」
屋根の上で片膝を立てながら、男は片方の眉をひそめる。
「ならばよい。後は貴様に任せる」
皇帝は去る。
その後姿に舌を打ちつつ、男は鎖を伸ばす。その鎖が、
そして、
「彼も適当なことを言いますわね。逆らえば殺されるなんて。まあ、事実ですけれど」
純白の女は、しみじみとこぼす。
つづいて彼女はこちらを向いて、にっこりと笑った。
美人だ。顔立ちはタレ目で、癒し系。中華特有の立襟の上から薄手の衣を羽織っている。色はともに清潔感のある白だ。いい匂いがするし、お近づきになりたい。
「案内しますわ。どうぞ」
「は、はい……」
誘いに乗るような形で、彼女へと体を向けた。
かくして歩き出す。まっすぐに街を移動。門の近くに建つ家の前まで、やってくる。
「それでは、後はごゆっくり」
先に
一人になって、あらためて屋敷を見上げる。
見た目は中華風だな。石造りの反り屋根が特徴的だ。壁は古いが、きれいだった。窓には幾何学模様じみた、派手な模様が刻んである。入り口の装飾も、見るものを歓迎しているかのようだった。
気がつくと太陽が沈み、あたりは暗くなった。
時間はゆったりと流れていく。
街の景色は飽きないし、なんだよ、安息の地かよ。これで皇帝の危険さえ、なけりゃあな。そこが唯一の気になる点だ。
ならば、逆に考えよう。
どうにかなる。そう、どうにかだ。
自己暗示をかけながら夜空に浮かぶ満月を眺め、俺は一日を終えるのだった。
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