テレフォンアポイントメント密室

ちびまるフォイ

逃さない ひとつ残らず 駆けつける

「こ、ここはいったい……」


密室で目がさめた。

壁には扉はなく、壁と床にびっしりと電話が埋め込まれている。


「なんだこの電話……ボタン無いじゃないか……」


電話番号を指定するためのボタンがない。

ただ受話器が置かれているだけのおもちゃのような代物。


プルルルル!


「わっ!? どこだ!? どこで鳴ってる!?」


プルルルル!


呼び出し音が密室に反響して響く。

足の踏み場もないほど大量の埋め込み電話があるので

どこから鳴っているのかわからない。


ボン!!


探しているうちに5コールすると鳴っていた電話機が爆発した。


「な、なんなんだよ……」


爆発した電話機からはしゅうしゅうと白い煙がのぼっている。


プルルルル!


今度は目の前の電話がなったので反射的に受話器を取った。


「も、もしもし……」


『もしもし? お願いだ! 助けを呼んでほしい!

 わけのわからない部屋に閉じ込められているんだ!』


「部屋に……?」


『ああ、どこを見ても壁で囲まれていて電話がたくさん置かれている!』


「お前もか!?」

『え!?』


「実は俺も同じような部屋に閉じ込められているんだ。

 そうか、ほかにも閉じ込められている人がいたのか」


『それより、そっちの部屋には脱出できそうな場所はないのか?』


「無理だ。こっちも壁で囲まれている」

『他に特徴は? 脆そうな壁がある、とか』


「そうだなぁ。部屋のカドに茶色のしみがあるくらいだ」


『シミ? それって……形はひし形じゃないか?』

「……そうにも見える」


『天井には黒い点が2つないか?』

「ある」


それきり電話の相手は何かを考えるように黙った。

次に声を出すときは俺の部屋で別の電話が鳴ったときだった。


プルルルル!


『おい! 電話が鳴っているぞ! 早く出ろ!』

「な、なんで!?」


『外からかかってきているかもしれないだろ! 早く!』


「もっ、もしもし!?」


『もしもし? オトクな光回線のご紹介ですが……』


『おい! 外につながってる! 助けを呼べ!』


持っている受話器からは蜘蛛の糸を掴んだかのように切羽詰まった声がした。


「あの、それより助けてほしいんです!

 わけのわからない場所に閉じ込められていて……。

 表示されている電話番号とかで住所特定できませんか!?」


『えと、今なら工事も必要なくモデムを変えるだけで……』

「そういうのいいから!! 早く助けを!!」


ブチッ。ツーツーツー。


「切れた……」


『なにしてる! 早く受話器を離せ!!』

「え?」


ボン!!


顔に近づけていた受話器とつながる電話が爆発した。

とっさに離したが持っていた手はやけどしてしまう。


「あっちぃ!」

『バカ! 電話が切れると電話は爆発するんだよ』

「先に言えよ!」


さっきも電話が5コールで切れた時に爆発した。

そういうことだったのかと納得した。


『いいか、この電話はけして切るんじゃないぞ。

 俺の部屋にはもう使える電話が残っていない。全部爆発しちまった。

 これが切れたら完全に外部から隔離されちまうんだよ』


「そんな……」


『部屋にある電話はどこにつながるかわからない。

 幸運だったのは同じ部屋のお前にかかったことだ』


「どこが幸運なんだよ! 俺も囚われているのに

 お前を助けられるわけないじゃないか!!」


『いやそうでもない。お前が脱出できればきっと俺も出られるはずだ』


「何言ってるんだ?」


『もしかすると、俺とお前は同じ部屋にいるかもしれない。

 一種のパラレルワールド……みたいな感じだ』


「は……?」


『天井の点、床のシミが一致しているだろ?

 それにさっき電話が爆発した時、

 こっちの部屋でなにもない床に焼き跡ができたんだ』


「……?」


『壁を見てみろ』


受話器の向こうでドンと音がなると、背中を向けていた壁に凹みができた。


『今、俺の部屋で壁を殴った。内側からな。どうだ? お前の部屋にも同じ跡ができてるはずだ』


「あ、ああ……」


『おそらく、お前がなんらかの方法で部屋に脱出口を作ってくれれば俺も出られる。

 だから助けを求めるまで電話は切るんじゃないぞ』


電話を失えばライフラインが絶たれてしまう。

最初に5コールで爆発させてしまった電話が惜しまれる。

もしかして警察からかかっていたのかもしれなかったのに。


電話をかけても、電話がかかっても切られれば爆発。


床にも壁にもびっしりとある電話機が心もとない。

そのうちの1つから受話器をとって耳に当てる。


「もしもし?」

『……』


ブチッ。ツーツーツー

ボンッ!!


「あっぶねぇ!」


『バカ野郎! 無駄に電話かけるんじゃねぇ!

 爆発したら元も子もないんだぞ!』


「もしかしたら助けを呼べるかもしれないと思ったんだよ!」


『アホか! 知らない番号からかかってきたら電話切るだろ!

 向こうからかかっている電話を取るほうが切られにくいことくらいわかれ!』


「あっ……」


俺は電話がかかるのを待った。

電話を取るととにかく切らせないように話を長引かせたり、

実は殺人鬼により閉じ込められているといったエピソードを話したり

思いつく限りの助けを呼んでもらう手段を試した。


ボンッ!!


「ちくしょう!! またかよ!!」


大量にあると思っていた電話機もすでに残り1個。


正直に今の状況を話しても信じてもらえず。

助けを求めるように嘘をついても関わりたくないと切られる。


『……ああ、俺とまったく同じ状況だ。

 俺も必死に助けを求めたけどダメだったんだ。

 同じ部屋に囚われた者同士たどる運命は同じなのかもな……』


「まだ最後の電話があるだろ!」


『ハハ。どうせ無理さ。

 同じ部屋に囚われているパラレルワールドの誰かにつながるかもな』


「俺はこれに賭ける!」


最後の1本の電話は自分からかけた。

耳元で繰り返されるコール音に全神経を集中させる。

留守番電話だったら即終了。


プルルルル……。


「ごくり……」

『頼む……頼む……!』


ガチャ。


電話がつながったが相手は警察ではなかった。


『ダメだったか……助けを呼べる相手だったら良かったのに……』


別の電話からあきらめにも似たため息が聞こえる。

俺は何度も相手を確かめてから伝えた。


「もしもし? 私はテレビを買いました。

 場所は四方が壁に囲まれている場所です」


電話を切ると受話器が爆発した。

すべての電話が失われて外部との連絡が絶たれてしまった。


唯一繋がりっぱなしの電話からも絶望したため息しか聞こえない。






その数分後のこと。



厚さ1mにもおよぶ分厚い壁を重機で破壊する爆音が轟いだ。


俺と電話主が囚われている部屋にバカでかい穴がこじ開けられる。


穴の向こう側からやってきた男はガレキを踏み越えてこちらに手を伸ばした。




「NHKです。受信料の回収に参りました」

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