双葉の合図をみつけた日
いちや
第一節
雨だ。正面から顔に飛んでくる。
そんなふうに思えるのは、僕が空を見上げているからに他ならない。
普段は薄水色の病衣が濡れて暗く染まっている。
僕は天候に関係なく毎日病院の屋上にあるベンチに座り、景色を眺めていた。
左手にある扉が開く音がした。荒々しい足音の後、視界が真っ白に覆われる。雨の日はいつもこうなのだ。
タオルの端を持ち上げ、その人物に目を向けた。そこには見慣れた顔があった。
看護師の
「雨の日にここへ来るのは禁止だって何回言ったらわかるの!?」
暮さんは怒りを露わにした形相で僕を見据える。
「別にどうだっていいでしょ。どうせ短い命なんだからさ」
そう答えると、暮さんは途端に表情を曇らせた。
僕は半月前に心臓病だと診断された。心不全の発作により病院に担ぎ込まれたのだ。
動悸や息切れは以前からあったが、父が亡くなって以来女手一つで育ててくれた母に迷惑をかけまいと黙っていたのが良くなかった。
詳しい説明を聞いても理解できなかったものの、無理に運動を続けたことで心臓が取り返しのつかないほど弱っているようだ。
1ヶ月後に手術を行うとのことだが、僕の場合はそれで良くなる望みは薄いと医師は告げた。
どうやら僕の余命は半年も残っていないらしい。
まさか12歳にして死期の話をされるとは思っていなかった。
生きられないということが、日に日に現実味を帯びて焦燥感と後悔を募らせていく。
「ちゃんと機械は濡れないようにしてあるよ」
僕はそう言って胸に手をあてた。心電図を測る小さな機械をつけているのだ。
「毎回そればっかり・・・!そういう問題じゃないから!」
歪めた表情で絞り出すように言い返す。
ずぶ濡れになってしまった今となっては意味もないのに、暮さんは僕の頭の上に手を
腕を引っ張られ、無理やりエレベーターの中へと連れて行かれる。
暮さんは僕の正面で膝立ちになった。少しだけ僕より目線が低くなった暮さんが、僕の目をじっと見つめる。
ばつが悪くなり目を逸らすと、暮さんは半ば濡れてしまったタオルで僕の頭を拭いた。
その間、ずっと悲しそうな顔をしていた。横目でその様子を観察する。
きっと本当に僕のことを心配しているわけではない。
自分は優しい人間だと思いたいだけだろう。どれだけ親身に寄り添ってみせようが、所詮は他人事なのだ。
暮さんは僕の身体をあらかた拭いて立ち上がった。肩に手を添えられたが黙って払い除ける。
エレベーターの停止音が鳴って「部屋に戻ろ」と言って暮さんが歩き出し、僕は答えず数歩後ろをついて行った。
病室につき、ベッドの横にある椅子に腰掛けた。
見舞いに来た担任の先生と母親以外は座ったことのない椅子だ。人数が少ないことが僕の人望を物語っている。
乾いたタオルと病衣を受け取って着替えた。
手早くバイタルチェックを行い、冷えてしまった身体を毛布で暖める。
ベッドの傍の棚に置いてあるノートに水滴が飛んでいたようで、暮さんが丁寧に拭いてから引き出しの中へしまった。
去り際になると、いつも暮さんは僕の頭を撫でる。例に漏れず今日もそうだ。
僕は先程と同じように手を払い除け、最後まで目を合わせようとしなかった。
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