救出作戦
エドマンドが見つかった。けれど、彼はいまだにジャイルズの屋敷に捕らわれたままだ。下宿先に帰ったスザンナは、そっと雲雀の足につけられていた紙を見つめていた。
『いやいや、雲雀だ。朝の先触れの。ナイチンゲールではない』
そこに書かれているのは、ジュリエットに別れを告げるロミオの台詞。初夜の朝から二人は出会うことなく死を迎えるのだ。
「エドマンド……」
――スザンナ、絶対に助けに来て。待ってるからっ! スザンナっ!
笑顔で自分にそう告げたエドマンドのことを思い出す。ぎゅっとエドマンドが雲雀に託した紙を握りしめ、スザンナは眼を瞑っていた。
どうか、助けに行くまで無事でいてほしい。そう願いながら眼を開く。
「エドマンドが見つかったそうだな」
父の声が耳朶に響く。スザンナはそっと父へと顔を向けていた。スザンナは父に向き直り、言葉をはっしていた。
「エドマンドが、ジャイルズの屋敷にいた。早く行かないと、エドマンドが……」
「スザンナ、落ち着きなさい」
そっと父が肩をやさしく抱いてくれる。スザンナはそんなウィリアムの顔を見あげていた。父は凛とした光を眼に宿し、そんなスザンナを見つめている。
「エドマンドは私が必ず助ける。だから、お前はここで私たちの無事を神に祈っていてくれ。きっと、夕方までには戻る」
「ううん、私も戦う」
「スザンナ……」
首を振り、スザンナは父に言い放つ。今日は午後から新たな劇場であるグローブ座でロミオとジュリエットが公開される日だ。お忍びで女王陛下もいらっしゃる。その公演に穴を開けるわけにはいかない。
「私がエドマンドの代わりにジュリエットになる。だから、今日の公演を中止になんてしないで」
「スザンナっ」
「いいんじゃないの、ウィリアムっ。俺も女の子がジュリエットやる方がいいっ」
弾んだリチャードの声が扉の方からする。驚いたスザンナとウィリアムは開け放たれた扉へと顔を向けていた。リチャードとヘミングスが扉を開けてこちらを見つめている。
「お前たちっ」
「まあ、彼女の正体については会ったときからぴんと来てましたけどね」
「俺は初見で女の子だって分かったけどねっ!」
「私が二人に訳を話したから、スザンナの正体がわかったんだろう」
長身の二人の後ろから、ひょこりとケンプが顔をだす。彼はすまんなとスザンナに頭をさげてきた。
「みなさん、私の正体に気がついて……」
「エドマンドのジュリエットは女王陛下がなによりもお気に召していらっしゃいますからね。このところの子役不足で代役になる子も少ない。スザンナ嬢、我らの捕らわれの姫の代わりに舞台にあがっていただけませんか?」
にっこりとヘミングスがスザンナに声をかける。
「それからウィリアム。丸腰で俺たちの姫様を助けに行く気か」
そっとリチャードがウィリアムに歩み寄り、鞘に収めた剣を差し出した。ウィリアムはその剣を受け取りながらも、渋面を顔につくる。
「私の娘を危険にさらすつもりか?」
「スザンナちゃんはそれを了解してるみたいだけど」
にんまりとリチャードが笑う。そんな彼の顔を見たウィリアムは、スザンナへと視線をやっていた。
「私、ジュリエットをやりたいっ!」
胸に手をあてスザンナは凛とした声をはっする。スザンナの声にウィリアムは大きく眼を見開いていた。
「女王陛下の眼を欺くことになるかもしれないんだぞっ?」
「でも、女王陛下も女だけれどこの国を治めてらっしゃるわ。私は、あの人には負けたくない」
カトリック教徒であるがゆえに故郷を追われた父のことを思いながら、スザンナは言葉をはっする。
「私もあの人と戦いたい。逃げたくないの」
「スザンナっ!」
「決まりだなっ。俺とスザンナとケンプは女王陛下を攻略するためにグローブ座へ。ヘミングスとウィリアムは囚われのお姫様を助けるためにジャイルズの屋敷へ。無事帰ったらグローブ座に集合だ」
腕を組むリチャードが声をはっする。部屋にいるみんながその言葉に頷き、どうしてあなたが仕切ってるんですかとヘミングスがリチャードに悪態をつく。その言葉にどっと一同は笑い合った。
「スザンナ、言ってくるよ」
「お父さん」
剣を腰に帯び、父が言葉をはっする。そんな父にスザンナは腰に吊るした財布を差し出していた。ハムネットの遺髪が入った財布だ。
「ここに、ハムネットがいるわ……」
スザンナの言葉に眼を見開き、父はそっと財布を受け取っていた。胸元で財布を握りしめ、ウィリアムは眼を瞑ってみせる。
「ハムレットがお前を守ってくれたのかもしれないな。だからお前は、ここに来ることが出来た」
「きっと、お父さんも守ってくれる」
ウィリアムは眼を開け、財布をやさしく握りしめていた。その財布にスザンナの指がふれる。
「エドマンドを助けたら、二人でストラトフォードに戻ろう。私も、ハムネットに会いたい」
「うん、帰ろう。ストラフウォードに」
そっと財布をやさしくなで、スザンナは父に言葉を返す。そんなスザンナにウィリアムは優しく微笑みかけてみせた。
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