雲雀

 エドマンドがいなくなった。なじみの酒屋にも、他の劇団にも彼の姿はない。文字通り消えてしまったのだ。

「くそっ! エドマンド、どこにいるんだっ!」

 ウィリアムがテーブルを叩く音が聞こえる。荒れる声をはっする父へとスザンナは顔を向けていた。父を取り囲むように、テーブルの席にはリチャードとヘミングスも座っている。

 シアター座の引っ越しがすんだその日に、エドマンドは忽然と姿を消してしまった。

 彼が行きそうな場所はすべて探したし、公演のチラシと共に彼の行方を捜すチラシも配っている。ロンドンの人々も協力してくれているが、エドマンドの行方は知れない。

「やっぱり、ジャイルズの奴か」

 リチャードがぽつりと口を開く。

 エドマンドとジャイルズが馬車へと乗っていく姿を目撃した人物がいたのだ。その目撃情報がたしかなら、エドマンドは郊外にあるジャイルズの屋敷に捕らわれている可能性が高い。

「やっぱり、殴り込みしかないですかね」

 ヘミングスがため息をつきながら、テーブルに置かれたエドマンドのチラシをなでる。

「でも、エドマンドがジャイルズのところにいなかったら……」

「みんな仲良くそろって絞首刑かもしれませんね」

「ああ、女王陛下お忍びの公演も迫ってるのに、どうすりゃいんだよ」

 にっこりと笑うヘミングスを見つめながら、頭を掻くリチャードは呻く。シアター座のロミオとジュリエットの公開後、是非とも次の公開を新しい劇場で見たいと女王陛下からお達しがあったのだ。

 新たな劇場となるグローブ座の建設は順調に進んでいるが、肝心のジュリエット役であるエドマンドがいなければ公開に支障がでる。ジャイルズは、それを見越してエドマンドを誘拐したのだ。

「くそ、あのソドマイド野郎……」

 リチャードがテーブルを叩きながら立ちあがる。そんな彼を見て、ウィリアムは静かに席を立っていた。彼はそっとテーブルに置かれたチラシを手に取り、部屋を後にする。

「ウィリアム」

「争ってても仕方がない。街で情報を収集してくるよ」

 力強く手に持ったチラシを握りしめ、ウィリアムは言葉を返す。

「お父さん、私もっ!」

 話を聴いていたスザンナもすかさず父の後を追っていた。

「そうですね。そうしましょう」

 落ち着いた様子でヘミングスが立ちあがる。彼はそっとテーブルに置いたチラシを手に取り、スザンナの横に並ぶ。彼はスザンナに囁いた。

「雲雀に注意してください、スザンナ。雲雀がいる場所に、エドマンドはきっといます」

「雲雀……?」

 雲雀は草地などに生息する鳥だ。郊外すら建物で覆われたこのロンドンに、雲雀が住める場所などあるのだろうか。

「あれはナイチンゲール。雲雀ではありませんわ」

「それは……」 

 ヘミングスがジュリエットの台詞を口にする。その台詞は、初夜をロミオと共にしたジュリエットが、朝を告げる雲雀の声をナイチンゲールだと言い切る場面の台詞だ。

 追放されるロミオとの別れを惜しみ、彼女が口にした台詞と、エドマンドの失踪にどのような関係があるのだろうか。

「雲雀です。きっと朝を告げる雲雀が、私たちを愛しいジュリエットのもとへと導いてくれる。だから、雲雀に気をつけてください」

「雲雀がエドマンドのところにっ?」

 そっと彼は人差し指を口に充て微笑んでみせる。

「大丈夫、エドマンドはきっと戻ってきますよ。だから、気を落とさないで」

 



 雲雀。雲雀を探せ。

 その言葉を頼りに、スザンナはロンドンの空を見あげる。四輪馬車の往来を邪魔して怒鳴られることも気にせず、スザンナは空を飛ぶ鳥たちを眼で追っていた。

ストラトフォードには当たり前にいる雲雀も、このロンドンでは見かけない。

 四輪馬車の往来を妨げないよう、スザンナは道のすみへと移動する。ふと、そんなスザンナの眼に一匹の鳥が留まった。

 人懐っこいその鳥は、道の端で遊ぶ子供たちにまとわりついて離れようとしない。その鳥を見てスザンナは大きく眼を見開いていた。

 薄茶色の羽を持つそれは、間違いなく故郷でよく見かけていた雲雀だ。子供たちと戯れる雲雀のもとへと、スザンナは駆けていく。

 こちらに向かってくるスザンナに驚いたのか、子供たちはわっと声をあげて散っていく。雲雀もまた子供たちを追うように、空へと羽ばたいていた。

「待ってっ!」

 空を舞う雲雀を追いスザンナは駆ける。そんなスザンナに気がついたのか、雲雀は彼女のもとへと近づいて来た。

「あ……」

 そっと手を差し伸べると、雲雀はスザンナのほっそりとした指先に留まる。その雲雀の足に何かが縛り付けられていることに、スザンナは気がついた。

「これ……」

 そっと雲雀の足についた紙をスザンナはとってみせる。雲雀は足につけられた紙を取られたと同時に、空へと飛び立っていった。

 スザンナは小さなその紙片を広げる。そこに書かれた文字を読みスザンナは大きく眼を見開いていた。

『いやいや、雲雀だ。朝の先触れの。ナイチンゲールではない』

 そこには、初夜を迎えたロミオがジュリエットに朝の訪れを告げる台詞が書かれていたのだ。雲雀の足に括り付けられた紙になぜ、その台詞が書かれているのだろうか。

「これ、まさかエドマンドが……」

 雲雀が小さく鳴く。空へと飛び立つその鳥を、スザンナは夢中になって追っていた。



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