シェイクスピアと二人の娘たち

猫目 青

プロローグ



 花の都のヴェローナに

 肩を並べる名門二つ

 古き恨みが今またはじけ

 町を巻き込み血染めの喧嘩

 敵同士の親を持つ、

 不幸な星の恋人たち、

 哀れ悲惨な死を遂げて、

 親の争いを葬ります。

 これよりご覧に入れますは、

 死相の浮かんだ恋の道行き

 そしてまた、子供らの死をもって

 ようやく収まる両家の恨み。

 二時間ほどのご清聴をいただますれば、

 役者一同、力の限りに務めます。



 流麗なるプロローグが一人の少女によって奏でられる。彼女は刺繍の織り込まれたカートルに銀糸の織り込まれたガウンを纏っていた。波打つ美しい黒髪を翻しながら、彼女はそっと観客にさげた頭をあげる。

 黒真珠のごとく煌めく眼が、舞台を囲む観客に向けられる。吸い込まれそうなその眼を見て、観客たちはほうっとため息をついてみせた。

「やはり、ジュリエットはエドマンド・シェイクスピアに限る……」

 帽子を被った一人の男がそっと呟く。舞台の周囲に立つ人々は、口々にヒロイン役を演じる少女の美しさをたたえた。だが、少女はみなが称賛する少年俳優エドマンド・シェイクスピアではない。

 彼女の名はスザンナ・シェイクスピア。今から上演される演劇『ロミオとジュリエット』を書いた劇作家ウィリアム・シェイクスピアの娘だ。

 彼女は少年俳優エドマンド・シェイクスピアの代わりとして舞台に立っている。そうしなければならない理由が、このグローブ座にはあった。

 スザンナの黒い眼が桟敷席へと向けられる。そこに、本来ならばいるはずのない女性がいた。

 赤い煌びやかな衣服に身を包んだ貴婦人。彼女は多くの家臣を従え、はるか下方にいるスザンナを見つめている。鋭い彼女の眼光を見て、スザンナは息を呑んでいた。

 彼女は、このイングランドを治める偉大なる女王エリザベスだ。

 エドマンド・シェイクスピアとしてジュリエットを彼女の前で演じきること。それが、スザンナに課せられた使命だ。

 むろん、自分がエドマンドではないと分かれば、女王は宮内大臣一座のみんなを放っておかないだろう。かといって、エドマンドの不在を彼女に知られるわけにはいかない。

 この異例ともいえる公演には、女王の威信と一座の命運がかかっているのだ。彼女の協力があったからこそこのグローブ座は建設され、父のロミオとジュリエットを彼女の前で演じることができている。

 そんな彼女の恩に報いるためにも、この公演は成功させなければならない。

 ――だからどうか、無事で帰ってきて。お父さん、エドマンド。

 二人の無事を祈りながら、スザンナは舞台の後ろにある扉へと退いていく。楽屋に続く扉を潜り、彼女は今までの日々に思いを巡らせていた。


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