ゾンビボールとペッパー

デッドコピーたこはち

第1話 509号室襲撃

 遥か彼方に青く霞み、そして聳え立つのは、かつて技術的特異点シンギュラリティを超えた機械知性が築いた超巨大全球構造体メガストラクチャーの威容、理知の果てへ至った神々の亡骸の一つであった。その遺骸には人間の直方体建築物がびっしりと寄生虫の様にへばり付いていた。

 神々が去った後、超巨大全球構造体メガストラクチャーから「発掘」した遺物を解析する事で、人類社会は歪な発展を遂げた。

 墓暴きリバースエンジニアリングによって得られた科学技術で成り立つ冒涜的都市メガロポリス、神の遺骸を食い、己が物にせんとする分解者スカベンジャー、その1つがフラスコ・シティであった。

 

 フラスコ・シティ中心街セントラルの摩天楼が立ち並ぶアタノール通りで、ペッパーは屋台で買ったホットドッグを食べながら歩いていた。

 ペッパーは純白のスラックスにブラウス、偏光繊維ジャケットを羽織り、腰のポーチにハロウィン飾りの幽霊ゴースト人形を括り付けているという出で立ちだった。

「良い日和だ」ペッパーは雲1つない青空と、頭上にある太陽を、ティアドロップ型無段階調光サングラス越しに見つめ、短く刈られた燃える様な赤毛を輝かせた。

「乗れ、ペッパー」

 路上に止めてあったクロームの浮遊自動車ホバー・カーの中からゾンビボールがペッパーに語りかけた。

 ゾンビボールは、異様な黒色の拡張体サイバネを銀色に輝く耐熱ロングコートで包んでいる重身体拡張者ヘビィサイボーグであった。ゾンビボールの頭部は額から顔面かけてクレーター状に大きく抉れ、カメラアイは頬があるべき所に2対あり、左腕は右腕のふた回り大きく円柱状の突起物がびっしりと敷き詰められていた。

 ペッパーは細身の体を浮遊自動車ホバー・カーへ滑り込ませた。

 完全自動運転の4人乗り浮遊自動車ホバー・カーの中で、ゾンビボールとペッパーはお互い向き合うように座った。

「お迎えどうも、ゾンビボール。調子はどうだ?」

「万全だ」ゾンビボールは右手首の腕時計を見た。

「もう少し余裕を持って来い。約束の時間ギリギリだぞ」

「時間ピッタリさ」ペッパーはおどけてみせた。

 車が滑らかに走り出した。

「それは何だ?」ゾンビボールはペッパーが右手に何かを持っている事に気が付き、問い正した。

「私の昼メシ」ペッパーはホットドッグを持ったまま右手を振った。

「遠足に行くんじゃ無いんだぞ。今日は『興行』だ。もっと気を引き締めろ」

 ペッパーは鼻で笑った。

「いいか?ゾンビボール、お前は真面目過ぎるんだよ。仕事やる為に生きてるんじゃないんだぜ。生きる為に仕事してんのよ」ペッパーがホットドッグの最後の一欠片を頬張るといった。

「人生楽しまなきゃな」


 自動運転で着いたのは郊外のプルンブム住宅地、古びた高層集合住宅コナプトの一棟だった。

「509号室だ」ゾンビボールは塗装が剥がれて鉄筋コンクリートが剥き出しになった高層集合住宅コナプトを指差した。

「ぼろすぎないか」高層集合住宅コナプトのほとんど廃墟のような外見を見て、ペッパーは眉をひそめた。

「もう誰が正式な所有者なのかすら分からないと聞いている」

 ゾンビボールが正面玄関の自動ドアを通り、ペッパーがそれに続こうとした。

「いて」ペッパーが自動ドアのガラス戸に挟まれた。

「クソッ、これだから赤外線探知式は嫌いなんだ。旧式が」ペッパーは罵った。

「光学偽装してるからだろ、頭の天辺だけ解いたらどうだ?」

「いやだね、みっともない」ペッパーは舌を出した。

 ゾンビボールとペッパーは蜘蛛の巣だらけのエントリーホールを進み、エレベーターに乗り込んだ。ペッパーはゾンビボールを見上げた。

「人の気配が全然しないんだが」

「前大戦前に造られた建物だからな、無駄にデカくて空き部屋ばかりだ。隠れるには都合が良いんだろう。最低限のインフラは通じているらしいしな」ゾンビボールは答えた。

 エレベーターが5階に着き、電子音と共に扉が開いた。廊下の両側に部屋があり、突き当たりには非常階段への扉があった。ゾンビボールとペッパーは採光が悪く、薄暗い廊下を509号室の前まで移動した。

 ペッパーはブザーを鳴らした。

「どうも、人工頭脳学サイバネティクス奇術師協会の者ですが、サンダリさんはいらっしゃいますか?」反応は無かった。

「中に誰かいるか分かるか、ゾンビボール」

 ゾンビボールが扉に左手を当てながら、「一人居るな……振動を感じる」

 ゾンビボールはコートの裏に隠していた短銃身散弾銃ショットガンを取り出して、構えた。12番径ゲージ、ポンプアクション 、粗雑クルードの名を持つ戦闘斥候用散弾銃だった。

「出てこないなら、こっちが行くまで」ペッパーが腰に括り付けられた幽霊人形を握り、手の中で回転スピンさせると、人形は短針銃フレッチャーに変化した。

「行くぞ」ゾンビボールは散弾銃で錠を吹き飛ばし、扉を蹴り開けた。

「右奥の部屋だ」ゾンビボールは509号室に突入し、ペッパーが続いた。

 目標が居ると思しき部屋の前まで来たゾンビボールは、部屋の扉が開いているのを見て訝しんだ。

「注意しろよ」ペッパーがゾンビボールの後ろからいった。

 ゾンビボールが警戒しつつ部屋の中を覗くと、着古したスーツに、脂ぎった薄い金髪、ビール腹の中年男が堂々とデスクに座っていた。デスクの上には据え置き型の端末、壁際には棚と観葉植物のレプリカがあり、書斎の様だった。

「入って良いと言った覚えはないぞ」男は不機嫌そうにいった。

「久しぶりだな、サンダリ」ゾンビボールは男に散弾銃を向けたまま部屋の中に入った。

「元気そうで良かった。心配してたんだ、急に連絡つかなくなってよ。探すのに苦労したぜ」ペッパーはゾンビボールの横を抜け、デスクの正面に立ちサンダリと対面した。

「時代遅れのあんたらとは縁を切る事にした」サンダリが嘲る様にいった。

「賢い選択とは言えないな」とゾンビボール。

「私を始末しに来たのか?」サンダリが自分の胸に手を当てた。

「まさか!お前みたいなカスの仲介人なんて殺す価値もない。師匠はただ理由を知りたがってるんだ」ペッパーが鼻で笑った。

ゾンビボールが散弾銃を少し振り、「新しい雇い主が誰なのか教えろ」

「あと顧客リストもな」ペッパーが付け足した。

「断る」サンダリはデスクの引き出しに仕込まれたライフル銃の引き金を引いた。部屋に銃声が響いた。

 サンダリは目を見開いた。ペッパーの心臓を撃ち抜いている筈の弾丸が、眼前で縫い止められているかのように空中静止しているのだ。

「ありがとよ、ゾンビボール」ペッパーは笑った。「助かったぜ」

 静止していた弾丸がそのまま床へと落ちた。

 ペッパーは未だ唖然としているサンダリの顔面を短針銃フレッチャー銃把グリップで殴りつけ、襟首を掴んでデスクの上に叩きつけた。

 ペッパーは銃口をサンダリの脳天に突き付け、「話し合いに来た相手を殺そうとするなよ」とサンダリの耳元に口を寄せて囁いた。

「クソ、何が奇術師だ!ただの拡張体サイバネだろうが!」サンダリは折れた鼻を庇いながら罵った。

 ペッパーは僅かに眉を寄せ、短針銃を強く押し付けた。

「私は何も喋らん」サンダリの額から一筋の汗が流れた。

「そう来るよな。わかるよ。下手に喋れば雇い主に消されちまう。だがな」

 ペッパーが視線をサンダリの右手へ振った。釣られたサンダリは自分の指先に小さく白い何かが付いているのに気がついた。よく見るとそれは蠢いているように見えた。蛆だ。蛆が右手人差し指から這い出てくるのだ。初めは一匹だけだったが、見る見るうちに蛆は数を増やしていった。今や蛆は右手全ての毛穴から這い出でようとしている様に見えた。サンダリに痛みは無かった。

 ペッパーはニヤリと笑った。

「すぐに考えが変わると思うぜ」

 サンダリは叫んだ。


「蛆ってのは何であんなに頭が小さいんだろうな?バランス悪いだろ」ペッパーはサンダリから差し出された端末を操作しながらいった。

 部屋の隅ではペッパーの視覚拷問に耐えかねて気絶したサンダリが、玄関マットとダクトテープで簀巻きにされて転がっていた。

「オミ・バイオテック?聞かん企業だ」顧客リストを調べていたペッパーが首を傾げた。

「最近力を付けてる新興企業だな。生体強化の特許をこの一年で......」

 何かに気が付いたゾンビボールは左手で床に触れて、「ペッパー、下から非常階段で何人か登って来る。武装してるぞ」

「クソッ、罠だったのか」ペッパーが舌打ちした。

重身体拡張者ヘビィサイボーグか?」とペッパー。

「その様だ」ゾンビボールは散弾銃に込められた通常散弾をアンチ重身体拡張者ヘビィサイボーグ用テルミット焼夷弾に入れ替えた。

「もっと重武装で来るんだった」ペッパーは自分の小振りな短針銃フレッチャーを恨めしそうに見つめた。

「サンダリはどうする」ゾンビボールが尋ねた。

「その端末のデータさえあればいいだろ。放っておこうぜ」とペッパー。

「では俺がダウンロードまでの時間を稼ぐ。終わったら知らせろ」ゾンビボールは散弾銃の先台フォアエンドを前後へ動かし、焼夷弾を薬室に送り込んだ。

「分かった」ペッパーは端末にポーチから取り出した結晶記録装置クリスタル・メモリーを差し込んだ。


 ゾンビボールは509号室から出て、外の非常階段に通じる鉄扉の前に移動した。鉄扉に左手を当てると拡張体サイバネに組み込まれた高感度音響センサー群が、ゾンビボールに襲撃者たちが立てる音を仔細に伝えて来た。

 ゾンビボールは襲撃者が全部で5人、全員が非常階段を登ってきており、後ろの2人がやや遅れてくることを理解した。

「プロじゃないな」ゾンビボールはつぶやいた。

 襲撃者たちが非常階段から上がってくるタイミングを完全に把握していたゾンビボールは、扉を銃身分だけ僅かに開け、登ってくる先頭の襲撃者に対して上から銃撃を浴びせた。

 散弾銃から発射され空気に触れたテルミット・ペレットは猛烈な酸化反応によって発火、その温度は4000℃にまで達し、不運な襲撃者の顔面にへばり付いた。

「……!……!!」銃撃を受けた襲撃者は声にならない叫びを上げながら、もんどりうって非常階段を転げ落ちた。

 後続の襲撃者は怯まずに重機関銃ヘビィマシンガンで反撃した。鉄扉は無数の徹甲弾を浴びて引き裂かれ、建物の鉄筋コンクリートが砕け散った。

 ゾンビボールは左腕を突き出し、自らの左腕に取り付けられた無数の音響装置を稼働させた。音響装置が音波のヴォーテックスを作り出し、高速で迫る徹甲弾と破壊された鉄扉の破片とを左掌の前方で固定した。ゾンビボールの拡張体サイバネは音響トラクタービーム技術の粋であった。

 散弾銃の先台が音響トラクタービームによって前後に動き、薬室から空薬莢が排出、焼夷弾が薬室に装填された。ゾンビボールは弾丸の雨の中で2射目を行った。焼夷弾は後続の胸部に命中し、アーマーの一部を炎上融解させたが、被銃撃者が咄嗟に胴体前面のアーマーを引きちぎって投げ捨てたことで、致命傷には至らなかった。

 その時、初めてゾンビボールは襲撃者の姿を視覚的に観察した。

 襲撃者たちは軍の放出品であろう中世騎士甲冑プレートアーマーめいた都市迷彩の重身体拡張者ヘビィサイボーグ用装備に身を固め、僅かに露出した肌は灰青色の滑らかな鱗の様なものに覆われていた。

 ゾンビボールは年代物のSFコミックで見た爬虫類人レプトイドの騎士を想起した。

 武装は残りの前2人がバックパック給弾式の重機関銃、後ろ2人は肩撃ち式ショルダー高出力ハイレーザーキャノンであった。

 ゾンビボールは遅れて射撃体勢に入ったレーザー砲のレンズと「目」があった。

「おっと」ゾンビボールは廊下へと引っ込み、レーザー砲の射角から身を隠した。直後、発射されたレーザーが、銃撃によって剥き出しになった天井の鉄骨を赤熱融解させた。

 ゾンビボールは廊下を走り戻り、503号室のドアをぶちかましで壊し開け、部屋の中に隠れた。

「まずいな」ゾンビボールはつぶやいた。

 ゾンビボールは散弾銃に焼夷弾を再装填しながら、ペッパーに通信を繋げた。

「そっちの進捗は?」ゾンビボールは尋ねた。

「50%ってとこだな。何か問題が?」ペッパーは聞き返した。

「奴等やたらと装備が良い、高出力レーザー砲も持ってる」とゾンビボール。

「煙幕を使えよ」

「2つしか無い」ゾンビボールが深刻な声でいった。

「2つも有れば十分だろうが!毎度急に怖気付くな、悪い癖だぞ。あと90秒稼げ」ペッパーは通信を切った。

 襲撃者たちが階段を登り、距離を詰めてくる音を聞いたゾンビボールは、コート裏に備えていた発煙手榴弾スモークグレネード1つを廊下へと投げた。瞬く間に白い煙が広がり、廊下を充満した。可視光はもちろん、赤外線や紫外線も含む広いスペクトルを通さない特別仕様の煙幕であった。

 光学センサーの殆どを使えなくなった襲撃者たちは、戦闘情報統合システムの情報参照優先順位ランクを光学センサーを下位へ、生体探査レーダーと集音装置を上位へ切り替えた。

 ゾンビボールは503号室を飛び出し、同時に強烈な走査音波アクティブソナーを放った。この走査音波は、ゾンビボールと襲撃者たちの互いに互いの位置を知らせたが、集音装置に集中していた襲撃者たちに対しては混乱をもたらし、反応を僅かに遅らせた。

 ゾンビボールは、レーザー砲持ちの襲撃者に対して連続射撃を行った。焼夷弾4発分のテルミット・ペレットは、レーザー砲を持った襲撃者の1人を無慈悲に焼いた。

 残りの3人の襲撃者たちは逆探知した走査音波の発信元へと反撃を開始した。徹甲弾はゾンビボールの音響トラクタービームに捕らえられ、レーザーは煙幕によって減衰し、ゾンビボールに有効な打撃を与える事は出来なかった。

 重機関銃の射撃が銃身の異常加熱オーバーヒートによって止められると、空中に捕らえられていた徹甲弾が180°回転した。

「返すぞ」ゾンビボールが左腕の音響装置によって衝撃波を発生させた。衝撃波によって加速させられた徹甲弾は、散弾のように広がり襲撃者たちに襲いかかった。

 胴体前面のアーマーを失っていた襲撃者は、鱗によって幾らかの徹甲弾を弾いたものの、胸へ垂直に着弾した徹甲弾が鱗を貫通し、心臓を撃ち抜かれて即死した。残り2人の襲撃者はアーマーによって難を逃れたが、着弾の衝撃によって体勢を崩し、転倒した。

 煙幕が薄れつつある事を確認したゾンビボールは廊下を走り戻り、505号室のドアをぶちかましで壊し開け、部屋の中に隠れた。

「想定より煙幕が持たないな。」ゾンビボールはため息をついた。

 ゾンビボールは散弾銃に焼夷弾を再装填しながら、ペッパーに通信を繋げた。

「そっちの進捗は?」ゾンビボールがいった。

「急かすな!あと30秒稼げ!」ペッパーは通信を切った。

 「レーザー持ちはあと1人」ゾンビボールは深呼吸した。

 ゾンビボールが廊下に最後の発煙手榴弾を投げると、煙幕が廊下を再充満した。

 ゾンビボールは503号室を飛び出し、同時に強烈な走査音波を放った。

 発煙手榴弾が投げられた時点で、既に近接戦闘に切り替えていた襲撃者の1人が、超振動マチェーテでゾンビボールに切りかかった。ゾンビボールは咄嗟に散弾銃でマチェーテを受け、散弾銃は紙細工のように両断された。ゾンビボールは左手で衝撃波を生み出し、切りかかってきた襲撃者を吹き飛ばした。

 間髪入れずにもう1人の襲撃者がマチェーテ片手にゾンビボールへ飛びかかった。ゾンビボールは左手を掲げて、飛びかかってきた襲撃者を空中に縫い止め、袖の下に隠していた携帯プラズマ溶断機トーチを右手に握って起動した。トーチの先端がプラズマ光で青紫に輝いた。ゾンビボールは空中に固定されている襲撃者に近づいて、トーチを首の装甲と装甲の隙間へと差し込み、トーチの柄の中ほどにあるつまみを目いっぱい回して出力を最大にした。襲撃者の首元から雪崩れ込んだプラズマは一瞬で頚椎を蒸発させた。ゾンビボールがトーチを首筋をなぞるように動かすと、襲撃者の首がずるりと落ちた。

 ゾンビボールは薄れた煙幕の中で、先ほど吹き飛ばした襲撃者が膝立ちになり、レーザー砲の狙いを自分に向けていることに気がついた。襲撃者がレーザーを発射する直前に、ゾンビボールは空中に捕らえていた首無し死体を盾となる様に動かした。発射されたレーザーは容易く装備ごと死体を焼き切り、ゾンビボールへと迫った。

 宙に浮いていた死体が糸が切れたようにぼとりと落下した。襲撃者はレーザーがゾンビボールを撃ち抜いた事を確信し、口元に笑みを浮かべた。

 しかし、ゾンビボールは無傷だった。襲撃者は慌ててレーザー砲の引き金を何度も引いたが、何も起こらなかった。

「間に合ったな」ゾンビボールの背後から、ペッパーがゆっくりと歩み寄った。

 ペッパーは微小マイクロプリズム片を電場によりゾンビボールの周囲に浮遊させ、レーザーを散乱させていた。本来、微小プリズム片はペッパーの拡張体サイバネに組み込まれた光学装置と組み合わせたり、外部の映像投影装置の機能を拡張して、自在に立体映像ホログラムを投影する為のものだが、光学的な防御手段としても使う事が出来た。

 襲撃者はペッパーにレーザー砲を向け、引き金を引いた。

 ペッパーの額に穴が開き、穴を縁取るように火がついた。

「大当たり!」ペッパーは襲撃者の背後から耳元へと叫んだ。襲撃者は目を見開いて振り返った。ペッパーは短針銃フレッチャーの狙いを最後に残った襲撃者の眼球へと定め、引き金を引いた。秒間16連射、30発の電磁加速された短針が眼窩から侵入し、脳をズタズタに引き裂いた。最後の襲撃者が崩れ落ちた。

 デコイとして産み出されたペッパーの立体映像ホログラムが手を振り、本物のペッパーが手を振り返すと、立体映像ホログラムは最初から何も無かったかのように消えた。

「ありがとう、ペッパー。助かったぞ」ゾンビボールは感謝した。

「良いってことよ」ペッパーは得意げに鼻を鳴らし、胸を張った。

「こんな事なら最初から2人で戦った方が良かったかな」とペッパー。

「いや、そうでも無いようだ」ゾンビボールが左手を床に当てながら、「増援だ。数は……5、いや10だ。何処かに待機していたのか……」

「さっきのが2部隊か。面倒だな。目標は達成したし、ずらかるか」ペッパーは首を掻いた。

「奴等の目を誤魔化せるか?」ゾンビボールが問いかけた。

「もちろん」とペッパー。

「このペッパー・ゴーストの業を見よ」ペッパーは硬貨に似た形状の飛行小型投影装置プロジェクター・ドローンを懐から取り出し、指で弾いた。


 襲撃者の1部隊が非常階段から、もう1部隊がエレベーターから、ほぼ同時に5階に到着すると、廊下で重二輪車ヘビィサイクルに乗っているゾンビボールとペッパーを発見した。

「押し通る!」ペッパーは叫んだ。

ゾンビボールとペッパーは同時にアクセルを全開にして急加速した。

 襲撃者たちは射撃を開始したが、ゾンビボールとペッパーは構う事なく非常階段への出口に突っ込んだ。

 非常階段を登ってきた襲撃者たちはたまらずゾンビボールとペッパーの突撃を避けた。2台の重二輪車ヘビィサイクルはその勢いのまま大ジャンプし、車道へと逃げて行った。

「追え!」リーダー格の襲撃者が叫ぶと、襲撃者たちは非常階段を駆け降り、追跡を開始した。


「上手くいったな!」ペッパーは浮遊自動車ホバー・カーの中で寛いでいた。

 ゾンビボールとペッパーは、襲撃者が立体映像ホログラムデコイを追っている間に、509号室の小窓から雨樋を伝って外へ脱出し、自動運転で呼び出した浮遊自動車ホバー・カーで悠々と離脱を成功させていたのだった。

「奇妙な奴等だった。練度の割に装備が良すぎたし、本気で殺しに来たという感じで

も無かった。企業の新しい生体強化の実戦データ取りかもしれん」ゾンビボールはいった。

「まあそこら辺は報告して、後は師匠に任せようぜ。企業の思惑だの政治だのは私たちの管轄じゃない。『興行』は成功したしよ」ペッパーは結晶記録装置クリスタル・メモリーをポーチから取り出して携帯端末に刺し、簡単な報告書と共に顧客データを、人工頭脳学サイバネティクス奇術師協会の会長であり、2人に拡張体サイバネを与えた「師匠マスター」へと送った。

「とりあえずこれで良いだろ。ちょうど夕飯時だ。メシにしようぜ」ペッパーが座席を撫でながら言った。

「何にする」ゾンビボールが尋ねた。

 うーんとペッパーが唸り、「餃子が食いてえな」

「銀龍飯店にするか」とゾンビボール。

「良いねえ。紹興酒と洒落こむかね!」ペッパーは笑みを浮かべた。

 ゾンビボールは行き先を入力した。

「人生楽しむか」ゾンビボールはぼそりといった。

「おっ、分かってきたな。要はメリハリよ」ペッパーはゾンビボールの肩を強く叩いた。

「短い人生!楽しまないとな!」

ゾンビボールとペッパーを乗せた浮遊自動車ホバー・カーは、灰色の高層集合住宅コナプト群の間を走り抜け、夕日を照り返し赤く染まる摩天楼群へと帰って行った。

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