第25話 俺と肉食系ドラゴン

「うう……クロエのバカ、なんで見捨てるんだぁ……」

「はいはい、ごめんってば」

「クロエさまはヴァル……じゃなくて、バルーフを甘やかしすぎ!!」

「えー……でも家族だし」

「家族でもなんでもけじめは大事だよ!」


 はい、絶賛椅子の上で向かい合わせになるようにだいしゅきホールドされてる俺です。誰からって? もちろん先ほど見捨てたバルーフから。


 さすがにさっき見捨てたのはやりすぎだったかなと思って好きにさせておいたら、席についていたファーヴニルに叱られた。そして正論すぎた。なによりも、俺より低いとはいえ一般的に見れば高身長の男にいつまでも抱きしめられている趣味はないため。

 頭を撫でてなだめるとふにゃふにゃ笑いながら離れて席に戻っていったバルーフに、扱いちょろすぎだろと内心思いながら「けじめねぇ……」と呟く。


 でもあれは本当に事故だって言ってよかった。だって俺は真名での契約が悪い……ってわけでもないけど、あまり勧められたものじゃないってことを知らなかったし。バルーフはバルーフで俺が真名だっていうことを忘れていたしでどうしようもなかったことなんだと思ってる。だから。


「バルーフ、ファーヴニル。ちょっと額だして」

「うう」

「? はい」


 それぞれの席に座りながら、テーブルの上に乗りだして集まってきた白い額2つに。ぴんっと軽くでこピンする。バルーフはなにをされるのかわかっていたのか、思ったよりも小さな衝撃にきょとり目を瞬いていた。ファーヴニルはファーヴニルで、いまなにをされたのかわからないと言わんばかりの顔でぽかんと口を開いておでこを押さえている。


 こそこそっとバルーフがファーニヴルに「あれは親しい間でのお仕置きなんだ、つまりおれとファニーはクロエに親しいって認識されてるんだぞ」と教えていることが微笑ましいけど、それ丸聞こえだからね? 俺の目の前でたとえ声小さくして手で遮ってても俺の方ちらちら見られながら言われてたらわかるからね? ってファーヴニルも嬉しそうにしないの、と思ったけどあえて口には出さなかった。


「あれは事故。だからファーヴニルはバルーフになにしたか知らないけどやりすぎ。バルーフは色々忘れ……ってかちょっとまぬ……んんっ、えーと天然すぎ。だからこれで喧嘩両成敗!」

「クロエ! いまおれのことまぬけって言おうとしなかったか!?」

「クロエさまがそう仰るなら……まあ」

「ファニーも言ってくれ! いまクロエが」

「「バルーフは黙って」」

「うう……」


 2人ともひどい……テーブルに腕を下にして突っ伏してしまったバルーフの方をファーヴニルと一緒に見てから、2人で目をあわせて苦笑した。俺には兄弟姉妹はいないけど、もし弟がいたらこんな感じなのかなって。なんかしょうがないなって気持ちと愛おしさが半分半分。

 これが家族ってやつなのかなって思うと、爺さんがどうして俺以外でもよかったはずなのに他の誰でもないこの俺に大事な家族を託してくれたのかわかったような気がして、ちょっと泣きたくなった。


 きっと、小さいころは長期の休みは爺さん家に預けられっぱなしで金の苦労はしなかったけどこういう家族的な感情を養ってこなかった俺に、爺さんは家族とはこういうものなんだって教えたかったのかもしれないと考えてしまって。すっかり温くなったミルクティーを、俺は一気に飲み干したのだった。



 書斎にて。


【我が名はファニー、意味は元気。我が主、片倉クロエの名のもとにいま。主従契約は成された! ファーヴニルドラゴンの名を捨て、我はいまから。片倉クロエの《幻獣ファンタジー》となり、剣となり盾となり矛となり主の生がついえるその瞬間まで尽くすことをここに誓う!】


 ファーヴニルがまるで全身の力が抜けてしまった時のようにがくんと片足を立てて跪く。ファーヴニルが跪き頭を垂れてから数秒後、ぼうっと床が光りだして俺と彼女を中に包んだ魔法陣が赤い絨毯の上に浮かび上がる。

 さすがに2度目でこれが契約の儀式? みたいなのかと観察する余裕ができた俺に、ファーヴニルは空気を介さない声で叫んだ。そのくせ大気が震え、書斎の大きな窓に引かれたカーテンがひらひらと揺れ、本棚がみしみしと音をたてる。本棚の中の本たちはみっちりと詰められているおかげで身動ぎひとつしなかったけど。

 書斎の外にはバルーフが立っている。なんでもドラゴンの五感は人間なんかをはるかに凌ぐほどに鋭く。大気の震えをもろに感じて耳がかき氷を一気食いした時みたいにきーんとするらしい。そんなことを自慢げに語っていたが、かき氷の一気食いとかあいつ例え方がさあ……と呆れた俺だ。


 契約の前、ファーヴニルもバルーフみたいに新しい名前が欲しいかと聞けば、彼女はすぐさま首を横に振った。


「あたしはファニー。敬一郎さまがつけてくれたこの名前を抱きしめながらずっと生きていきたいの。その……クロエさまには悪いんだけど」

「え、全然いいよ。俺も爺さんのつけてくれた名前をそこまで大事にしてくれてるなら嬉しいし」

「ファニーはファニーだしな!」

「それに家族が揃った時にあんまり名前変わりすぎてると大変だしねー」


 なーとバルーフと2人で頷けば、ファーヴニルは一度泣きそうにくしゃりと顔を歪めてから。『元気者』爺さんが間違って覚えていた単語のように夏を思わせるひまわりみたいな明るい元気いっぱいの笑顔を浮かべたのだった。


 その日は。

 書斎で契約を終えてエントランスに行くと宅配便で届けてくれたものが山積みになっており。それを整理してたらあっという間に夜も更けかけてしまったので、あわてて夕飯の準備をした。

 パパッとできる鶏肉のひき肉にしょうがを練り込んでつみれ状にしたスープとたけのこと人参と裂いた鶏肉の混ぜご飯、春菊の胡麻和えにした。今日はなんか和食の気分だったから。

 品数少なくてごめんねと謝ったら、2人ともすごい勢いで首を横にふって俺がいただきますを言うのをよだれたらしながら待っていた。


 なんか、バルーフはいかにも家事できません。俗世? 何のことですか? みたいな美形に対して、ファニーはメイド服も着てるしいかにも料理なんてお手のものですみたいな感じなのに。

 あ、でもなんか考えてみれば「そんなこと下々しもじものやることですわ」系のお嬢さまっぽく見えなくもない。金色の巻き毛がそれっぽい、偏見じゃないよ! 俺? 両親は仕事人間だったから自分で食べれるようなものは大体作れるし、趣味はお菓子作りだよ。まあ食べてくれる人がいないからなかなか作れないんだけどね! 


「じゃーいくよー。いただ」

「「いただきます!!」」


 おい。

 仮じゃないけど主人の言葉遮ってまで食いたかったんかあんたら。と思ったら勢いよく食べだしたこの欠食児たちに美味しいもの食べさせてあげたいなあとか、後で庭片付けたらピクニックごっことかお菓子持たせてどこかへ出かけるとかさせてあげたいなあと思った。


 ちなみに「肉……!」と目を輝かせていたのはバルーフもファニーも同じだった。ドラゴンってみんな肉食なの? って聞いたら肉が嫌いなドラゴンがいるのか? って逆に聞き返されたから多分みんな肉食なんだと思う。でも春菊の胡麻和えも嬉しそうに食べてるし雑食? 

 婆さんやチャーリーやレオナルドとかいうドラゴンが帰ってきたら肉の消費量とんでもないことになりそうだな。……コープで肉大量に頼んでおこう。

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