一万字漂流記

松明

支配者

 周囲十キロメートルのその小さな島は、単に「島」と呼ばれていた。

 旅客宇宙機の墜落事故における生存者五十人にとって、島とは自分たちが流れ着いたこの地のみを指し、ことさらに他の島と区別する必要はなかったのである。第一、彼らの知る範囲において島は絶海の孤島だった。

 五十人はなぜか、島に漂着するまでの経緯をほとんど忘れていた。機体のシールドを破った宇宙線の影響ではないかと囁かれてはいたが、そもそも墜落の原因を覚えている者すら皆無だったので、噂の信憑性は低かった。

 島の中央には円錐形の山があり、周囲には森が広がっていた。豊富な湧き水と果物、魚介類を糧にして、彼らは救助が来るまでの共同生活を始めた。


 共同体の中心人物となったのは薬院という医者である。彼は怪我人や病人の手当てをする中で生存者たちの信頼を集めた。リーダーに就任してからは島の南部に小さな「街」を作り、仲間のために精力的に働いた。

 家屋の建設。水と食料の分配。仕事の分担。ルールの制定。

 助けはすぐに来るだろうし、そこまで生活を整える必要はないのでは、と反対する者もいたが、薬院が正しかったことは後に判明する。

 待てど暮らせど助けが来なかったのである。

 文明社会からの音沙汰がないまま半年が経った。それでも薬院の指導のもと、街の生活は問題のない水準に保たれていた。老いや病気で数人がこの世を去り、山の頂上に造られた墓地に埋葬された。

 ある日、薬院のもとへ食料班の男がやってきた。

「大型の船を造れば島を脱出できる。俺たちに船を造らせてくれ」

 貴重な人員をそんなことには割けないと薬院が拒否すると、男は乱暴に言い放った。

「おまえは王様気分で楽しいんだろうが、俺たちは奴隷ごっこをしたいわけじゃない。おまえが許可しないんなら俺たちで勝手にやるまでだ」

 薬院は憤りを覚えていた。皆の生活を守ろうと全力を尽くしてきた私に、何という仕打ちをするのか。

 男が帰った後、薬院は警備班の班長を呼んで命令を下した。

「治安を乱そうとする者たちがいます。牢に入れなさい」

 以後、脱出を求める多くの人々が囚われ、不潔な牢の中で命を落とした。かくして薬院はこの小さな世界の王となり、彼の家は畏怖を込めて「王宮」と呼ばれることになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る