第一章:日向の苦悩/取り残されし者の絶望 7

 撮影翌日、アイシアはお台場にあるテレビ局に連れ去られていた。情報番組で生出演することが決定していたのだ。あまりの速さに彼女は驚きを通りこして呆れた。ISIAは、腰が重いはずの国際機関なのにフットワークが軽すぎる。


 局員たちとの会議が終わり、本番出演まであと三十分だった。


 当然スタイリングはばっちしで、今回はASU指定のローブではなくグレーのスーツ姿だ。伝え訊いたところによると、ASUらしさではなく親しみやすさを全面に押し出したいらしい。どんどんASUの仕事の範疇から外れていることに危機感を覚えた。


「スカートとか最近履いてないから動きにくいな。奇襲されたらどうするんだろ」


 アイシアは、タイトスカートに引っ張られる太ももを苛立たし気に叩く。発想が完全に前線兵士のそれだ。


 どうにもやる事が無くて、無意識のうちに胸元を探る。愛銃が無いことに気づいて、急に不安になった。ISIAの業務に武器は不要だとして、日本事務局に置くよう厳命されているのだ。武器がないと落ち着かないアイシアにとっては苦渋の決断だった。


「やめたい。いますぐに帰りたい……」


 アイシアの嘆きは深く重い。


 初日に撮影スタジオを支配し、翌日には生放送番組に出演するなど、一般人からしたらスター街道をひた走っているように思える。だが、当人であるアイシアの頭の中にあるのは、「さっさと片付けて元の仕事に戻りたい」だ。


 かつて、魔法使いは日の目を浴びたいという願望を持ってはいたが、なにも衆目にさらされることを望んでいたわけではない。アイシアもその類の魔法使いであり、しかも戦闘に特化した武闘派だ。大勢の人間に顔を晒すなど正気の沙汰ではないと考えてしまうのも仕方がなかった。


 腐っている内に時間は経ち、もはやマネージャーと化したISIA職員に連れられスタジオ入りする。アイシアはCMを挟んで途中から出演することになっていた。議題はかねてより問題を指摘されているISIAの広告についてだ。


 どうでもいいからすぐにでも解放してほしかったが、ぐっとこらえて無理やり笑顔を作る。さり気なく前にかざされた鏡に映っているのは、いかにもできる美人魔導師といった容貌の自身の顔だった。少なくとも、心の内が顔に現れていることはなかった。


 ほっと安心したころでISIA職員に促される。そろそろCMが明け、キャスターがアイシアのことを呼ぶのだ。


「では、ISIA日本事務局関東支部ASU警備部警護課のアイシア・ラロさんに登場して頂きます」


 アイシアが抱いた第一印象は、よく噛まなかったな、というひどくどうでもいいことだった。さっさと行け、と背中を叩かれて彼女は仕方なくカメラが映す画面内に入っていく。


 いまの時代、キャスター側も視聴者数やコメントなどをリアルタイムで見ることができる。画面入りしたアイシアにもそれが見えた。猛烈に視聴者数とコメントが増加していた。中身は怖かったので見ることを放棄した。どうせろくなことが書かれていないに違いない。


 営業用の笑顔を作ってアイシアが挨拶する。


「初めまして、ご紹介に預かりましたASU警備部警護課のアイシア・ラロと申します」


 直後、裏にいたISIA職員がしかめっ面を向けてきた。正式な肩書を名乗らなかったことに怒っているのだろう。アイシアとしては、絶対に噛むし長ったらしいから言いたくなかったの一言に尽きる。


 どうぞお掛け下さい、とキャスターに促されるままアイシアは席に着く。一斉にカメラが彼女の顔をズームする。四の五の言わずに帰りたかった。切実に。


「早速ですがアイシアさん。昨日公開された動画ですが、ものすごい反響のようです。現時点で既に五百万再生を記録しています」


 ぎょっとした。寝ている間にものすごい再生回数が増えている。人類はみな暇なのか。アイシアが内心で嘆いているところをよそに、キャスターが続ける。


「いまの気持ちを率直にお聞きしてもよろしいですか?」


 帰りたいんだけど。言ってもいいの? という言葉をアイシアは寸でのところで飲み込んだ。


 アイシアは淡い微笑みを作る。


「予想外の反響に驚いています。これも世間の皆様のISIAに対する関心度の高さであると考えております」


 想定通りの受け答えだ。間違えないようにカンペまで出されている。つまり、アイシアは愛想をふり撒きそれを読み上げればいい。いつもに比べれば楽な仕事だ、と彼女は自分を鼓舞した。


 そうですか、とキャスターが笑む。


「では本題に入らせて頂きます。現在、ISIAが魔法使いを独占しているとする世間の声についてISIAはどうお考えですか?」


「普段から申し上げています通り、そのご意見は誤解です。我々は魔法使いという人材を統括しているのであって、独占しているのでは決してありません。なぜ我々がこのようなことを行っているかと申しますと、世界が平等に魔法の恩恵に享受できるようにするためであり、魔法使いの基本的人権を守るためでもあるのです。至福を肥やすためでは決してありません」


 アイシアの返しにキャスターが頷く。ついでにISIA職員も満足げだ。


「では、ISIAがいわゆる魔法使い候補者に対する洗脳とも言える魔法界への勧誘に関して、ISIAはどうお考えですか?」


「洗脳を行っている事実は断じてありません。我々は魔法使いないし未来の魔法使いの人権と安全を守る義務があります。確かに、一辺において魔法界へ加入することによる安全面の向上が認められ、我々がそれを推奨していることは間違いではありません。広報も行っております。ですがそれは一重に魔法使いないし未来の魔法使いの人権と安全を守ることが目的であって、一部世論でおっしゃられているコスト削減を目的とした洗脳ではありません」


「ですが、その広報の仕方が、まるで魔法界へ参入しなければ魔法使い候補者の安全が守られないと言っているように聞こえてならないという声も確かに上がっています。その方々からすれば、ISIAの広報が魔法使い候補者やその親族を不当に恐怖に陥れ、魔法界の参入へと意図的な誘導を行われているように思われても仕方ないとは思いませんか?」


「誠に残念ですが、一部世論ではそういったお声が挙がっている事実はISIA内部でも認識されており、より良く健全な広報を執り行うべく議論を重ねております。ですが、これを恣意的に行っているとされることが誤解であることについては、この場をお借りして述べさせて頂きます」


 もういいだろう。頑張った。いますぐ私を帰して!


 内容が内容だけに、アイシアの精神的疲労度は限界寸前だった。


「つまり、魔法使い候補者を恣意的にISIAへと誘導しているのではなく、安全のために案内しているという従来の主張通りであるということですね?」


「はい、その通りです」


 これで終わりだ。今回はアーキの事件については言及されない。あれは主にASU側の話だ。いま、アイシアはISIAからASUに派遣され、ISIAへ出向しているASU職員というよく分からない立場だ。だから、本来はASU職員でありながらASU職員ではないという理屈が成り立つ。つまり、ASUの見解について述べるだけの権限を持たないのだ。


 そして、ISIAはこのテレビ局にかなりの投資をしている、いわば臨時スポンサーだ。自分たちの臨時収入源であるスポンサーの痛い腹を探ることをテレビ局は良しとしない。テレビ局は富を得て、ISIAは広告で世論の印象を操作する。呆れるくらい下らない、人類社会でよく行われている世論操作だ。


 アイシアは営業用の微笑みを湛えながら、何をやっているのかと己に問うた。彼女は、悪い魔法使いをやっつける正義の魔法使いを体現する父に憧れこの職に就いた。だが、いまやっているのは魔法使いの信頼が傷つき、困っているISIAを助けるために世論をそそのかす旗頭として立っている。


 これがやりたかったことなのか。


 絶対に違う。


 それでも、本当の正義の魔法使いになるには、人の価値観を学ばなければならない。その点において、アイシアは未熟だ。目指す先が父である以上、人の価値観を取り入れていかなければ、巨大な力を持った何を考えているか分からない魔法使いになってしまう。その成れの果てが《ベルベット》だ。それだけは絶対に嫌だった。




 ◇◆◇




「アイシアさんが営業用の笑顔でISIAの意見を述べていますよ。いやあ、本性を知っていると不自然ですねえ」


 午前の日差しが舞い込んだ円珠宅の客間。そのソファに座るオットーが、端末で表示させた立体映像を眺めながら笑った。それを横目で見ていたラファエルは、「確かに」と微かに頷く。彼女たちのリーダーであるアイシアは、見た目は良いが中身は腹黒い。現在ネット上では新たな女神降臨だの、理想の女性が現れただの、あんな綺麗な女性になりたいだのと、色々と好印象ばかりが散見しているが、完全に彼女に騙されている。


 さすがにこういう真似は自分では無理だな、とラファエルは思った。アイシアのような演技などできないことは自覚していた。


 魔法使いは一見すると狂っていて頭が悪いと思われがちだが、実際はその逆だ。価値観がずれているから狂って見え、高階梯のものほど頭は良い。でなければ、魔導師位階制度で高階梯の資格など取れるはずがない。ラファエルも高位魔導師らしく頭の巡りは良いが、単純にカルボナーラと結婚願望で脳内が占められているだけなのだ。もっとも、それもそれで致命的ではあるのだが……。


 ともかく、弓鶴たちと交代したふたりは、円珠庵の回答待ちとその間の護衛のためにいるのだが、動画を見る程度には暇だった。警護課が暇というのは、魔法使い候補者が安全であるということだ。それは大変結構なことである。


 ソファーから立ち上がったオットーが軽く伸びをする。


「暇ですね。どうにも前線気分が抜けないので困ります」


 オットーがかつて所属していた《異端審問機関》は、《連合》時代の魔法使い集団から抜け出した秘跡魔導師達だ。そして、《異端審問機関》は“実在する神”を崇めているから、神の奇跡を扱う魔法使いたちと対峙していた。それは時代が変わり、《連合》がASUになってからも今なお水面下で行われている。彼は、裏で行われているASUと《異端審問機関》の戦いの最前線にいたのだ。


 だからオットーは、平時は空気の読めない道化をしているが、中身は戦闘狂だ。


「……オットーは戦いたがりです」


「そういうエルさんも、よく気に入らない相手を狙撃したいと言っているじゃありませんか。お互い様ですよ」


 ラファエルはオットーを睨みつける。当人は涼しい顔で窓の外を覗いていた。


「さすがに結界を外部にまで広げればバレますし、索敵が因果魔法の《時間観測》だけでは不安ですね」


 オットーの物言いにラファエルの美しい眉間に皺が寄る。


「私の魔法に不服?」


 いえ、とオットーが首を振る。


「そういうことではなく、単純に索敵範囲が落ちるということです。どちらにせよ、索敵では元型魔法や波動魔法に軍配が上がります。私たちの班ではブリジットさん以外は索敵では無能ですよ」


 因果魔導師は、時間軸を瞬間の連続ではなく過去・現在・未来に伸びる線として捉える。《時間観測》は、理論上は時間軸で起きたすべての出来事を観測できる。しかしそれは、使用者当人のみに限定されることが多く、護衛では不向きな観測魔法だ。


 確かに、と再び頷いたラファエルは表情を戻す。因果魔法は、説話魔法とは逆で戦闘職においては無能とされている。なぜならば、高位魔導師でなければろくな攻撃魔法がないからだ。だから魔法を銃器と併用して運用することで攻撃力の低さを補っている。


 魔法社会は実力主義だ。低階梯の頃、ラファエルは因果魔法が戦闘に使えないということで腐っていた時期がある。そんなときは、同じ魔法体系でありながら最前線で活躍するアイシアの父ラファランの背を見て自らを鼓舞してきた。


 どんな魔法使いもつらい時期は必ずある。それは誰しもが通る道だが、進みたい未来がことごとく絶望に染まっていれば、迷いもするし立ち止まりもするだろう。


 そうした意味で、ラファエルは円珠庵に同情心を抱いていた。


 もっとも、ラファエルならば嬉々として戦いの道を選ぶだろう。なぜなら強い男が好きだからだ。彼女の結婚願望は、そうしたところからも来ている。要は守ってもらいたいのだ。そのためにわざわざ戦いの最前線に突っ込むところがおかしいことに、彼女は当然気づいていない。


 オットーが壁に掛けられたアンティーク時計に目をやる。時刻は午前九時半になろうとしているところだった。


 警護を開始して三日目になる。円珠庵は家に籠ったままだ。当然、これはISIAの勧めによるものだ。学校は適当な理由をつけて休んでいるのだ。警護する者にとっては楽な状況ではあるが、学校に行けないことが逆に周囲に疑念を抱かせている要因ではないかと、ASU警護課では考えられている。戦闘が発生すれば危険手当がつくから、それを渋っているのではないかとすら言われていた。


 ASUの収入源は、主にISIAからの警護や事件解決の報酬、《第七天国》の使用料、魔法開発によって生み出された技術を利用した利益の三本柱で成り立っている。


 対するISIA側は、魔法使いを派遣することによって企業や国から資金を得ている。


 組織構図上、内部部局であるASUはISIAと同列か格下の立場にある。しかし、当の魔法技術を握っているのはASUだ。だから実際はISIAよりASUの方が立場は強い。依頼料を止めればASUは即座にISIAを裏切り、魔法使いたちを集めて勝手に独立するだろう。


 個人でも集団でも、一般人と魔法使いの間には埋められない溝がある。そこに利益が加わればなおさらだ。そして、被害を受けるのはいつだって末端の弱者だ。


 円珠庵が魔法使いになったことで人生の逆境に立たされたのは、ISIAとASU、そして現代社会がいまの構図を作り出したからだ。


 これは一週間丸々使う長い仕事になりそうだとラファエルは思った。


 だが、魔法使いを取り巻く社会はそんな生ぬるい考えを許さない。


「エルさん! 敵影多数! 戦闘態勢を!」


 窓の外を覗いていたオットーが鋭い声を投げた。即座にラファエルはライフルではなく拳銃を取り出し部屋を出た。直接、円珠庵の警護に回るためだ。


 円珠の部屋へとノックをせず入る。彼女は手紙を手に持っていた。いまではなかなか使われることのない代物だ。ラファエルはすぐに視線を外し、窓の外を覗き込みながら口を開く。


「円珠庵、敵が来ました……」


 絶対に聞きたくない情報のはずなのに、それを受けた円珠は慌てた様子を見せなかった。不審に思ったラファエルが彼女に一瞬だけ注意を向ける。


 円珠が持つ手紙が淡い燐光を浮かばせていた。魔法の光だ。


「円珠庵、なにをしてます?」


 目を細めたラファエルが問う。円珠が曖昧に笑って言った。


「すみません。私にはもう、この道しかないみたいなんです」


 そのとき、室内に書物の頁が撒き散らされた。まるで桜の花びらが風にのって渦を巻いているかのように、頁が室内に荒れ狂う。


 説話体系の魔法転移の前兆だ。敵は直接室内に転移して来ようとしているのだ。


「オットー!」


 ラファエルが叫んで銃を構えた瞬間にはオットーが部屋に突入していた。彼は即座に円珠を結界で覆う。


 頁の渦が消える。そこには、亜麻色髪の男性が立っていた。右手には紐で括った書物の束。説話魔導師だ。そして、その顔にラファエルは見覚えがあった。


「おやおや、特殊魔法犯罪課のエルヴィンさん。なにしに来たのですか? 家の周りにいる輩も、どうやら全員説話魔導師のようですし、説話魔導師で催し物でもするおつもりですか?」


 オットーは暢気に言いながらも臨戦態勢を取っていた。


 特殊魔法犯罪課は、刑事課では対処できないような魔法犯罪を専門に扱う部署だ。普通に考えて、魔法使い候補者を警護している現場に来るはずがない。


 オットーがなにより警戒しているのは、“秘跡魔法による結界を張っていたにも関わらず、魔法でこの部屋へと直接転移してきたこと”だ。秘跡魔法による結界は、神がおわすとされる聖域を展開することで攻撃を逸らす防御魔法だ。結界外と内側は世界自体をずらした壁を隔てているも同然だから、通常の魔法転移では入ることができない。


 亜麻色髪の男、エルヴィンが優雅に微笑んだ。


「すまないが警護課にはお引き取り願う。円珠庵さんは特殊魔法犯罪課が引き受けるよ」


 嘘だ。


「理由は……?」


 銃を構えたままラファエルが問う。


 笑みを深くしたエルヴィンの右手が動く。ラファエルは躊躇なく引き金を引いた。円珠が悲鳴を上げてしゃがみ込む。九ミリパラベラム弾が彼の心臓に直撃――しなかった。銃弾が虚空から伸びた鎖によって受け止められていたのだ。


 その事実に驚く間も惜しくオットーが魔法を発動していた。エルヴィンの背後に青い燐光が宿り、円錐形に伸びる。秘跡魔法の《歪曲体系》によって生み出されたあらゆる防壁を貫く円錐だ。


 原理はこうだ。世界の外周にあるとされる聖域を世界に無理やり引っ張り込む。そうすると、風船を外側から指で押すように、空間が捻じれて凹みができる。


 空間を歪めて作った円錐は、物理防御を完全に無効化する凶悪な攻撃だ。だが、それすらエルヴィンの背に刺さることはなかった。虚空から鎖が生み出されたように、円錐もその先端が姿を消していた。


 エルヴィンの右手には閉じたままの書が二冊、淡い光を帯びていた。それどんな本であるのか、早急に探らなければならない。ラファエルとオットーの警戒度は最大限まで上がる。


 エルヴィン、本名エルヴィン・レーヴラインは第八階梯の説話魔導師だ。一階梯でも違うと、その実力は天地の差が開く。第六階梯のラファエルとオットーの二名という人数差は、第八階梯の魔導師の前では意味がないのだ。更に、外には彼以外の説話魔導師が待機している。既にブリジットへ連絡を入れているとはいえ、この状況はもはや詰みに近かった。


「相変わらずASUは手が早い。そんなことでは野蛮だとして二十一世紀の世に捨てられるよ?」


 エルヴィンは、敵意を向けた魔法使い二人に前後を囲まれようと毛ほども気にしていない。そして、視線はふたりではなく円珠へ注がれていた。


「円珠庵さん、我々の下へ来るということでいいかな?」


 エルヴィンが腰を抜かしていた円珠に手を伸ばす。二人は動かない。否、動けない。足を踏み出そうとした二人が気づく。二人は鎖に足首を捕らわれていた。先ほど出現した鎖が無数に伸び、二人の両足に巻き付いていたのだ。


 高位魔導師である二人に悟られない早業だった。


 だが、足を封じられようが魔法使いは止められない。ラファエルは《時流制御》により自己の時間軸を四倍へと設定。そのまま拳銃の引き金に力を込める。オットーも《歪曲体系》による円錐を三つ生み出していた。


 しかし、それらが完全に動き出すよりエルヴィンの初動の方が遥かに早かった。


 二人の両手と首筋に鎖がまとわりつく。一気に喉元を縛り上げられた二人の魔法制御が途切れる。魔法は現実に引き出されることなく、拳銃も引き金すら引けずに床に落ちる。


 高位魔導師は魔法を手足のように扱う。そして、第八階梯ともなれば、第六階梯魔導師との技量には圧倒的な差が生まれる。


 両手両足に首まで鎖で捕らわれ、二人は気絶寸前だった。そんな二人を眺めたエルヴィンが、ふっと皮肉気に笑んだ。


「しばらく寝るといいよ。キミらはよく働いた。ボクを前にこうして生きているだけで十分過ぎるほどね」


 気絶まであと五秒。ラファエルが気力を振り絞っているところで、エルヴィンが最後だとばかりに声を投げてくる。


「キミらは殺さないよ。同胞である彼女を守ってくれていたからね」


 それが、ラファエルが聞いた最後の音だった。




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