第一章:日向の苦悩/取り残されし者の絶望 3
毎年行われる魔法適正検査以外で見つかった魔法使い候補者の場合、一週間という期限が区切られているが、原則進路を決定するまでASU警護課が警護にあたる。当然、二十四時間体制だ。つまり、円珠庵をたった五人で魔法使いを狙うあらゆる輩から守らなければならない。しかも、最悪なことにアイシアは明日から一時的に班を抜ける。
一旦、付近のカフェに入った弓鶴たちは、今後の割り振りの相談をすることになった。とはいえ、アイシアが抜ければ四人だ。二人組の十二時間交代で対応するしかない。これが他の班ならば六人いるから三交代で対応できるのだから羨ましい限りである。
「とりあえず、我と弓鶴、エルとオットーの組み合わせしかないな」
子どもの姿でホットケーキを頬張るブリジットが言った。見た目だけは美少年で可愛らしいが、中身はナンパされたくて仕方がない二十八歳の残念男だ。
「ブリジットとふたりとか過酷だな」
うんざりだとばかりに弓鶴が漏らすと、ブリジットが悲しそうに眉を下げた。
「最近弓鶴の当たりが強い……。我、そんなに先輩らしくないだろうか……」
「きっと調子に乗っているのでしょう。ここは私たちの実力を見せるときでは?」オットーがパフェを食べながら愉しそうに言った。
「つまり?」ブリジットが訊く。
オットーが立ち上がる。ただでさえASU指定の深紅のローブを着ているので非常に目立つのに、これ以上注目を集めないで欲しかった。
「ピンチになりましょう!」
「一度死ね」
弓鶴とブリジットが同時に吐き捨てた。オットーがその場で崩れ落ちる。周囲からの視線が無駄に集まる。そのすべてが残念な男を見る目だった。ASUの評判が音を立てて崩れ落ちる音がした気がした。
ブリジットが息を吐いて場の雰囲気を戻すように言った。
「まあ僅か一週間だ。本人と保護者の承認があればASU本部預かりにもできる。あそこは魔法使いにとっては世界一安全な場所だからね」
「ASUの浮遊都市か」
弓鶴の返答に、そうそう、とブリジットが頷く。
ASU本部は通称浮遊都市と呼ばれている。その名称の通り、魔法によって生み出された浮遊する都市だ。光学迷彩は基本として、あらゆる観測波を寄せ付けないためグリーンランドの領空にあるが具体的な空域は不明である。各種魔法結界が張られており、世界一安全な場所としても有名だ。
なんにせよ、本人の希望が無ければASU本部へ連れていくことも不可能だ。
「あの子が受けると思うか?」
弓鶴の問いにブリジットがホットケーキにナイフを入れながら涼しい顔で答えた。
「さて、本人の進路を思うのであれば止めた方が良いだろうね。命の保証はしかねるが」
「ブリジットでもそう思うのか?」
「当然さ。魔法使いの大半は民間に行く。ASUに入れるのはほんの一握りの第六階梯以上の高位魔導師のみなのさ。なら、民間で生きていく可能性を模索するほかない。説話体系は就職先が少ないから、魔法使いになったと喜んだ者たちにとっては厳しい現実を突きつけられるだろうね」
「高位魔導師になったらどうだ?」
更なる問いにブリジットは教師のようにナイフを立てた。
「ASUに入れば道は開ける。とはいえ、結局は実力の問題さ。どの魔法体系だろうがASUに入れば安泰といったところだね」
まあその点、とブリジットが続けながらナイフを弓鶴へ向ける。
「多数の業界で引く手あまたの錬金魔導師の君がASU警備部に入ったのは意外だけど」
動機が動機だから、弓鶴は顔を背けた。彼は当時、正義の魔法使いに見えたアイシアに憧れてASUに入ることを目指したのだ。
ふっとブリジットが微笑む。珍しく自然な笑みだ。切り分けたホットケーキをフォークで刺す。
「まあ、魔法使いが何になろうが我の知ったことではない。魔法使いは一人で世界と対峙する超越者だ。なろうと思えば何にでもなれる。当然、得た力は律する必要があるがね」
弓鶴はちょっと関心した。ブリジットが最後だけ至極まともなことを言ったのだ。これは天変地異の前触れかと怖くなった。
「ブリジットさんがまともに先輩をしていますね」
そんな時にいつでも空気をぶち壊しにするのがオットーだ。いつの間にか復活していた彼は、席に戻ってパフェをぱくつきながらニタニタと笑っていた。ブリジットの眉間に皺が生まれる。
「オットー。キミもちょっと最近調子乗ってるんじゃないかい? 我、先輩だよ?」
まさか、とオットーが大仰に肩をすくめる。
「尊敬していますよ。少年になってまで女性にナンパされたがっている浅ましいところとか、普段やる気がないのに仕事になったら真面目になって、そのギャップを生かして新人魔法使いたちを虜にしようとか呟いていたところとか、そりゃもう憧れていますとも!」
言えば言うほどブリジットの底が浅かった。とてつもなく底の浅い男だ。せっかく感心したのにすぐに失望できるところが彼の残念なところだ。そもそも一人称が「我」なところで頭がおかしい。
そして、オットーの空気の読めなさ具合もひどい。どうしたらここまで空気を壊せるのか頭を切開して脳を覗きたいくらいである。
結局アイシア班でまともなのはアイシアと弓鶴だけなのだ。クラリッサの言う通り、本当に腕をちょんぎってやろうかと彼は物騒なことを考える。
ブリジットが頬をひくつかせながら咳払いをする。どうやら代理班長として真面目な表情を取り繕っているらしい。
「とにかくだ、我の指示にはちゃんと従うこと。でないと我らが死ぬだけならまだしも魔法使い候補者が連れ去られかねない」
「さすがにそれは最悪なパターンですね。過去に何回かありましたが」
オットーが嫌なことを言う。
「そのときはどうなったんだ?」
弓鶴の疑問にパフェを食べ終えたオットーが答える。
「結局見つからずじまいですよ。どこかに売られたのでしょうね。そうなった魔法使いは一生飼い殺しですよ。使えなくなったらポイ。まさしく使い捨てです」
ぞっとした。弓鶴も四年前にそうなりかけたのだ。
改めて警護課の仕事の重要性を認識する。ミスで自分が死ぬのならまだいい。しかし、それだけでは済まないのだ。守るべき魔法使い候補者の未来を閉ざし、生き地獄へ突き落すことになる。
魔法使い候補者といっても、ASUで然るべき訓練を行わなければ成長しない。候補者という中途半端な状態で連れ去られれば、必要な技術だけ無理やり覚えさせられてあとは与えられた仕事をこなすだけ。魔法で逃げ出すこともできない。低階梯の魔導師は拳銃程度の攻撃はすら防御することができないのだ。
二十一世紀になろうと魔法使いが絡むと人身売買や奴隷など裏では多く行われているのだ。
「円珠庵は守るぞ」
決意を新たに弓鶴は拳を握った。この手に彼女の未来が掛かっているのだ。その様を見たブリジット口端を吊り上げて笑う。
「弓鶴はすぐにやる気になるなあ。やっぱりASU警護課が合ってるのかもな。民間だったら腐ってたかもしれない」
「ずっと図面と睨めっことか正気の沙汰じゃない」
元々弓鶴は身体を動かす方が得意なのだ。ちみちみとした作業は性に合わない。だからこそ、まともな人格者がアイシア班に増えたというのに、班の事務処理はすべてアイシアがやっている。結局のところ彼も違った意味で使えない魔法使いだ。
「さて、交代まではしばらく暇だ」
ブリジットが時計に目をやったかと思うと、嬉々とした表情で弓鶴に迫った。嫌な予感しかしなかった。
「弓鶴、ナンパされに渋谷に行こう!」
「私もナンパされに行きたいです! 是非連れてってください!」
オットーまで加わる始末だ。やはり魔法使いはアホである。
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