【第108話:予想外】

 暫しの休憩を挟んだ後、オレ達三人は、来た道を戻り始めた。

 しかし、歩き始めてすぐに、また蟻の魔物に襲われることになる。


「トリスっち! 後ろからも来たみたいやから、前は任せたで!」


「わかった! こっちはオレ一人で何とかなるから、ユイナと二人であたってくれ!」


 普通なら蟻の魔物は、剣が通りにくいので非常に厄介な相手なのだが、オレの魔剣相棒なら、たやすく斬り裂く事が出来るお陰で、そこまで苦労せずに倒せていた。


 それに、オレだけではない。

 メイシーの魔球ドンナーも、蟻の装甲をものともせずに破壊するし、ユイナも光魔法を使えばたやすく葬り去る事ができる。


 そう。オレたちにとって、普通に戦う分には蟻の魔物はそこまで脅威では無かった。


 だけどその考えは、予想外の奇襲であらためる事になった。


「嘘!? 今、後ろの蟻さん、ダンジョンの地面から這い出して来たよ!?」


 たまにユイナは何にでも「さん」をつけるな。

 いや、今はそんな事はどうでも良い。


 何をやっても傷一つ付けられないはずのダンジョンの地面を、こいつらは掘り進んできたということか!?


「凄い魔物もおるもんやな! ほいさー!」


 会話しながらも三人とも次々と蟻の魔物を倒しているが、空いた穴からまた新たな魔物が這い出して来るせいで、中々終わりが見えない。


「ん? もしかして……」


「トリスくん、どうしたの?」


「ユイナ! すまないが、何匹かに鑑定眼を使ってみてくれないか?」


「え? え? どれでも良いの?」


「あぁ! どれでもいいから、何匹か鑑定してみてくれ! 出来るだけ多く!」


「わ、わかったよ! ちょっと待ってて!」


 オレは、目の前の相手を袈裟に斬り裂きながら、ユイナの答えを待った。


「え? え? え? えぇぇぇぇ!? どういう事!?」


 しかし、返ってきたのは、素っ頓狂なユイナの叫び声だった。


「なんや、ユイナっち? 変な声あげて?」


 やはり変異種が交じっていたのだろうか。

 そう思いつつも、戦いながらユイナの言葉の続きを待った。


「とと、トリスくん、メイシーさん、この蟻さんたち……この蟻さんたちね……」


「なんや? もったいぶって?」


「みんな変異種みたい……」


「なっ!? 馬鹿な!? 変異種が紛れているとかではなくて、これ全部変異種なのか!?」


 蟻の魔物は、見るのも戦うのもこの迷宮が初めてだが、初めて戦った日、ユイナは鑑定眼を使っていたはずだ。

 宿に帰った時に、たしかそんな会話をしていたのを覚えている。


 初日に戦った奴らが通常種なのなら、こいつらは変異種だというのに、外見的な変化が全くないということか?


 この世界の常識では、ありえない話だ。

 変異種の見た目が通常種と全く変わらないなど、聞いた事がないし、それは冒険者たちにとって、とても恐ろしいことだ。


 だってそうだろう?

 普段から戦い慣れている魔物だと思ったら、実は特殊な能力を備えた変異種だったなんて、下手をすると命を落としかねない。


「う、うん! さっき戦っていたのまでは、どうだったのかもうわからないけど、少なくとも後から出てきたのは、全部変異種だよ……」


「はぁ~、それはまさかやなぁ。さすがにうちも予想外や」


「しかし、こいつら全部が変異種だなんて、やっぱり何かありそうだな」


 どう考えても、普通の事態じゃない。

 ここからは力の出し惜しみは無しでいこう!


「ユイナ! メイシー! ここからは仮面を付けて、出し惜しみは無しでいこう!」


 と意気込んで言ってみたのだが……。


「出し惜しみも何も、うちらは別に仮面を付けんでも、いつでも本気出せるからなぁ?」


「そうだよね~。ボクもいざって時は、身バレする可能性があるだけで、トリスくんと違って仮面付けなくても光魔法は普通に使えるしね~」


 確かにユイナはさっきからピンポイントで光魔法をちょくちょく使っている。

 ダンジョンだし、人目に触れにくいしな。


 そして、そう言われると、確かにその通りなので何も言い返せない。

 でも、一人だけ仮面を付けるのは、実はちょっとまだ抵抗が……。


「そ、そうだな。ま、まぁ、ほら。でも、あれだ。仮面を付けておけば、何かではぐれて離れ離れになってしまってもすぐに話が出来るし、それにこういう会話も大きな声を出さなくて済むだろ?」


「ふふふふ。冗談だよ~。トリスくん、そんな必死にならなくても一緒に仮面つけるから。でも、ボクが苦労して作ってる仮面を嫌がるのはどうかと思うな~?」


「い、いや。別に嫌なわけではないんだが……その、すまない」


 ユイナとメイシーが頑張って作ってくれた仮面なのだから、確かにオレが嫌がるのは失礼だよなと、ちょっと反省する。


 その後、せっかく皆で仮面を取り出し、揃って装着したのだが、結局蟻の魔物はすぐに打ち止めとなったのだった。


 ◆


「ボク、疲れちゃった~」


「ふぅ~、ほんまお疲れさまやな」


 戦いに危ない場面は無かったとはいえ、かなりの長期戦だったので、二人とも顔にちょっと疲れが見える。


「ん? あぁ、中々の数だったな」


 ただ、能力を解放して全能感に包まれているオレは全く疲れていないので、とりあえずそう返した。


「だよねぇ~。これ見てよ。凄い数の魔晶石だよ」


 ユイナのアイテムボックスには、一〇〇種類までという上限があるので、魔晶石をアイテムボックスに入れて貰う時には、一旦大きな麻で出来た袋に入れてからアイテムボックスに収納して貰っている。

 その大きな袋が、もうパンパンに膨れ上がっていた。


 ここに来るまでの全て魔晶石が入っているとはいえ、半日ちょっとでこの量は中々のものだ。


「まぁでも、こいつらの変異種としての能力は、戦闘に有利に働くものや無さそうで助かったなぁ」


「確かにそうだな。初日に戦った蟻の魔物と、違いが全くわからなかった」


 そんな会話をしている時だった。


「……ん? なんや!? 穴から凄い風が吹きあがって来たで!?」


「ユイナ! 魔晶石は後で良いから戦闘準備だ!」


「へっ? わわ、わかったよ!」


 仮面は付けたままだし、ユイナのかけてくれている全属性耐性の魔法も切れておらず、今のオレの体は力と魔力に満ち溢れている。


 何が来ても、迎え撃つ!


 心の中で気合いを入れ直し、オレは魔剣を引き抜き、穴に向けて構えたのだった。

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