【第87話:サイレントパレス】

 王都へ着いた翌日。


 残念ながら、朝の鍛錬を行う場所を見つけられず、今日は少し遅い朝を迎えた。


「すみません。ここって小さな宿なので、そういう練習する場所がなくて……」


「いえ。気にしないで下さい。二人からは、たまには体を休めろと怒られていた所なので」


 宿の女主人セシルーナとそんな他愛もない話をしていると、ユイナとメイシーも起きてきた。


 その日の朝食は、偶然にもライアーノ領辺りで出される食事だという事だったが、正直に言うと、少し味付けが独特で故郷の味とは違っていた。

 ただ、味の違いはともかく、料理自体はとても美味しく、オレとメイシーはパンと野菜スープをそれぞれ一回ずつおかわりしてしまうほどだった。


 その後、朝食を終えてゆっくりと寛いでから宿を出た。

 今日は、皆で王城へと向かうので、あまり早くに出ても非礼にあたるからだ。


 エインハイト王国王城『サイレントパレス』。

 民衆からは『静かなる美しき城』とも呼ばれるこの城は、エインハイト王国の長い歴史の中でも、一度も戦火にまみれた事が無く、平和の象徴とされていた。

 その荘厳な美しさは、初めて見るものを魅了してやまない、そんな白亜の城だ。


 事実、城に近づくにつれ、ユイナなどは見るからにうっとりとその美しさに魅了されているようだ。


 だが、門の前まで来たところで、軽い問題が起こってしまった。


 今までは父や母と一緒だったので、すんなりと通る事が出来たのだが、門を守る衛兵がスノア殿下へと取り次いでくれないのだ。


「なんだお前たちは? 冒険者風情が第二王女様に謁見など出来るわけがないだろう?」


 全く持ってその通りだ。

 だと言うのに、何も考えずにそのまま取り次ぎを頼んでしまった……。


「弱ったな……本当にスノア様に呼ばれて来たんだけど、何とか確認だけでもして貰えないでしょうか?」


「トリスっちは、スノア様と旧知の仲なんやで。自分らあとで怒られるで?」


「何を言っている。お前たちのような者をいちいち確認している方が、俺達の首が飛ぶ。帰れ帰れ!」


 門を守る衛兵が、一介の冒険者が第二王女に取り次いでくれというのを真に受けて疑問も抱かずに取り次いでいれば、確かに罰を受けてもおかしくはないのだろう。


 だが、だからと言って、このまま帰るわけにもいかず、悩んでいると……。


「まったく……これだから冒険者は……」


 不機嫌そうな聞きなれた声が聞こえて来た。


「り、リズさん!」


 オレよりも先に気付いたユイナが声をあげて手を振ると、リズはオレには見せない笑みを見せて、こちらに歩いて来てくれた。

 まぁオレのせいでユイナまで雑に扱われなくて良かったと考えておこう……。

 リズはユイナを妹みたいに扱っていたようだからな。


「あなただけなら見なかった事にする所ですが、ユイナをこのままにするのも忍びないですからね」


 そのオレたちのやり取りを見た衛兵が、


「え? え? 本当に第二王女様と面識があるのか?」


 と、慌て始めた。


「だから、さっきからそう言ってるやん! おっさん頭固いねん!」


 ずっと馬鹿にされているのを我慢していたのだろう。

 ここぞとばかりにメイシーが反撃するが、まぁ衛兵たちの立場を考えると攻めすぎるのも可哀そうだ。


「まぁまぁ、メイシーもそれぐらいで」


 そう言って、その場を収めた。


「とりあえず、彼ら三人が姫様の呼び出しに応じて登城したのは嘘ではありません。連れていっても良いですか?」


 ある程度、場が収まったのを見て、今度はリズが衛兵に向かってそう尋ねると、慌てて手続きをしてくれ、オレたちはようやく城の中に入る事ができたのだった。


「リズさん、ありがとうございます!」


「いいえ。私は姫様に言われて迎えに来ただけですから。たぶん、普通に入ろうとして止められる事になるでしょうからと」


「あうっ……スノア様はこうなる事を予想されてたんですね……」


 リズとユイナの会話をぼんやり聞きながら、その後ろを着いて行く。

 隅々まで磨き上げられた廊下を歩いていると、昔、スノア殿下と遊んだ日々の事を少し思い出してしまい、何だか無性に懐かしくなり、少し感傷的な気分になってしまった。


「ん? トリスっち?」


 そんなオレの様子に何かを感じ取ったのだろう。

 メイシーがそう言って話しかけてきたが、オレは「なんでもないよ」と言って首をふって返す。


 そうこうしていると、オレも何度か訪れたことのある、スノア殿下がよく利用していた私室の扉の前に着いていた。


「姫様。トリスたちを連れて参りました」


 リズが扉越しにそう告げると、すぐに中から返事が返ってきた。


「ありがと~! リズ、すぐに入って貰って!」


 しかし、その声はスノア殿下のものではない……。

 オレは何だか嫌な予感を感じていると、リズが開けるよりも早く中から扉が開けられ、ある人物が飛び出してきた。


「わぁ! トリスちゃん! 大きくなったわねぇ~!」


 その人物は、輝く金髪を靡かせ、リズを押しのけると、そう言ってオレの体をぺたぺたと触り始めた。


「ま、マリアーナ様!? ちょ、ちょっと待ってください!? ストップです!」


 スノア殿下とよく似たその人物の名は『マリアーナ・フォン・エインハイト』。

 このエインハイト王国の第一王女だ。


 白を基調にした薄いピンクのアクセントの入ったドレスは、美しい刺繍が施され、スノア殿下を上回るスタイルも相まって、少し目のやり場に困る。

 そんなマリアーナ殿下は、黙っていれば誰もがその美貌に見惚れる美しいお方なのだが、昔からお喋りが大好きな上に、気に入った者に対しては『触り魔』と化すので、オレにとってはかなりの危険人物だ……。


「あぁ~!」


「ど、どうされたのですか?」


「トリスちゃんに身長追い越されちゃった! わぁ~! ほんとに男の子は成長が早いなぁ~♪」


 駄目だ……マリアーナ殿下のペースから抜け出せない……そう思っていると、そこでようやくスノア殿下救世主が現れた。


「お姉さま……いい加減トリスから離れて下さい」


 スノア殿下は、マリアーナ殿下のドレスの襟首を掴むと、そのままずるずると引っ張って引き剥がしてくれた。

 マリアーナ殿下にこんな事ができるのは、同じ王族だけだろう……。


 ようやくマリアーナ殿下から解放された事に、視線でスノア殿下に礼を伝えると、スノア殿下も少し伏し目がちに溜息を吐きながら、小さく首を振って返してくれた。


「あれあれ~? スノアちゃんとトリスちゃんたら、お互いに視線で何か会話してる~!」


 この後、呆気にとられるユイナとメイシーと共に部屋に入ったのだが、案の定、ユイナとメイシーの事を気に行ったマリアーナ殿下の暴走に、暫くの間、翻弄される事になるのだった……。


 ~


 スノア殿下の私室に入ってから約四半刻。

 ようやくマリアーナ殿下の暴走が収束し、席に着いて話をする準備が整った。


 まぁ、約二名、ユイナとメイシーが若干ぐったりして疲れているように見えるが、この程度で済んで良かったと思っているとは口が裂けても言えない……。


「お姉さま……久しぶりにトリスに会ったり、可愛い女の子を見つけて嬉しいのはわかりますが、少しは自重してください……」


「はーい。また、スノアちゃんに怒られちゃった」


 まったく反省もしていなければ、懲りてもいないマリアーナ殿下の姿を見て、ユイナがぼそりと何かを呟いた。


「こ、こっちの人でも『てへぺろ』とかするんだ……」


 何と言ったかまでは聞こえなかったが、まぁ、今はそっとしておこう……。


「さぁ♪ これ以上、ふざけていると時間も勿体ないですし、そろそろ真面目な話をしましょうか~?」


 本当に失礼なことなのだが、あえて言わせて欲しい。

 きっと皆が心の中で、マリアーナ殿下に「あなたがそれを言うのですね……」と呟いたことだろう。

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