【第82話:正解の言葉】
宙を翔るオレの視線の下で、巨大な靄が現れ、消えていく。
「ようやく、終わった……」
何とか可視化した魔力で宙を踏みしめ、ゆっくりと舞い下りる事は出来たものの、そのまま立っていられなくなり、オレの身体はゆっくりと傾いていった。
そこへ、比較的近くにいたメイシーが駆け寄り、抱きかかえて支えてくれた。
「トリスっち! だいじょぶなんか!?」
しかし支えられているというのに、一人で立つことが出来ないほど、体は限界を超えて悲鳴の声をあげ始めていた。
まだブーストは効いているはずなのに、体の自由が利かない。
「ははは。すまない。ちょっともう限界みたいだ……」
今日はいろいろあり過ぎた。
長時間にわたり
そして、今までにないほどの深いレベルでの魔剣との魔力同調を経て、魔剣の記憶を覗き見、いくつかの技と呼べるようなものを授かった。
その技もやり方が分かったからと言って、すぐ出来るようなものでもなく、鍛え抜かれた体と魔力があって初めて実現できるようなものだった。
『……スくん!? トリスくん! 大丈夫なの!?』
一瞬だが、意識が飛んでしまっていたようだ。
ユイナの声に意識を呼び戻されて、慌てて返事を返す。
「ゆ、ユイナ、か……体が限界まで疲れ切ってるだけだと思う。たぶん、大丈夫だ」
『たぶんって……今、そっち向かってるから!』
ユイナとそんな会話をしていると、
「トリスっち。王女様が来られたで。ちゃんと自分で立ちぃ」
そう言われて、初めてメイシーに思いっきり支えられていた事を思い出した。
もう、頭も回っていないようだ……。
「あぁ、悪い……なんか、もう色々ダメだな。はははは……」
メイシーに言われて視線を向けると、スノア殿下と目が合った。
「トリス! 大丈夫なのですね!?」
こちらに駆け寄りながら尋ねてくるスノア殿下に、オレも問題ない旨をこたえる。
「はい。スノア様。限界まで体を酷使したことによる反動かと思うので、暫く休めば大丈夫だと……」
と、答えたのだが、オレの側まで来ると肩をがっしと掴み、最高位の回復魔法をかけてくれた。
相変わらず、凄まじい回復魔法だ。
身体を酷使した反動が大きく、何か怪我を負っているわけではないので、完全に回復するまでは至らなかったが、それでも一人で普通に動ける程度には回復していた。
「!? 体中、ぼろぼろではないですか……」
スノア殿下ほどの回復魔法の使い手になると、治癒を施すさいに体の状態もわかるらしいので、思わずそんな言葉がこぼれたのだろう。
少し睨むようなジト目で見られつつ、心配されるという複雑な状況に陥っていた……。
「ほんとにトリスは……やはりこれは行動を早めないとダメそうですね……」
「すみません……ん? 行動を早めるとは?」
心配して貰っている上に、回復魔法をじっくりとかけて貰っている状況なので、素直に謝ってみたものの、少しスノア殿下の言葉がひっかかった。
そして何故か、とても嫌な予感がしている……。
しかしその答えを聞く前に、オレは背中に衝撃を受けて地面に倒れ込んでしまった。
「がふっ!? ……い、痛い……」
ようやく追いついてきたユイナが、背中から飛びついてきたのだ。
直前で気付いたものの、さすがに避けるわけにもいかず、まともにくらってしまった……。
「トリスくん!! 無事で……無事で良かったよぉ……」
オレの背中の上で泣き出すユイナに、オレはどうすれば良いのかわからず、動く事が出来なかった。
「ユイナ……心配かけて悪かったな。それに、無理をさせてすまない……」
「ホントにもうダメかと思ったんだよ……ボクの魔力がいくら多いって言っても、さすがにもうあと少しで尽きるところだったし、そうなったらトリスくんも、ボクも、そして街を守ろうとしているみんなも、それに、街の人たちも……」
そこからは言葉にならず聞き取れなかったが、ぐずぐずと鼻を啜りながら、黙り込んみ、更に涙をこぼしていた。
「そうだな。今回はどこか一つでも何か違う方向に転べば、みんな終わっていたかもな。……あぁ、それでだな……そろそろちょっと起き上がりたいと思ってるんだが……」
小柄なユイナが上に乗っているぐらい全然平気なのだが、さすがに年頃の女の子に上に覆いかぶさられていると、ちょっといろいろ意識してしまう……。
「う、うわぁ!? ごごご、ごめんなさぃ!?」
頬に伝う涙を吹き飛ばす勢いで起き上がったユイナは、顔を真っ赤にさせて、
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
と言って、何度も頭を下げていた。
そこへ少し怒った様子のスノア殿下が近づき、
「もぉ~ユイナ、ズルいですわ……わたくしだって、物凄く頑張って駆け付けたんですよ?」
わたわたするユイナに、珍しく歳相応の表情を見せて拗ねるスノア殿下。
「え? あ、あの……スノア様?」
「それはね。ちょっと遅くなって、ギリギリにはなってしまいましたよ? でも、本当に本当に無理を言って……びっくりするぐらいリズにも怒られて……そうやって駆けつけたんですのよ?」
「あ、いや、ボクは!?」
「それなのにユイナったら……。あ♪ このどさくさに紛れて、私も上に飛び乗っちゃおうかしら?」
二人のやり取りに、起き上がるタイミングを逃していると、突然そんな事を言われる。
「うぁぁ~!? お、起きましたから!」
もちろん全身体能力を駆使して一瞬で立ち上がった……。
「あらぁ~、残念ですわ。もう少し横になってても良ろしかったのに。ふふふ」
……だ、駄目だ……。
完全にいいように揶揄われている……。
呆気にとられていたメイシーも、ようやくオレたちの関係を何となく理解したようで、後ろで苦笑いを浮かべていた。
「スノア様、ユイナ、それにメイシーも、3人がいなければ、オレは途中で力尽きていたと思います。皆を危険な目にあわせ……」
自分の力を過信して突っ走ってしまった自覚があったので、ちゃんと謝っておこうと思って話し始めたら、スノア殿下が途中で人差し指をオレの口にあてて、
「それは不要ですわ。それよりも……」
そう言って、後ろを振り返った。
そこには、歓喜に沸くソラルの街の衛兵や冒険者たちがいた。
いや、それだけではない。
この街で暮らす皆が手を取りあい、呼び合っているのだろう。
距離が離れているので、さすがに細かい事はわからないが、そんな様子がうかがい知れた。
本当に魔物の侵攻を止められて良かった……。
オレは死を覚悟して臨んだ戦いだったし、冒険者になった時から覚悟を決めていたつもりだ。
だから、ここで命が尽きても仕方ないと思っていた。
だが、街には普通の暮らしをしている大勢の人たちがいる。
その中には大事な妹のミミルも……。
その街の中にいた人たちは、覚悟など決めていただろうか?
いや、冒険者や衛兵はともかく、街で暮らす普通の人たちに、そんな覚悟が出来ていた者などいないはずだ。
それなのに、オレはちょっとばかり強くなったからと、一人で何とかしなければと、突っ走ってしまった。
もっと最初から、仲間を頼るべきだったのだ。
もし皆が支えてくれなければ、オレは途中で力尽き、そしてオレが力尽きれば、あの炎の魔族を止める事が出来ず、街は蹂躙されてしまっていただろう。
メイシーが常にオレをサポートするように戦ってくれ、ユイナが後ろから凄まじい魔法で魔物の数を減らして街を守り、最後にスノア殿下が駆け付けてくれたからこそ、何とか勝てたのだ。
「皆で力を合わせたからこそ、あの者たちを救う事が出来たのです。あなたが謝るような事は何一つありませんわ。それは仲間として当たり前の事ですもの。皆が自分の出来る事を精一杯頑張って、力を合わせた。だからこそ勝てた。それでいいのです」
「そう……ですね。スノア様、みんな、ありがとう……」
なんだか心がとっても暖かくなって、一言そう言うのがやっとだった。
「そう♪ だから、ここでは言う言葉は、その『ありがとう』が正解ですわ」
スノア殿下の言葉に皆も頷き、そして、みんなちょっと照れながらも視線を交わす。
「さぁ! きっと私たちが戻るのを待っていますわ。皆の元に戻りましょう!」
こうしてソラルの街での長い長い戦いは、ようやく幕を下ろしたのだった。
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