【第74話:団結】
「こ、こんなに……」
遠目に見ていた時よりも遥かに多い魔物の数に、思わずユイナが言葉を失う。
多すぎて数えきれないが、少なく見積もっても1000には収まらない数だろう。
「……それでも、何とか耐えるしかない。ユイナ、大丈夫か?」
暫くの間、目を見開き、言葉を発する事も出来なかったユイナだが、首をぶんぶんと振って頬をパチッと叩くと、瞳に光を灯してようやく口を開いた。
「うん! 大丈夫! 小型の魔物ならボクの魔法で簡単に倒せるはずだから! それに、ボクの魔法なら近づかせる前に……」
そこまで話すと早速魔法を放つつもりなのか、魔力を一気に高めていく。
ユイナの魔法なら、ユイナの得意な光属性の魔法なら、この距離でも恐らく届くはずだ。
「え? ちょ、ちょっと何してるんですか!? あまりの数に驚くのはわかりますが、まだ弓すら届かない距離ですよ!? 魔力の無駄遣いになりますからやめてください!」
だが、それを知らないここまで案内してくれた衛兵が、ユイナが魔法を使おうとしている事に気付いて慌てて止めに入る。
通常、魔法より弓の方が射程が長い。
第3位階の魔法ならその限りではないが、基本4属性の攻撃魔法だと、普通はどんなに射程の長い魔法でも、弓に勝つことは難しい。
だが光属性の魔法は、ユイナの得意な『閃光』などを筆頭に、その常識は当てはまらない。
「大丈夫だ。
「いや、でも……」
若いその衛兵は、まだ納得出来ていないようだったが、オレの言葉を受けてそれ以上は強く言えなくなり、とりあえず引いてくれた。
「すまないな」
一言、衛兵にそう告げてから、ユイナに向き直り、ただ何も言わず視線を合わす。
すると、ユイナも視線を一瞬オレに向けて無言で頷くと……背後に今まで見た中でも最大と言える数の光の矢を創り出した。
そのあまりの数に周りにいた者たちが騒ぎ始めるが、
「いっけぇぇ! 『閃光』!」
そう言って、光の矢を全弾一気に撃ち放った。
空に無数の光の線を描き、突き進んでいく光の矢。
「な、なんて数だ……」
「あれって、もう一人の仮面の冒険者か!?」
「いや、しかし、さすがにこの距離は届かねぇだろ?」
オレたちより早く、同じく街壁の上で待機していた者たちが口々に呟き始める。
そして、その者たちが見守る中、光の矢は弓の射程を軽く超え……先頭を行く魔物の群れに次々と突き刺さっていった。
「うぉぉぉ!! 届きやがった!?」
「しかも見ろよ!? あんな小さな魔法で、なんてぇ威力だ!?」
ユイナが言っていたように、魔物に対して光の矢は、その威力をまざまざと見せつけていた。
たった1発の光の矢が、魔物を靄へと変えていくその光景は、まさに冒険譚などで伝え聞く、勇者の光魔法そのものだった。
今回襲ってきている魔物の軍勢は、ウルフ系とボア系の魔物が多いようだが、いずれも光の矢に貫かれると、一撃で靄となって霧散していく。
「すげぇ……もしかして、オレたちまだ生き残れるんじゃねぇのか?」
誰かがポツリと呟いた言葉が、波紋のように広がり、今までのどこか思いつめていたような雰囲気を少し明るいものに変えてくれた。
「感覚は掴んだから、次々行きます! 『閃光』!」
いつも自信なさげで、少しオドオドとしている事の多いユイナだが、最近は少し自信がついてきたのか、その瞳には意思の強さがうかがえた。
そして……その横顔は惚れ惚れするほど凛々しく、ユイナが勇者だと聞いても、今なら疑う者はいないだろう。
無数の光の矢が空に光の線を次々と描き出すその光景と相まって、その姿はとても幻想的だった。
そんなユイナの姿や、凄まじい魔法の威力に周りが騒ぎ始めているが、それでもユイナは集中を切らさず、黙々と光の矢を放っていく。
それが唯一自分のできる事なんだとでも言うように。
もうすでにこの短時間で軽く100を超える魔物を葬っているはずだ。
だが……それでも、魔物の数がそれほど減ったようには見えない。
あまりにも魔物の数が多すぎると言うのもあるが、途中から大型の魔物がまるで盾にでもなるかのように先頭に立ち、最初の攻撃の時ほど一気に殲滅できなくなってきたからだ。
恐らくこのままいけば、数に押し切られ、あと四半刻もしないうちに魔物はこの街壁にまでたどり着いてしまうだろう。
しかし、ユイナもまた一人ではない。
「ユ……仮面のねぇゃん! こっちは心配せんでええからな! その為にうちらがここに控えてるんやから!」
気づけば門から打って出た数十名の冒険者が魔物を迎え撃つように四方に展開していた。
どうやら、ユイナのお陰で一度に門まで辿り着く魔物の数が減るだろう事を予想し、門から打って出ることにしたようだ。
「うちが第一級冒険者の実力を見せたるから、仮面のねぇやんは魔法を撃つことだけに集中しぃや!」
「……メイシーちゃん……」
そして、メイシーと一緒に魔物を待ち構える他の冒険者たちも口々にユイナに威勢の良い言葉を投げかけていく。
それにそこへ続けて、今度は街壁の上にいる者たちからも声がかかった。
「私たちがいる事も忘れないでよ? これでも第二位階の魔法を使う魔法使いなんですから」
その言葉は赤い牙の魔法使いシーラ。
更には、そのシーラの言葉を遮って、この場の責任者らしき衛兵が声をあげる。
「シーラさん、待ってください。その前に先に俺たちの出番ですよ? お前ら、そろそろ射程に入るぞ! 弓第一射、用意! ……放てぇぇ!!」
一斉に放たれる矢が、ユイナの光の矢を掻い潜った魔物を射殺し、その姿を靄へと変え、さらにそれを凌いだ魔物にも 次々と多種多様な魔法が炸裂していく。
それでも、わずかに生き残った大型の魔物や硬い表皮に覆われたような特殊な魔物が辿り着くが……メイシーの魔球がたやすく葬っていった。
「こ、これなら……」
思わずそう呟いたその時。
「な、なんだあれはっ!?」
魔物の軍勢の後方に、突然小山のように巨大な影が現れたかと思うと、何かをこちらに投げつけて来たのだった。
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