【第72話:それぞれの想い】

 ソラルの街は、空飛ぶ魔物を打ち倒した喜びから一転、今は怒声が飛び交い、ピリピリとしたムードが漂っていた。


「その資材は向こうだよ! そこの壁を補強するんだ!」


「ほとんどの住人の避難は完了したぞ! 領主様がお屋敷を解放してくださった!」


「ダメだ! もう肉眼で大型の魔物が見え始めたぞ! もっと他の門の守りをこっちに回せねぇのか! あの様子だと襲われるのこの門だろ!?」


 皆が慌ただしく動くのを横目に街に入っていくと、冒険者の一人がメイシーに背負われたオレを見つけて声をあげる。


「あぁぁ! 仮面の冒険者じゃねぇか!? どうしたんだ?」


 すると、その声を聞いた街の冒険者や衛兵に周りを取り囲まれてしまった。


「な、何があったんだ? あれほどの強さを見せていたあんたが……」


 冒険者の中には、オレを頼りにしていたのか、メイシーの背で身動きの取れないオレを見て、絶望的な表情を浮かべている者までいた。


「情けない姿を見せてすまない。だが、まだオレも戦う。皆で力を合わせて街を守るぞ!」


 痛みを誤魔化しつつ、そう叫ぶのだが、


「ははは。さすがにその身体で無茶言うなよ? さっきの空の魔物はほとんどあんたがやってくれたんだ。今度のは俺たちに任せて休んどけよ!」


 そう言って、逆に慰められてしまった。

 その男にしても、この状況を理解していないわけではないだろう。


「そうだぜ? この街の冒険者を舐めるなよ? だけど、さっきはありがとうよ」


「俺達の街だ! 俺たちで何とかしてみせるぜ!」


「気持ちだけで十分だよ! そこの可愛い姉ちゃんに大人しく看病されてな!」


 集まっていた皆が口々に礼を言っては、励ましの言葉をかけて去っていく。


 だけど……みんなわかっているはずだ。


 あれだけの魔物をこの街の冒険者と衛兵だけで抑えきれるわけが無いと……。


「トリスっち……。あんたユイナっち連れて逃げぇや……」


「え? メイシー? 何を言ってるんだ?」


 小声で話しかけてくるメイシーにそう尋ねると、真剣な目をちらりと向けて話を続ける。


「うちな。この街に昔住んでたことがあるねん。だから、うちは覚悟できてる。でも、トリスっちは違うやろ? トリスっちとユイナっちは、あのちっちゃい妹を連れてこの街から逃げぇや」


 しかし、オレの言葉は決まっていた。


「無理だな」


 即答するオレに一瞬呆気にとられ、


「な、何を意地はってんねん! こんなとこで命を落とす事ないやろ!」


 と言って、振り返るが……。


「俺も逃げる気はないが、そもそも妹のミミルにしても、ユイナにしても、ここで逃げだそうと言って、素直に従うような奴じゃない」


 特にユイナは責任を感じているだろうし、絶対に逃げないだろう。

 そして、ユイナが残るのなら、パーティーメンバーであるオレが逃げるはずがなかった。


 そして、突然大声をあげたメイシーに気付き、ユイナが歩みを寄せて来て、


「ごめんなさい。トリスくんの通信繋がったままだから、何となく話の内容わかっちゃった。メイシーちゃん。ボクは絶対に逃げないよ。矢代くんがどういうつもりなのかはもうホントにわからなくなっちゃったけど、ボクにもこの魔物の件は無関係じゃないから」


 と言って、力強い視線を向けてきた。


(ちょっと前のユイナからは、こんな勇敢な姿は想像も出来なかったな)


 オレは何だか嬉しくなって、思わず痛みも我慢して、ユイナの頭を撫でていた。


「ふひゃっ!? ちょちょ、ちょっと!? トリスくん! ふ、不意打ちでそう言う事しないのっ!」


 顔を真っ赤にして抗議するユイナを見て、こういう反応はあまり変わらないのかと、何かちょっとほっこりする。


「はぁ~人が真剣に忠告してるっちゅうのに……でも、やっぱ二人ともいい奴やな」


「メイシーが言うか?」


「そうだよ? メイシーちゃんの方がよっぽどお人好しだよ?」


 地を覆うような魔物の軍勢が迫る中、オレたち3人は見つめ合い心から笑い合った。


 ~


「それでは、これはお返しします」


 そう言って預かっていた魔剣を返してくれたのは、オレたち仮面の冒険者の担当をしてくれているドナックだ。

 ギルド職員も魔物の軍勢の襲撃に対応するため、半数ほどがこの門の辺りにやってきていたのだが、その中にドナックもいて、魔剣を返そうと持ってきてくれていたのだ。


「わざわざ、すまないな。助かる」


 魔剣を受け取り、その感触を噛みしめながら礼を言う。

 まだ魔剣を手放して半日も経っていないと言うのに、何だか凄く久しぶりに感じるのだからおかしなものだ。


「ドナックさん、ありがとうございました」


 ユイナも隣で頭を下げて礼を言う。

 ちなみにメイシーは後ろから覗き込むようにオレの魔剣を見つめ、興味津々といった様子だ。


「いえ。大したことではありませんから。それより、お身体は大丈夫なのですか? 正直言うと、ギルドとしてはお二人の力をお借りしたかったのですが……」


「情けない姿を見せてすまない。だが、出来るだけの事はするつもりだ」


 オレは魔剣の柄を強く握り締め、そのままおもむろに引き抜くと、その剣身に誓うようにそう告げる。


「な、何を言いますか。街を守るために戦ってくれたのでしょう? 情けないのは何も出来ない私たちのような力を持たないギルド職員の方ですよ。だから、せめてこれを……」


 そう言って差し出してきたのは、綺麗なガラスの小瓶。


「え? これは何ですか?」


「呪いの件はお聞きしていますので、ユイナさんしか使えないと思いますが、我がギルド秘蔵の魔力回復薬です」


 かなり高位の魔法薬なのだろう。

 小瓶の中の液体がうっすらと光を放っていた。


「え? でも……」


 躊躇するユイナに、


「ユイナっち、遠慮せんと貰っとき。今は使えるもんは何でも使うべきときや」


 メイシーがそう言って受け取らせる。


「ありがとうございます。絶対に魔物なんかに負けません!!」


「はは。それは、頼もしいですね。私も微力ながら後方支援に出ていますので、厳しくなった時、いざという時は頼ってください。あなた達だけでも、何とかしてみせますから」


 それは暗にもうダメだと思った時は、オレたちを逃がすつもりだと言っているのだが、ユイナは言葉を素直にそのまま受け取っていて、ドナックは少し苦笑いを浮かべていた。


「さぁ、もう時間もない。オレたちも行こうか」


 そう言った直後、大型種だと思われる魔物の咆哮が街の中まで響き渡った。

 誰もが死を覚悟する中、戦いの幕が開けようとしていた。

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