【第71話:反動】

 オレの前で呆然と立ち尽くし、ユイナは「どうして、そんな酷い事を」と震えながら呟いていた。


 サイゴウの時は納得は出来ないものの、どうしてあのような事になったかはある程度理解できた。

 サイゴウ個人の享楽的な性格の問題や、たまたま知られてしまった召喚者に関する秘密が原因となって、あの暴走を引き起こしたのだろうと想像もつく。


 だが、ヤシロは何か面白がっているような訳ではなく、しっかりとした目的や計画があった上での今回の行動に思える。

 ユイナ以上に召喚者に関する秘密を知っている事も腑に落ちない。

 もし、以前ユイナが話してくれた手記をヤシロが見たのだとしても、確実にヤシロはそれ以上の情報を掴んでいる。


 そもそも、暴走して魔族化したユウマを軽く上回る強さだったり、魔物を当たり前のように使役していたり、理解を超えた能力が多すぎる。


 しかし……それでも、オレが何とか出来たのではないか……。


 この自分の力にどこか過信していたのではないか?

 もし、自分が魔剣を手放さず、ユイナとずっと一緒に行動をしていれば、今回の件もまた違った結果になったのではないか?


(……痛みで苦しみ、身動き一つまともに取れないこのざまは何だ……)


 オレがそんな後ろ向きな考えに支配されそうになっていると、


「……え?」


 いつのまにかユイナに抱きしめられていた。


「トリスくん……自分を責めてるでしょ? ダメだよ。反省なら後でボクも一緒にするから、一人で全部背負い込んじゃ」


 そっと頭を撫でてくるユイナに、気恥ずかしいものを感じながらも、同時にずっとこうしていたい衝動に囚われる……。


「あ、ありがとう。ユイナ、もう大丈夫だ。まぁ、身体の方はちょっとまだ動きそうに無いが……」


 そう言って、痛みに耐えつつ身体を起こすと、はからずも鼻が触れそうな距離でユイナと目が合ってしまう。


「だだだ、大丈夫なら良し! とと、トリスくんは、す、すぐ自分一人で抱え込んじゃうから!」


 と、顔を耳まで真っ赤にして手をバタバタと振り回すユイナ。

 しかし、近づいた二人の距離を勢いよく離すものだから、オレは激痛に襲われるハメになる。


「いぃぃ!? い、痛い……」


「ご、ごめんなさい!!」


 しかし、こんな緩やかな時間をいつまでも続けているわけにはいかない。


「と、トリスくん……」


「あぁ、ヤシロめ……とんでもない数の魔物を……」


 田畑の広がる田園地帯の向こう。

 遥か先のに見えたのは砂煙。


 その正体はもちろん魔物の軍勢だろう。

 まだその距離はかなり遠く、正確な事は何もわからないが、先に襲ってきた空を飛ぶ魔物の数と比べても、倍では効かない数の魔物が、砂煙をあげながらこちらに向かっているのが見て取れた。


「ユイナ、すまないが先に走って、街のみんなにこの事を伝えて来てくれないか?」


「……え? それってトリスくんを置いて行けって事?」


「あぁ~勘違いするな。二度手間ですまないが、オレを背負えるような奴を連れて、ここへ戻って来てくれ」


「だ、ダメだよ!? もし矢代くんが戻ってきたらどうするつもり!?」


「大丈夫だ。あいつがその気ならさっきオレたち二人とも殺されていたはずだ。アイツにはアイツなりの何か考えか、気になることがあるんだろう」


「でも!!」


 そうした方が良い事は理解はしていても、中々頭を縦に振ってくれないユイナに、


「今は一刻も早く街のみんなに知らせて、少しでも生き残れる可能性を広げないと。頼む」


 オレの真剣な眼差しを受け、ユイナは泣きそうな顔になりつつも、頷いてくれた。


「わ、わかったよ! ボクだってトリスくんと一緒に走ったり特訓したりして体力もついたからね! 待ってて! すぐに戻ってくるから!」


 勢いよく立ち上がたユイナに「頼むぞ?」と言うと、今度は笑顔で


「うん! 頼まれました! じゃぁ、通話はずっとオンにしておくから、何かあったらすぐに連絡して来てよ?」


 そう言って、駆けだしたのだった。


「あぁ、わかった!」


「それじゃぁ、行ってくるね」


 途中何度か振り返っていたユイナの後ろ姿が見えなくなると、オレは起こしていた体を横にして、ゆっくりと息を吐きだした。


 もうさっきからずっと身体が限界だったのだ。


「くっ……」


 リミットブレイクにより限界を超えて能力を長時間行使した反動が、まるで身体を中から破壊していくようだった。


 身体を丸め、ただただ痛みが治まるのを待っていたのだが、やがてそれも耐えきれなくなったオレは、いつの間にか意識を手放してしまっていたのだった。


 ~


 身体を揺さぶる感覚と、揺さぶられた事による激痛で、オレは無理やり意識を覚醒させられた。


「トリスくん! し、しっかりして!」


「おい! 仮面のにいやん! 大丈夫か!?」


 痛みに耐えながら目を開くと、今にも泣き出しそうなユイナと、心配そうにオレの顔を覗き込むメイシーの顔が見えた。


「ぐっ……ちょ、ちょっと、揺らさないでくれ……全身、壊れそうな痛みなんだ……」


 何とか力を振り絞ってそう伝えると、


「あぁ!? ご、ごめんなさい!」


 と言って、急に手を放すものだから、今度は力が入らなくて地面にまた倒れてしまい、更なら激痛に襲われた。


「ちょ!? ユイナっち、落ち着きって!? 仮面のにいやん、いや、トリスっちかだったか、まぁとにかく余計痛がってるって!」


「何度通話で呼びかけても返事が無かったから……私気が動転しちゃって……メイシーちゃんに助けてって……」


 痛みに耐えながらも、ユイナがメイシーに素性を教えた事について、


「メイシー、聞いているかもしれないが、すまないが素性は口外しないで欲しい」


 と、頭を下げる。


「わかってるって! うち、こう見えてもめっちゃ口固いから大丈夫や! それより、もう魔物の群れがそこまで迫ってるねん! うちが背負って走るけど、その間痛いと思うけど、堪忍やで!」


 メイシーはかなり小柄だが、あの重量級の鎧を苦にせず、魔球を縦横無尽に扱う怪力の持ち主だ。

 オレを背負うぐらいはわけないとは思うが、それでも小さな女の子にしか見えないメイシーに背負われるのは、本音で言うとちょっと恥ずかしいものがあった。


「頼む。痛みは何とか耐えるから」


「良し! んじゃ、時間無いからさっそく行くで!」


 メイシーはオレの前に回り込むと、両手を手に取って軽々と立ち上がった。

 思いのほか柔らかい体にちょっとドギマギしてしまうが、それよりも問題があった。


 メイシーはしっかり立ち上がっているのだが、そのままだとオレの足は、地面にだらんと着いてしまっていたのだ。


「あぁ……皆まで言うな。わかってる。ユイナ、ちょっとトリスっちの足を前まで持ってきて~」


 本当ならオレが足をあげれば済む話なのだが、激痛で足をあげる事も出来なかったため、ユイナに手伝ってもらい、ようやくメイシーの背に収まった。


「と、トリスくん、痛そうだけど大丈夫?」


 さっきも試しに水属性の回復魔法をかけてくれたのだが、やはり効果は発揮してくれなかった。


「心配しなくていい。それより、急ごう。メイシー、頼む」


 こうしてオレは、メイシーの背で激痛に耐えながら、街に向かったのだった。

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