【第64話:オレたちの】
「待てっ!!」
ヤシロが空間の裂け目に滑り込んだ瞬間、叫んで駆け出したのだが、裂け目は一瞬で閉じてしまい、魔力と瘴気の残滓を残して消え去ってしまった。
「くっ!? いったい奴の目的はなんなんだ!?」
魔族化したユウマと共闘されなかったのは、結果的には助かったのかもしれない。
いくらこのリミットブレイク状態でも、魔族化したユウマの強さが未知数な上、それに並ぶだろう実力を持つヤシロの二人を同時に相手にするのは、かなり厳しいものがある。
だが、それでも奴だけは、ヤシロだけは逃がすべきでは無かった。
ヤシロは他の召喚者を殺す事で、自らを強化出来る事を知っていた。
それだけではない。
ユウマのこの状態を見るに、召喚者を魔族化させるための条件、もしくはその方法を知っている可能性がある。
その上で、仲間であったはずのユウマの胸を、何のためらいもなく貫く、その非情さも危険すぎる。
だから、絶対に
悔やんでも悔やみきれないが、だが、目の前に残ったもう一つの脅威を優先するしか今のオレには選択肢がなかった。
「ユイナ! 聞こえているか!?」
『ど、どうしたの? メイシーちゃんがミミルちゃんを背負ってくれたから、思ったよりは早く着ける思う! だから、それまで頑張って!』
傍から見れば、きっと幼女が幼女を背負って爆走しているように見えるだろうその姿を想像しそうになるが、今はそれどころでは無いと振り払って話を進める。
「すまないユイナ! ヤシロに未知の魔法のようなものを使われて、逃げられてしまった!」
ヤシロが空間に作り出した時、裂け目の向こう側が一瞬見えたのだが、何か禍々しい赤く染まった世界が広がっているように見えた。
転移魔法がどういったものかと言うのを、幼い時にスノア殿下に聞いた事があるが、あれはそのようなものでは無い。
転移魔法とはもっと根本的に異なるナニカだ。
リミットブレイクによって加速された思考を良いことに、さっきヤシロが使った未知の魔法の事を考えていると、人のもので無くなった咆哮が、オレの意識を引き戻した。
「あと……ユウマが完全に魔族化した!」
オレの視線を引き付けたユウマが、もう一度獣のような咆哮をあげる。
ヤシロに梃子摺っている間に、ほぼ完全に魔族化してしまったユウマだったモノが、オレをその視界に捉えると、こちらに向かて凄まじい殺気を放ってきた。
『そ、そんな……』
以前、自分ももしかすると魔族化するのではないかと怯えていたので、その声は少し震えていた。
「ユイナ! 君は大丈夫だ! ユイナのような真っすぐな子が、魔族化なんてするはずがないし、オレが絶対にそんな事にはさせない!」
『トリスくん……ありがと』
声音が少し前向きなものに変わった事に安堵するが、まずは目の前のユウマを何とかしなければならない。
その大きさはサイゴウの時と比べると幾分小柄だが、背には翼が生え、どこから取り出したのか、手には何らかの骨で出来た長杖のようなものを持っていた。
そして、サイゴウの最期の時の姿と同様に、体も顔も大きく歪み、人間だった面影はもうどこにも残っていなかった。
「少し同情するところもあるが、こうなったからには手加減する事は出来ない。行くぞ!」
翼がさらにその大きさを広げたのを見て、このまま飛ばれては厄介だと判断し、オレは一瞬でユウマだった魔族の前に躍り出ると、まずは翼を落としにかかった。
「はぁっ!」
オレの速度は、魔族化したユウマの反応速度を上回っている。
ユウマが慌てて後ろに飛びのいたが、左右にステップを踏んで追い詰めると、ユウマが苦し紛れに撃ちだした瘴気の塊を避け、そのまま右手に回り込んで翼を斬り落とそうと魔法剣を振り抜いた。
「なっ!?」
まるで硬い鋼の鎧にでも斬り込んだような手応えだ。
翼の薄い皮膜のようなもの狙って、下から上に斬り上げたオレの魔法剣は、皮膜の半分も斬り裂く事ができず、わずかな傷を与えるにとどまっていた。
(なんて硬さだ!? 魔法剣の限界まで魔力を込めた上で薄い部分を狙ったのに、それでも傷をつけるのがやっとなのか!)
オレは慌てて魔法剣を引き抜くと、骨の杖を振るってきたユウマの反撃を躱すが、魔法剣がわずかに刃こぼれしている事に気づき、手元に
(魔剣があればここまで苦戦しないのに……)
ただ、ユウマの攻撃はそこまで脅威とは思わなかった。
いや……思っていなかった。
だから、余裕をもって避けた骨の杖の一撃が、オレの頬に一筋の傷を作り出したことに気付いて、自分が焦っている事に気付いた。
どうやら、魔法か瘴気で創り出したと思われる黒い刃を、骨の杖に纏わせて振るっているようだ。
(こんな事ではダメだ。油断せずに、もっと冷静にならなければ!)
今のオレは回復力が爆発的に上がっているので、その傷は一瞬で塞がり、既に治っているのだが、ユウマを調子づかせてしまったようだ。
骨の杖を振るうユウマのスピードはそれほど脅威ではなかったが、纏わりついた刃のようなものが、鞭のように柔軟に変化するようで、中々剣の間合いに入り込めない。
しかも、そのしなる刃は次第に数を増し、その数は8つとなり、オレが攻撃に転じる隙を与えてくれなかった。
かと言って、距離を取れば飛んで逃げられる可能性があるため、常に相手の間合いで戦わなければならず、冷静にならなければと思う気持ちをよそに、オレは焦りを募らせていった。
「炎よ!」
莫大な魔力を込めた事で、その火の基礎魔法は巨大な火柱となってユウマを包み込む。
だが、魔族化したユウマは魔法への耐性が強いのか、元々着ていた破れた服や装備を燃やしただけで、変色した表皮には火傷のような跡は見られなかった。
サイゴウの時がそうだったように、ユウマにもある程度の知能が残っているのだろう。
自身が無傷な事がわかって、ニヤリと笑みを見せる。
(くっ!? そうそう負ける事はないと思うが、倒す決定打がこちらにもない!)
オレが悔しさを顔に滲ませ、唇を軽く噛みしめると、挑発するように余裕の態度をみせる。
だが、ユウマが余裕を見せた次の瞬間、声にならない絶叫をあげる事になった。
魔族の翼をいくつもの光が貫いたのだ。
「遅れてごめんやで!」
そして、巨大な鉄の塊が腹に食い込み、くの字になって吹き飛ぶユウマ。
その鎖の先には、ミミルをユイナに預けてこちらに駆けてくる、頼もしい
「ユイナ! メイシー!」
そして、起き上がろうとするユウマに殺到する光の矢の雨。
『なんでも一人でどうにかしようとしないで! ボクだっているんだよ? 仮面の冒険者は一人じゃないんだからね!』
遠くでミミルを守るように前面に立ち、こちらに向かって親指を立ててウインクするユイナの姿も見えた。
絶大な力を手に入れ、オレはどうやら気付かないうちに慢心していたようだ。
「そうだな……冒険者ってのは仲間と共にあるものだよな……。二人とも!! 力を貸してくれ!!」
そう叫ぶオレに、
「当たり前やん!」
『もちろんだよ!』
頼もしい答えが返ってきた。
オレは湧き上がる何か熱いものを感じ、もう一度魔法剣に魔力を込め直す。
(ユイナ風に言うなら、こうか……)
そしてユウマを視界に捉えると、こう言い放った。
「さぁ、ここからはオレたちのターンだ!!」
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