【第62話:次のステージ】

「点は避けれても、面は避けられないだろ! 死ね!」


 視界を埋め尽くす漆黒の槍。

 ブーストしている今のオレなら、迫るその黒き姿を捉える事はできる。


 だが、この無数の矢をこのまま全て避けきれるかと言われれば、それは難しいだろう。


「このままなら、な!」


 オレはブーストにより思考までもが加速され、引き延ばされた時の中、こちらも切り札を一つ切る事にする。


 ユイナとの特訓で、何度も何度もブーストのオンオフを繰り返したことによって、さらに上がった次のステージへ。


 ユイナが名付けたそのステージは……。


「リミットブレイク!」


 オレは足を止めて剣をはすに構えると、制御して押さえていた力を完全解放する。


 ブーストのオンとオフを繰り返す事によって、オレの能力が更に鍛えられ、向上した事で、ブースト時に制御せずに任せるままに力を解放してしまうと、ブーストを解除した後に、全身が強烈な痛みに襲われるようになった。


 それを防ぐため、ブーストによって漲る力と溢れる魔力を押さえ、制御する訓練を続けてきたのだ。


 実際実力のあるものなら、普段はその力を抑えている。

 しかし、オレの場合は普段魔剣の呪いで過度な抑制を受けていたため、今までは自らその力を抑えるような必要が無かった。

 一度きりの切り札的に使うのなら特に気にする必要も無いのかもしれないが、更に増した力をコントロールできないと、いざという時に思うように力が発揮できない事態もありうる。

 そこで、ユイナに手伝って貰い、ようやくこの力をコントロール出来るようになったのだが、このユウマとやりあうには全力で挑む必要があると判断した。


「はっ!」


 短く吐き出した息と共に、一瞬で間合いを詰めると、飽和状態まで魔力を流し込んだ魔法剣でユウマの長杖を斬り裂いた。


「へっ……? なっ!? ダイヤモンドより硬いって言われた神木だよっ!?」


 半分ほどの長さになった長杖を目を見開いて見つめ、何とか距離を取ろうと後ろに飛びのくが、今のオレを引き離すほどの素早さは持ち合わせていないようだ。


 ユウマの周りには魔力的ななんらかの防壁が幾重にも張り巡らされていたが、オレはそれを一枚づつ斬り裂いていく。


「ぼ、僕の魔力防壁がこんな簡単に!?」


 そして、ほんのわずかな間に、纏う最後の魔法防壁を斬り裂いた。


「うわぁぁ!? ま、待って!? こ、降参するっ! 降参するから!!」


 半分になった長杖を放り投げ、両手をあげて動きを止めるユウマ。

 一瞬、何か企んでいるのかと疑って注視してみるが、本気で怯えているようで、その幼く見える顔には大量の冷や汗を浮かべ、体が僅かに震えていた。


「ふぅ……抵抗しないのなら、命までは取るつもりは無い」


 オレは少しだけ脱力して警戒を緩めると、そう言ってゆっくりと首を振った。


「あ、あ、ありがとう。もちろん、もう抵抗しないから! 僕は矢代やしろさんの指示に従っただけなんだ!」


 だから僕はそんな命懸けで何かをするつもりはないんだと言う。

 身勝手な言葉に若干怒りを覚えるが、それよりもそのもう一人の存在が気がかりだ。


(ユウマが口にしたヤシロと言うのが黒幕、いや、リーダーか何かか?)


 そもそもこの行動の目的や狙い、聖王国の意思が介在するのかなど、わからない事が多い。

 とにかく、抵抗しないというのだから、これからこのユウマを捕まえて、ゆっくり聞きだせば良いだろう。


 しかしその前に、そのヤシロと言う奴と二人がかりで襲われると、対応しきれない可能性がある。


「そうか。それでそのヤシロとかいう奴は……」


 どこにいるのか? と尋ねようとした時だった。


『ととと、トリスくん!! なんか変な奴に見つかっちゃった!!』


 仮面に新たに仕込まれた通信機能を使い、ユイナが慌てた様子で話しかけてきた。


「どうした!? 変なって、ヤシロって奴の事か!?」


(ん? 変な奴って、ユイナは召喚者の事はみんな知っているんじゃないのか?)


 オレが内心疑問に思っていると、どうやら別の人物のようだった。


『えっ? なんでトリスくんが矢代くんのこと知ってるの? でも、違うよ!』


「今、ユウマとかいう奴と戦って、降伏させたところなんだが、そんな事より、じゃぁそいつは召喚者じゃないのか!?」


 オレが突然ひとりで大声をあげて話し始めた事に驚いていたユウマだったが、


「え? え? もしかして、それって電話なの!? 凄い!?」


 と、一人で騒ぎ出した。

 とりあえずうるさいので一睨みして、大人しくさせていると、ユイナから返事が返ってきた。


『す、凄いね。悠馬くんも結構強かったはずなのに……。でも、今こっちに向かって近づいて来てるのは召喚者じゃないよ。こんな小っちゃい全身鎧着た子なんていないし!?』


「……ん? 小っちゃい全身鎧……」


『てて、鉄球!? あのリビングアーマーみたいな鉄球取り出したよ!? 何か不気味にこっちに向かって手を振って来てるんだけど!?』


 なんだか凄く疲れた気がする……。


「あぁぁ……ユイナ。大丈夫だ。それは味方だ。二人を探すのに協力してくれているメイシーっていう第一級冒険者だ。ためしに名前を呼んでみてくれ」


 それから暫く待っていると、ユイナから誤解が解けたと連絡が入った。


 結局、ユイナがミミルを隠れている場所に残し、少し離れた所で仮面を付け、今まさに通話を始めようとしていた所に偶然メイシーが通りがかり、ユイナを発見したのが原因だったようだ。

 メイシーは、一応オレからもう一人の仮面の冒険者の話は聞いていたのだが、念のために警戒し、フル装備で近づいたらしい。


 ちなみに、ユイナは先に保護された事にして誤魔化したため、今は仮面の冒険者二号・・として、近くで隠れていたミミルを保護し、3人でこちらに向かう事になったそうだ。


「とりあえずメイシーも一緒なら大丈夫だと思うが、もう一人いるんだろ? くれぐれも油断せずに……」


 こちらに向かってくれ。

 そう言おうとした時だった。


「ごふっ!?」


 突然、近くで呻くような声が聞こえ、視線を向ける。


『そうだね。もう一人の矢代 魔裟斗やしろ まさとくんって、召喚者の中でもなんか不気味で、ボク苦手だったんだよね~。ん? トリスくん、聞いてる? トリスくん?』


 ユイナの声が聞こえてくるが、オレは目の前の光景に言葉を失っていた。


「もう少し役に立つと思ったんだがな」


 ユウマの背後に立つ痩せぎすの男。

 その男の腕がユウマの胸を貫き、持ち上げているその光景に、オレはすぐには理解が及ばず、身動きが取れなかった。

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