【第52話:嬉しい誤算】

 翌日、朝の日課の鍛錬を終えると、一足先に宿を後にした。

 行動を起こすなら少しでも早い方が良いと、今日は朝からユイナたちと別行動をとる事にしたのだ。


 既に魔剣はユイナに預けていて、今オレの腰には青の騎士団で採用されている魔法剣がさげられている。

 だが、ユイナがまだ持っているのをオレが知っているため、ブースト状態にはなっていない。

 昼までには隠しておく手はずとなっているので、もし今日討伐に向かう事になったとしても、間に合わないという事はないだろう。


 冒険者ギルドは宿から少し離れているので少し時間がかかったが、まだ朝の混む時間帯だったため、ギルドの中は多くの人で賑わっていた。


「ん~、いないな。しかし、ドナックさんを呼んで貰うためだけに並ぶのもなぁ……」


 二つの受付窓口は人で一杯で、ドナックさんを呼んでもらうためだけに並ぶのは時間の無駄のように思え、列を無視して他のギルド職員の執務机が見える場所に直接向かう事にした。


 しかし、これがちょっとした面倒ごとを呼び込んでしまう。


「おい! お前! 見慣れねぇ顔だが、用があるなら後ろに並べよ!」


 突然肩を掴まれたかと思うと、喧嘩腰に怒鳴られてしまった。

 振り返るとそこには、短髪のいかつい顔の大男が、こちらを見下ろすように睨みつけていた。


「あ、いや。受付ではなく他の職員に用があるだけなんだ」


 とりあえずそう言って弁解してみたものの、男は頭に血がのぼっているのか、オレの話を聞いてくれない。


「つべこべ言ってねぇで、後ろに並べってんだ!」


 少し腹立たしいが、これ以上騒ぎを起こすのも本位じゃないと、渋々後ろに並ぼうかと思ったその時、横から女性が割って入ってきた。


「ちょっと、ラッカス! 依頼失敗してヨミィが怪我してイライラしてるのはわかるけど、そんな若い子に八つ当たりしないの!」


 女は男の知り合いのようで、そう言ってラッカスと呼ばれた男の背中をパシリと叩いた。


「ちっ、ローラか。別にイライラしてるのは関係ねぇよ……。こいつが順番無視してだなぁ……」


「だからその子、受付じゃなくて用があるのは他の職員だって言ってるじゃない」


「そ、そうなのか?」


 ローラと呼ばれた女性に話しかけられたことで幾分落ち着いたのか、ラッカスがこちらを向いて尋ねてきたので、頷いておく。


「な、なら、さっさと行けよ。悪かったな」


 とりあえずこのまま行っても問題なさそうなので、ローラに軽く頭を下げてから、その場を後にしたのだった。


 ~


 その後、受付を通り過ぎてその奥に行くと、ドナックさんから声を掛けてくれ、また個室に案内された。

 どうもさっきのちょっとした騒ぎに気付いたようで、カウンターの奥から迎えに出て来てくれたのだ。


「それでトリスさん。来ていただいたという事は、依頼の件、どうするかお決めになられましたか? 出来れば良い返事だと嬉しいのですが」


 ドナックさんは席に着くと、挨拶もそこそこに、そう切り出した。

 朝の忙しい時間に割り込んで時間を取って貰っているので、オレも単刀直入に答えよう。


「はい。パーティーメンバーとも話して、お受けさせて頂く事にしました」


「おぉ! それはありがたい!」


 ドナックさんも相当困っていたようで、オレの返事を聞いて思わず腰を浮かせていた。


「あ、待ってください。ただ、申し訳ないですが、参加するのはオレ一人になります」


「え? あ、そうなのですね。それは少し残念ですが、それでも一級冒険者であり、英雄でもあるトリスさんに参加して頂けるのは非常に助かります」


 明らかに、少しがっかりしているようだが、その不安はオレの働きで安心させてあげれば良いだろう。


「はい。今は別の指名依頼中なので、仲間のユイナは参加できま……せん……が……」


 と、その時だった。


「うぐぅ!!」


 突然、全身に力が漲り、魔力が湧き上がって、全能感に支配される。

 ユイナと共に、かなり鍛錬を頑張っているつもりだが、このブーストがかかる瞬間だけは、まだ慣れなかった。


 それでも、その瞬間さえ乗り切れば、後はその力を遺憾なく発揮できる。


「いったい、な、なにが……」


 ドナックさんは息を飲み、驚きすぎて言葉が続かないようだ。


「すみません。これが『仮面の冒険者』としてのオレの力だと思ってください」


 ユイナ曰く、ブースト状態のオレからは圧倒的強者が発する覇気のようなものがあるそうだ。

 ドナックさんも、それにあてられてしまったのだろう。


「私は戦闘はからっきしですが、それでも今のトリスさんが凄いと言うのは何となくわかります。正直、報告書では見ていましたが、さすが英雄ですね。これほどとは思いませんでした」


 さっきオレが一人で参加すると伝えた時は、少し不安そうだったが、どうやら信頼して貰えたようだ。


「それで、討伐作戦はどうなっているのですか?」


「討伐部隊としては、まずソラルの街から衛兵が1小隊協力してくれることになっています。あと、うちの冒険者ギルドからは、中級冒険者と上級冒険者で構成された1パーティー6人と、先日討伐に失敗した『赤い牙』のうちの怪我をした者を除く4人が討伐に参加する予定で……」


「うちの冒険者ギルドからはという事は、噂で聞いたようにオイスラーの街にも声を掛けているとか?」


「良くご存知ですね。既に2級冒険者が率いるパーティー『鋼の礫』の3人が、こちらに向かってくれているはずです」


 2級冒険者と言えば、ネヴァンさんやロイスさんクラスの強さだ。それは心強い。


「それは頼もしいですね。その方たちはいつ頃この街に?」


「予定では今日の夕方には着く事になっていまして、可能なら明日早朝に作戦会議をして、そのまますぐに討伐に向かうつもりだと聞いています」


 今は中級冒険者パーティーに監視の依頼を出しているそうだが、既にコロニー化してしまっているようなので、少しでも早く叩きたい所だ。

 ちなみにその中級冒険者パーティーも、討伐作戦時にサポートについてくれるそうなので、戦力的にはもしオレが参加しなかったとしても、何とかなっただろう。


「今回トリスさんが加わってくれるのは、うちとしては凄く嬉しい誤算ですね」


 何とかなっただろうが、あまり戦力的な余裕が無かったのも事実で、オレの参加を心から喜んでくれているようだった。


「わかりました。では、その討伐にオレも参加させて頂きます」


 こうしてオレは、明日、グールの変異種をはじめとしたアンデッド系の魔物の討伐作戦に、参加する事が決まったのだった。

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