【第51話:ごにょごにょ】

 その日の夕方、セルビスさんの家でユイナたちと合流したオレは、ミミルとユイナのぐったりしている姿を見ながら、馬車に揺られていた。


「ミシェル、いったい何があったんだ……?」


 オレが尋ねると、ミシェルは苦笑いを浮かべながら答えてくれた。


「セルビス様の講義中に、ユイナ様が農業のお話で面白い発想の意見を出しまして……。そこから農地に移動すると、セルビス様の指導のもと、魔法の練習と称してずっと実験に付き合わされておりました」


 話をもう少し詳しく聞くと、たしかにユイナの発した理論を実証するために実験を繰り返していたようだが、かなり土魔法の練習……と言うか特訓にもなっているようなので、とりあえず心の中で「2人とも頑張れ」と応援しておく。


「トリスお兄ちゃん、ユイナお姉ちゃんに不用意な話をしないようにするにはどうすれば良いかな?」


「えぇ……ミミルちゃん……」


「ふふふ。冗談ですよ~」


 小さな妹に手玉に取られるユイナに、ほっこりしながらも、せっかく起きたので少し話をしておく。


「ユイナ。今日、冒険者ギルドで話を聞いてきたんだが……」


 現在どういった状況になっているのか、オレたちにどのような働きを期待しているのかなど、ミミルたちに聞かれても問題ない範囲で話して行く。


「うぅ……まさかリアルゾンビと戦う日が来るなんて……」


「リアルゥゾンビ? それって、上位種か何かか?」


「ち、違うよ! 本の中の話の事だから気にしないで! そ、それより、思ったよりまだ何もわかってないんだね」


 ユイナの元いた世界には魔物はいないと聞いていたのだが、アンデッド系の魔物はいたんだろうか? 少し気にはなったが、ここで聞くわけにもいかないので、話を進める事にする。


「そうなんだよな。今、複数パーティーで警戒にあたっているようなんだが、まだ追加の情報とかも入ってきていないみたいだ」


「でも、受けるつもりなんだよね?」


 そう尋ねてくるユイナに、


「そうだな。このまま放置しておくのは、出来れば避けたい」


 と、少し真剣に言葉を返す。


「えぇ~と、そろそろ宿に着きますので、一旦話はその辺で」


 窓から外の様子を見ていたミシェルの言葉を聞き、話は一旦ここまでにして、続きは食事の後で部屋で詰める事にした。


 ~


 宿に着くと、ちょうど食事の準備が出来た所だと言うので、すぐに食事をとることになった。

 昨日は直前だったので変更が出来なかったが、今日から夕食はミミルも一緒に食堂でとる事になっていたので、皆で一緒に食事をする。


 今日の夕食は、様々な種類の根菜を鶏肉と一緒に煮込んだスープや、野菜をふんだんに使った炒め物など、昨日より少し豪華で食べ応えのあるものだった。

 なんでもこの地方で採れる旬の野菜をふんだんに使っているらしく、隣の席で食事をしていた老夫婦が、自慢げに教えてくれた。


 その旬の食材を使った食事を堪能し終えると、ミミルが魔法の練習で疲れたのか、今日はそうそうに眠くなったと目をこすりだす。


「初日で疲れているだろ? ミミルは先に部屋に戻って今日はおやすみ」


 目をこすりながら頷くミミルと、そのミミルに付きそうミシェルが大部屋に戻り、まだもう少しお酒を飲むというジオ爺さんを食堂に残して、オレとユイナも、例の変異種の件で話し合うために部屋に戻る事にした。


 部屋に入ると、ユイナはアイテムボックスから冷えた果実水を二つ取り出し、この部屋唯一の小さなテーブルの上に置いて勧めてくれた。


「トリスくんも飲むでしょ? これ、聖王国で買った果実水なんだよ。果物の名前忘れちゃったけど」


 そう言って笑いながら、先に一口飲んで喉を潤す。

 オレもテーブルを挟んで向かい合う形で座ると、礼を言ってオレも一口味見をした。


「へぇ~、さっぱりしてるけど、凄い甘みだな」


 飲んだことのない初めての甘い味に、思わずもう一息に飲んでしまった。


「さて。じゃぁ、さっそく本題に入ろうか。それで……どうしようか?」


「受けるのは決定として、ミミルちゃんの護衛をどうするかだよね? あきらかにアシッドスパイダーより大変だよね? 身内だからついつい甘えちゃいそうになるけど、ボクはやっぱり責任持ってしっかり護衛するべきだと思う」


 元々受ける予定だったアシッドスパイダーのコロニーは、まだそこまで大きくなっていないようなので、一旦そちらを棚上げしてでも受けて欲しいという事だから、既に相当な規模のコロニーが形成されているだろう。


「確かにそうだな。元の討伐依頼よりは大変だろうが、だからと言って父さんから受けた指名依頼は、きっちりと期待に応えたい。だから護衛の体制は崩したくないな」


 そうなると、元々ミミルが魔法を習っている間は、交代で護衛する予定だったので、予定通り一人で変異種の件を対応する事になる。

 そして、ユイナがミミルと一緒に魔法を習う事になっている今の状況、当初より難易度があがった事を考えると、やはりオレが対応するべきだろう。


「やっぱりオレが一人で討伐に参加するべきだな。幸か不幸か場所は街からそれほど離れていないようだから、依頼に向かう直前に限界までタメてブーストして貰えば何とかなるんじゃないかな」


 どれぐらい持つかわからないが、オレの到着を待って戦闘開始して貰うようにすれば、上手くいけば最後までブーストを切らさずに戦えるかもしれない。


 そう思って提案してみたのだが……。


魔剣大好き・・・・・トリスくん・・・・・らしい発想と言えばそうなんだけど、それならボクが魔剣を預かって、どこかに隠しておく方が確実じゃない?」


 なんか変な抑揚をつけて名前を呼ばれるのは不本意だが、確かにユイナの言う通りだった。


「うっ、そうだな。最近、魔剣を持ってブーストして戦う練習ばかりしてたから、その方法をすっかり忘れていたよ……」


 今回の戦いで魔剣の力を借りて戦わなければならないような状況は想像しづらいし、ユイナの言う通り、魔剣を預けて隠して貰った方が時間を気にすることなく戦えるので、より安全だろう。


「じゃぁ、ボクが預かって隠しておくよ。でも、ブースト状態での顔だしはNGだからね!」


「わ、わかっている。ちゃんと『仮面の冒険者』として参加するから大丈夫だ。でも、そうなると代わりの剣を手に入れないと」


 魔剣が使えるのが一番良いのだが、明日にでも武器屋にいって、安い剣でも買ってこようかと考えていると、ユイナが「ちゅうも~く!」と言って立ち上がった。


「え? ……どうしたんだ?」


「ちょ、ちょっと……その変な奴を見るような視線はやめようよ!? 別におかしなことするわけじゃないから!」


「なにせユイナは、調子に乗ると変な事を口走る前科があるからな……」


「あぅぅ……強く言い返せない……。でも、今回はおかしなことじゃないから!」


 そして「じゃじゃーん!」と口で言って取り出したのは、一振りの綺麗な剣だった。

 アイテムボックスからユイナが取り出したその剣は、オレもよく知る剣だった。


「え? その剣って青の騎士団の騎士剣か?」


 そう。ロイスさんたちが使っている、青の騎士団で正式採用されている魔法剣だった。


「ユイナ……それって……」


「え? あぁぁ!? 違うからね! これ、スノア様から必ず必要な時が来るだろうから持っておきなさいって言われて、預かっていた剣だからね!」


「そ、そうか。疑って悪かった」


 ユイナはその気になれば、アイテムボックスの技能を使って、大抵のものはごにょごにょ出来てしまうらしいので、一瞬まさかと驚いた。


「ひどい! ボク、そんな事しないから!」


 頬を膨らませてぷんぷん怒るユイナだが、


「だって、聖王国から脱出する時に追手の兵士から……」


 ごにょごにょしたと聞いていたので、つい、一瞬そういう事が頭をよぎってしまった。


「そ、それは、いっぱい迷惑受けてる相手だし、逃走に資金や装備も必要だったし、そもそも相手の武器や装備奪えば時間も稼げると思ったからだよ! 仲間の装備を取ったりなんか絶対しないんだから!」


 たしかにユイナの言う通りだ。

 そう思い直し、本気でちゃんと謝って、ようやく許してくれた。


「でも、これがあれば魔剣を一時的に手放していても、戦闘力はそれほど落ちないでしょ?」


「あぁ、凄くありがたい。これで変異種の依頼をどうするかはだいたい決まったな」


「そうだね。全部任せる事になっちゃうけど、気を付けてね。その……召喚者が現れないとも限らないし……」


 そう言って俯くユイナの頭にそっと手を置くと、やさしく撫でてやる。


「大丈夫だ。ブースト状態なら、たとえ召喚者が現れて魔族化するような最悪の事態になっても、なんとかなる」


 いつも恥ずかしがってすぐ手を払いのけるユイナだが、今日は一言「うん」と頷くだけで、はにかみながら暫く素直に撫でられていたのだった。

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