【第36話:英雄と勇者】
『英雄制度』
この国、エインハイト王国に古くから存在する、誰もが知る有名な制度だ。
ただ、この「誰もが知る」と言うのは、さまざまな物語の中に登場するからという意味でだ。
迷宮を攻略した者とお姫様の恋を描いた恋物語や、竜の試練に打ち勝ち、その後、この国に訪れた最大規模のスタンピードを収束させた冒険者の話など、子供の頃、誰もが親から語られる類の。
制度そのものの実態は、あまり深くは知られていないだろう。
具体的にどういった制度かと言うと、王族のみが指名する事ができる制度で、国家存亡の危機を救うなどの大きな活躍をした者が、他国に引き抜かれたりしないようにするために、特権を与えて優遇してり、恨みを持つものなどから保護するための制度だ。
しかし、オレが物心ついてから今まで、一度もその制度が使われたことはないはずだ。
つまり、少なくともこの10年は誰も適用されたものはいないという事だった。
「しかし、どうして『英雄制度』などを持ち出してきたのですか……?」
自分で言うのもなんだが、客観的に見て確かにかなりの活躍をしたとは思う。
だが、だからと言って急になぜそのような制度をオレとユイナに適用しようとしたのかが、わからなかった。
「わかりませんか? この国とアラベリア聖王国との間には……というより、聖王国と他の近隣諸国との間には、勇者についての
「!? 『勇者協定』ですか……」
なんとなくスノア様の言いたい事、思惑がわかってきた気がした。
この『勇者協定』は、世界に危機が訪れた時、聖王国が勇者召喚の儀式魔法を執り行って異世界から勇者を召喚するかわりに、その勇者や聖王国に対して、様々な特権を認めるというものだった。
勇者とその供について、自由に国境を行き来出る権利や、準貴族としての待遇、さまざまな支援を行うことなど、多肢に渡る権利を認めるよう定められている。
そして、その中には国の機密を除く
「そうです。今回起こった勇者サイゴウの暴走は見過ごす事はできません。ですから、聖王国に対して強い抗議と賠償を求めなければいけないのですが、あちらが『勇者協定』に基づいて、今回の件の情報開示を求めてきた場合、仮面の冒険者の素性を話さなければいけなくなるでしょう」
さすがにこれだけの犠牲者がでたのだから、国として抗議しなければならないのは当然だった。
そして、そうなれば隔絶した強さを持つはずの勇者を、どうやって倒したのか?
そして誰が倒したのかも報告しなければいけなくなるだろう。
この討伐が騎士だけの参加であれば、虚偽の報告をするという手も使えたのかもしれないが、衛兵や冒険者全員の口を閉じる事は不可能だ。
「もし、そこで仮面の冒険者の正体がトリスだという事があちらに知られれば、おのずと冒険者として行動を共にしているユイナの事がバレるのは時間の問題です」
「!? ぼ、ボク……」
この国やこの世界の協定や制度についての話なので、黙って横で話を聞いていたユイナだが、突然の自分の名が出てきて不安そうにそう呟いた。
「ユイナ。大丈夫です。そのために先ほど一芝居うったのですから」
そう言って、安心させるように前に座っていたユイナの手を取った。
「大丈夫だユイナ。この国の『英雄制度』では、英雄となった者の身の安全を守るため、名前などのその者を特定できる情報を隠す権利が認められている。そして『勇者協定』にも、さすがに他国の法を破らせるほどの強制力はない」
話を終えて油断していると、スノア様はユイナの手を離し、
「よくできました♪」
そう言って、今度はオレの頭を撫でてきた。
「ぬぁっ!? 何を!?」
手を払いのけるわけにもいかず、引き攣った顔で抗議すると、
「あら? 昔は一緒に勉強していた時に、正解したらよくこうして頭を撫でてあげたではないですか?」
と言って、子供の頃の話を持ち出してくる。
「い、いつの話をしているんですか!? まだ10歳にもならない頃の話じゃないですか!?」
そう言うと、少し頬を膨らませて渋々手をどけてくれた。
「まぁ良いですわ。でも、これで素性を隠した理由はわかりましたね。本当はファイン殿ぐらいには話しても良いかとも思ったのですが、知れば巻き込んでしまう事になりますし、それに秘密は知る者が少ない方が良いでしょう?」
なんだかスノア様が少し楽しそうな気がするのだが……。
「えっと……つまりトリスくんとボクは、英雄って事になるの……?」
ユイナは『英雄』という言葉に気後れしているようだが、どちらかと言うと『勇者』の方が扱いは上なんだがな……。
「そうなりますね。だから、ユイナは勇者で英雄の仮面の冒険者って事になりますわ」
小さな両の手の平を、前でぱちんと叩いて、嬉しそうに話すスノア様。
「な、なんだかボク、属性多すぎない……?」
そう呟くユイナに「ユイナは可愛いから大丈夫」とよくわからない理由を述べる。
絶対に楽しんでいる気がするが、オレは少し気になった事を聞いてみる。
「あの……スノア様? 一つ質問してもよろしいですか?」
スノア様は、ユイナからオレに視線を移動させると、首を傾げて「かまいませんよ?」と不思議そうに許可してくれた。
「まさかとは思うのですが……以前お会いした時に、オレに英雄になるから大丈夫って話したのは……」
以前スノア様にお会いして「ずっとこのまま一緒にいる事はできませんよ」と伝えた時、スノア様はオレに自信満々にある言葉を告げたのだ。
「それって『トリスは必ず英雄になるので、これからも一緒にいれますわ』って言葉でしょうか」
「!?」
そうなのだ。
その時のオレは、冒険者を目指す変わり者。
ただの貴族の三男坊でしかなかったオレに、スノア様は確かに「必ず英雄になる」と言ったのだ。
「あらあら? わたくしとした事が、トリスに伝えていませんでしたか?」
「な、なにをでしょうか……?」
「わたくし少し珍しい技能……『女神の導き』という技能を持っていまして、わたくしの運命に強くかかわる者の行く末を、少しだけ見通すことが出来ますの」
そして「だからトリス。これからもよろしくね」と、そう言って満面の笑みで微笑んだのだった。
だがその笑みは、子供の頃、悪戯が成功した時によく見せていた笑顔、そのままだった事をつけ足しておく……。
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