【第37話:誓い】
その日の夕方。
街から応援の騎士と衛兵、それに何人かの冒険者が到着した。
その者たちに後の事を引き継ぎ、明日、朝日が昇ると共に、討伐隊は街に帰る事になった。
頼まれていた仕事を終えて、側に転がっていた石に腰かけて休んでいると、近寄ってくる人影に気付いて顔をあげる。
「よう。ずいぶん大変な戦いだったみてぇだな」
そう声を掛けてきたのは、ライアーノの街唯一の二級冒険者、ネヴァンさんだった。
オレは軽く挨拶を返してから、言葉を返す。
「そう、ですね。信じられないような事が次々と起こりました。ネヴァンさんこそ、どうしてここに?」
話を聞くと、今日の朝、護衛依頼を終えてライアーノの街に戻ってきたその足で、そのまま駆けつけたようだ。
「俺一人いた所で何か変わったとは思わねぇが、それでも生まれ育った街の仲間がいっぱい死んじまったと聞いたら、居ても立っても居られなくてよ……」
オレと違って冒険者歴も長く、顔の広いネヴァンさんの事だ。
きっと亡くなった者のほとんどが知り合いだろう。
そんなネヴァンさんの気持ちを思うと、何だかとてもやるせない気持ちになった。
「な~に餓鬼がいっちょ前に気にしてんだよ! お前は生き残ったんだ。胸を張れ! でないと亡くなった者たちが安心して旅立てないぞ!」
そのあと、少しネヴァンさんと話をし、逆に励まされてしまった事に礼を言ってから別れたのだった。
~
結局、その日は静かな時間を過ごし、何事もなくオレたちは朝を迎えた。
朝焼けに照らされた野営地はとても綺麗で、昨日、ここで壮絶な戦いが起こったんだとはとても思えなかった。
皆、まるで何事も無かったかのように、いつも通りに割り当てられた仕事をこなし、時には冗談を交えながら、何でもない会話に花を咲かす。
この世界で戦いに従事する者たちは、本当に強い。
それを強く実感させられ、オレ自身もっと強くならなければと決意を新たにさせられた朝だった。
「それでは、これよりライアーノの街に帰還する!」
ファイン兄さんは短い挨拶の後、一言そう号令をだすと、討伐隊は引き継ぎの者たちを残して予定通り出発する。
そして、途中で魔物と遭遇する事もなく、その日の夜、ライアーノの街に辿り着いたのだった。
~
あの壮絶な戦いから、10日が過ぎようとしていた。
多くの人々に深い傷跡を残した今回の戦いが、魔物のスタンピードによるものだったのは事実だが、その発端となったサイゴウの事など、その真相については伏せられて発表された。
ただ、騎士はともかく衛兵や冒険者たちの口を完全に塞ぐことは難しく、既に街の酒場などでは、魔族出現の話と、それを打ち倒した仮面の冒険者の話がまことしやかに囁かれていた。
そんな中、オレとユイナの二人は、久しぶりに冒険者ギルドに来ていた。
昨晩ユイナと話し合い、前に進むため、まずは何か依頼を受けようと決めたのだ。
ギルドの扉をくぐり、二人で依頼受付に向かっていると、
「あ! トリスさん、ユイナさん! ちょうど良かった! 昼までに来られなかったら宿に使いを出そうとしてたとこなんですよ~」
そう言って、リドリーさんが手を振りながら呼びかけてきた。
ユイナと視線を交わしてから二人で受付まで行くと、用事があるのはギルドマスターなんですと、3階にあるギルドマスターの部屋に案内される。
「失礼します。『
リドリーさんがそう言って扉をノックすると、中から「かまわない。入って貰ってくれ」と声が返ってきた。
部屋に入ると、大量の書類が積まれた机の向こうから声を掛けられる。
「よく来てくれたな。突っ立ってないで、まぁそこに座ってくれ」
この街のギルドマスターであるヨハンスさんに促されて、オレとユイナは執務机の前にあったソファーに腰かける。
内心、うちの家のソファーより質が良いなと、どうでも良いことを考えていると、適当に書類仕事に区切りをつけたヨハンスさんが、伸びをしてから対面のソファーにどっかと腰をおろした。
「待たせたな。ギルドに来たって事は、今日から
あの討伐遠征から帰ってきてからは、いろいろな事を検証したり、父さんやファイン兄さん、それにスノア様との話し合いなどがあったので、冒険者ギルドに来るのは帰ってきた日以来初めてだった。
「はい。まずは肩慣らしに何か簡単なものでも受けてみようかと」
「そうか。なら、悪いがそれはまた今度にしてくれ」
「はい……え? どういう事ですか??」
思わず返事をしてしまったが、いきなり今度にしてくれと言われても理解できない。
「実はな。第二王女様から冒険者ギルドに極秘裏に相談があってな……冒険者ギルドはお前たち『剣の隠者』の二人を、いや、『仮面の冒険者』の二人の活動を全面支援する事になった」
ヨハンスさんは、いったい何を言っているのだろう……。
そもそもなぜ冒険者ギルドが全面支援って話になるのかもわからなかった。
それにスノア様……秘密を知るのは少ない方が良いとか言ってませんでしたか?
隣を見れば、ユイナもぽかーんと口を開けて固まっている。
気持ちはわかるが、せっかくの美少女が台無しだから、口は閉じておこうな……。
とりあえず数秒で復帰したオレは、ユイナの顎を下から押して閉じてから、その理由をヨハンスさんに尋ねる事にした。
「いったい、どうしてそんな話になったんですか……?」
オレの問いに少し悩む素振りをみせたあと、ヨハンスさんはもったいぶるようにその理由を話し始めた。
~
突然、スノア様がこの冒険者ギルドに訪れたのは4日前の事だったそうだ。
オレとユイナは5日前に領主館でスノア様と話し合ったので、その次の日という事になる。
そして、今から話す事は、国家機密として扱うと決まった情報だからと告げ、守秘義務を負う事になると念を押してから話し始めたらしい。
「その内容はもう察しがついてるだろ?」
「オレたちが仮面の冒険者だってことですか……」
「あぁ。そして、その嬢ちゃんが異世界からの召喚者で、勇者候補であり……魔族、いや、魔神候補であるという事もな」
気付けばオレは、魔剣に手をかけていた。
「ちょっと落ち着け、何も取って食おうってわけじゃない。少し落ち着いて最後まで話をきけ」
「あ、いや、すみません……」
「若いうちはそれぐらいじゃねぇとな。それより話を続けるぞ」
オレは少し恥ずかしくなって、無言で頷きを返す。
「そこの嬢ちゃんはな。第二王女様いわく、この世界の未来を左右するような重要な存在なんだそうだ」
「ぼ、ボクがですか……?」
「そうらしいぞ? 俺にはわからねぇがな」
そう言って、厳つい顔に似合わない、人好きのする笑みを浮かべるヨハンスさん。
「守るだけなら、王都かどっかで匿ってしまえば良いんだろうが、厄介なことに『良い未来』とやらを引き寄せるには、トリス、お前と一緒に成長していかなければならないんだとよ」
これはこの国の星詠みの者からの助言だそうで、その信憑性は非常に高そうだ。
「そこでトリス。お前のその能力だ」
「オレの能力? ですか?」
「そうだ。お前、伝説の魔族を倒せるほどの能力を、その身に秘めてるらしいじゃねぇか」
あれから何度か街の外に出て、ユイナに協力して貰って、オレの力がどの程度なのかを確かめている。
そして、やはり普通じゃ考えられないほどの能力を秘めているのは確かだった。
「だが、お前も含め、二人とも圧倒的に経験が足りねぇ」
「そう、ですね。この数日、力を試してみましたが、まだうまく使いこなせていませんし、それにいざという時の状況判断など、覚えないといけない事だらけです」
まだ冒険者になったばかりなのだから、経験が不足しているのは当たり前だ。
「王女様が言うにはな。『共に経験を積み、成長する』ことで『良い未来への道が切り開かれる』そうでな。その為にはこの国の各地を巡り、様々な経験を積んで貰う必要があるそうだ」
それは、元々そうしようと思っていた事なので、問題ないのだが、なんだかヨハンスさんが少しニタニタしているのが、凄い気になる……。
「だが、そこの嬢ちゃんは聖王国や残りの召喚者どもに、命を狙われる可能性が高い。そこでだ。冒険者ギルドとしては、お前たちをこの国の『英雄』として
「なっ!? 仮面をつけて公に活動しろって言うんですか!?」
「ははは……ボク、もしかしてそんな事になるんじゃないかと、ちょっと思ってた……」
「そもそもだなぁ。普通に『剣の隠者』としての活動中に、その力は使えねぇんだろ? 二重で活動する事になるから、ちょっと面倒だろうが、頑張れよ。
こうしてオレとユイナは、新人冒険者パーティー『剣の隠者』として、そして『仮面の冒険者』として、新たな道を歩み始めることが決まったのだった。
決まってしまったのだった……。
~
ヨハンスさんとの話を終え、
ただ依頼と言っても、当面はオレが自分の能力を使いこなすための訓練と、ユイナの光魔法の訓練を、ギルドが用意してくれた街の外にある訓練施設で練習するというものだった。
「トリスくん。なんかボクたち、いきなり中級冒険者になっちゃったね……」
そうなのだ。
今回の功績が認められたという
だが、そんな事は些細な事だった。
「そうだな……仮面つけたらAランク扱いらしいけど……」
なんか思ってた冒険者生活と違う! と、声を大にして言いたいところなのだが、いろいろな事情もわかるので、わかってしまうので、余計に悶々とした気分だ。
「そ、そうだね……」
ユイナも若干頬をひくつかせつつ、苦笑いを浮かべる。
思えば、あのホーンラットの群れから、ユイナを救ったのが全ての始まりだった。
あの時、もし二人が出会わなければ、ユイナも危なかっただろうが、きっとオレも、いや、討伐隊はもちろん、ライアーノの街も、全てがスタンピードに呑まれて滅んでいただろう。
「ユイナ……お前と出会ったお陰で今がある。ありがとうな」
そう言ってユイナの黒髪に手を置くと、少し恥ずかしくなって、くちゃっと撫でて誤魔化した。
「ひゃぁ!? なな、なにあらたまって、そんな事言っちゃってるんですか!?」
頬を真っ赤に染めてから、「この世界のイケメンはタチが悪いんだから……」と、ぼそぼそと続ける。
しかしユイナは、そこで真面目な声色に変える。
「でも、トリスくん。それは違うよ」
何が違うのかわからず、少し視線をさげてその瞳を見つめると、ユイナは慌てて視線を逸らし、
「感謝しないといけないのはボクのほう。だから……お礼を言わせてください」
そう言って深く頭をさげると「ほんとにありがとう」と、真っすぐな気持ちを伝えてきた。
「じゃ、じゃぁ、お互いが感謝してるって事でいいんじゃないか?」
オレは何だか胸が熱くなって、頭の後ろで手を組むと、そう
「まぁそういう事だから、これからもよろしくな!」
「ふふ。何がそういう事なのかわからないけど、ボクの方こそよろしくね!」
世界の事も、魔神のことも、オレにはまだよくわからないが、この真っすぐな異世界の女の子だけは守ってみせると、心の中で誓いをたてた瞬間だった。
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