小屋の中

「ブヒブヒ、あの娘、かわいいでござるのう。」


 ここは豚小屋の中である。色々あって、端数となった二匹の豚が囲いの中にいる。その前には、豚をアニメっぽく擬人化したポスターが貼られている。この地の特産のブランド豚肉を宣伝するためのものである。


「ブヒブヒ、まったく素晴らしいでござる。」


 名前もない二匹の豚は、そんな会話ばかりしながら育った。無理もない。外界について何も知らない二匹にとって、他にすることはないのだ。寝床も餌も変わらない。室温も管理されている。手の届かない場所に見えるものの方が気になるくらい、変化がないのだ。


 ある日、下働きが、ポスターを汚した。それを見ていた二匹は柵に突進した。下働きは何事かと慌てた。そこに主がやってきた。そして豚たちは訴えた。俺たちが愛するものを汚すな、と。主は理解した。そして、訴えを受け容れた。古いポスターははがされ、新しいものが貼られた。しかも、上からラップまで張られた。よく見ると、描かれているキャラクターは前のものと異なる。だが、豚たちはそんなことを気にしない。


「ブヒブヒ、よいでござるのう。」

「ブヒブヒ、その通りでござる。」


 豚たちには、変わらない日常が戻ってきた。豚は、主に感謝した。なんとありがたいことをしてくれたものか、この主に一生着いて行くしかないぞとばかりに。しかし、実は、日常の中で大きく変わっているものがあった。二匹の体重である。二匹は、その時期を迎えつつあった。正確な日付はともかく、さほど遠くない時期に出荷されるのは、間違いない。そのことを、二匹は知らない。


 この二匹は、来る日も来る日も、似たような会話をしていた。記憶力が限られた生き物にとって、見えるものは常に新鮮だった。つまり二匹は、純粋に悦びを表しているだけだった。ただ生きるのみの二匹にとって、その小さな何かは、大きな意味を持っていた。その日々は、それなりに幸福だったように見える。


 そしてその日が来た。二匹は初めて扉が開くのを見た。追われた二匹は、あのポスターの下へ走った。それは二匹の意識が向いていた唯一の物体である。無理はない。意味もない。それはただの紙である。高い位置の紙に飛び付こうとして果たせない二匹を、主は諭す。


「行こう。行けば、その子に会えるぞ。」

「ブヒブヒ、それならばぜひに。」

「ブヒブヒ、よきかなよきかな。」


 二匹は知らない。己がこれから屠殺されるのみであることを。絵の中の存在が実在しないことを。だが、何も知らないが故に、二匹はこれまでになく幸福な一瞬を得た。

 主はといえば、何も気にしていない。何があったかも、恐らく明日には忘れている。売るほど飼っている豚の行く末など、その程度のものである。

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