31.桜圭
「陛下。休憩の所、申し訳ありませんが、少しお話をよろしいでしょうか?」
「来ると思っていたぞ。ゲンサイ」
王宮宮殿の中庭で設けたテラスに座って執務の休憩がてら、紅茶を飲んでいたレッド・カラロット六世はゲンサイの来訪を待っていたかのように告げた。
彼の周囲にはいつもの倍の守衛が配置についている。
「『心臓』の破壊を取りやめる様に命令をなさったと聞きました」
「事実だ」
「私は陛下は『紅き炎竜』についての脅威は把握していただいていると思っていました」
「まぁ、座れ」
すぐにでも答えを求めた事を一旦落ち着かせる意味も考え着席を促す。ゲンサイは意を組みレッドの正面に座った。
「……ゲンサイ。お前の言う事を軽視するつもりも、したつもりもない。これは国の維持に必要な事だ」
レッドは昼頃にアスルより送られていた報告書を見せる様に従者に指示を出す。差し出された報告書は先ほど届いたばかりの代物だった。
「……『殺害者』ですか」
「昨晩の事だ。アスルの上空に街を潰すほどの巨大な氷塊が突如として出現した。街が地図から消える所だったそうだ」
出現した氷塊は次の瞬間には
ヤツの事はゲンサイもよく知っていた。因縁のある存在であると同時に『本家』でも危険視されている。
その『殺害者』が今この国に居る。ソレを知る者は少数に限られているが、裏社会で最も危険とされている存在が位置も把握できずに国内に潜伏しているという事は、隣国の工作とも考えられる。
「だが、この程度では『心臓』の破壊は躊躇わなかった」
『殺害者』は確かに脅威だ。だが、ゲンサイはかつて奴を撃退した事もある為、ギルドの援護もあれば止められないほどのモノではない。
「ロイスの森が【最強】に占拠された」
その報はつい先ほど、ロイスから帰還した砦兵からもたらされた情報だった。
「ロイスの森にある砦が【最強】に落とされ、その周辺の地域は
『殺害者』に魔王軍の『最強』という、世界でも屈指の脅威が目に見えて現れたのだ。しかも『最強』に至っては軍事行動にて砦を占領している。
報告では侵攻している隣国にも砦は渡していないという事だが、気分屋で知られる奴が心変わりする可能性は十分にあった。
「『紅き炎竜』は軍事利用できません」
「それは私も重々承知だ。利用は考えず、事態が収束するまで抑止力と言う形で『心臓』は残す」
「……収束とは?」
「『殺害者』の所在確認とロイスの砦の奪還の二つだ。後者に関しては解決しなければ和平交渉にも移れないだろう」
レッドも『心臓』を残すことは苦肉の策であると告げる様に額に手を当てる。
「『本家』との契約は『崩月』が優先事項だ。こちらの事は気にするな。砦は精鋭を持って奪還する」
『最強』と正面から相対するのは現実的ではない。兵糧攻めや、奴が飽きるまで待つのが最も被害が少なく済む方法なのだ。
「ヒトが多いな」
最後に列車から降りた光陽とルーは、行き交うヒトの多さに思わず圧倒されていた。
アスルとは比べ物にならないほどに巨大な
巨大なアーチによる採光性とデザインもよく、昼間は太陽に光で、夜は要所にある魔石が光る事で光源を確保している。
列車を利用しないヒトの往来も多いようで種族に問わず、老若男女の姿を確認できた。
「西ゲートだったな。さっさと行くぞ」
ヒトの意識が多い所は好きではない光陽は早足に合流地点を目指す。見上げたところに存在する看板を頼りに、人混みを掻き分けながら進んでいく。
「む。っとと――」
人混みをものともせず進んでいく光陽とは裏腹に、彼よりも小柄なルーは少しだけ進むのに手こずっていた。
どんどん彼の背中が遠く離れていく。声を出すが雑踏で声が届かない。
「……ちょっと、光陽――」
置いて行かれるような感覚。それは永遠に戻らなかった【
嫌だ――
「悪い、先に行き過ぎた」
その時、戻って来た光陽が彼女の手を掴んだ。思わず展開していた“竜眼”と鱗が元に戻って行く。
「? 何で戦闘態勢になってんだ?」
「……別に」
「相変わらず良くわからんヤツだな。手を放すなよ」
そう言いながら人波が緩やかな道の端へ寄りながら西へ向かう。
彼は自分の前から決して居なくならないのだと、その背中と握る手は何よりも安心出来る繫がりだった。
ただ存在するだけで注意を引く者がいる。
すれ違ったとしても、思わず振り返ってその背中を追ってしまうほどの存在感は、見慣れた日常の中に存在する異質か異形であるのだ。
白い花の中に一輪だけ藍色の花が咲いているかのような、彼女は傍から見れば着物を着こなす極東人の女である。
閉じている様に細い眼と広く見える額は常に笑顔である彼女の大らかな性格を表していた。着物越しでも解るほどに豊満な胸は、その身に宿す雰囲気と共に大人の色気を十分に感じさせるものである。
そんな彼女は
「……なにやってるのさ。お母さん」
「いらっしゃーい、サナエちゃん。何か買っていきなさいな」
「これなんかどうかしら? ドワーフさんたちが作った竜の置物よ~。なんと二つに割れて貯金箱にもなっています!」
「お母さん……」
思わず頭を抱えるサナエは自由奔放な母の行動にはつくづく手を焼いていた。祖父でさえ制御することが難しい母を制御できるのは父くらいなものである。
「皆忙しいでしょ~? 人の手が足りないって言うから、お母さんも手伝ってるのよ~。バイト代はこの置物を貰えることになってるの~」
「はぁ?」
変な収集癖のある母の自室はサナエが見ても理解できないもので埋め尽くされている。その中の一つに、これも入るのかぁ、と呆れるしかなかった。
「本当はね、サナエちゃんを迎えに来たんだけど待ってる間ヒマだったからお店のお手伝いをすることにしたのよ~」
「何時から来てたの?」
「30分くらい前かしら~」
「それくらい待ってようよ……」
「ふふ。サナエちゃんも帰って来たからバイトはおしまい~」
「店長ー! 本当に! 本当にうちの母がすみません!!」
桜家の事を承知であるドワーフの店長は特に気にした様子無く従業員用のエプロンだけ回収した。
「労働っていいものね~」
「……」
買った竜の置物を手に持つケイは、次にサナエを包むように抱きしめた。
「ちょっと! お母さん――」
「サナエ、怖い思いをしたの?」
娘が出発した時とは雰囲気が変わっている様を見抜いていた。かなり弱々しい気配と全く休めている様子が無い。
「大丈夫だって。お母さん、恥ずかしい――」
「お母さんは大丈夫じゃないわ。あなたをこんな目に合わせたのは誰?」
「……ボクが自分で解決するよ。だから、大丈夫」
母のぬくもりは、震える事しか出来なかった恐怖を和らげてくれた。
「そう。成長したわね、サナエ。お母さんは嬉しいわ~」
「大げさだよ。お母さ――」
と、サナエは視線の先に光陽とルーの二人と眼が合った。人目も気にせず母と抱き合っている現状を再認識し、羞恥心から顔が赤くなる。
「見なかったことにした方がいいか?」
「空気読めよぉ。こういう時はなぁ、我らも抱き合うんだよ!」
「それだけは絶対に違うと断言してやろう!」
どうにかして抱き着こうとするルーと光陽は、じりじりと間合いを図っていた。するとケイは二人の気配に振り向く。
「あら~こちらの可愛いお二人は誰かしら~?」
頬に手を当てながら二人を見るケイにサナエが慌てて間に入る。
「この人が電話で話してたお祖父ちゃんの弟子の人。もう一人は付き人」
「……初めまして。オレの名前は――」
すると、ケイは光陽が反応するよりも早く彼を抱きしめていた。
「おかえりなさい……光陽」
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