30.目指すべき力
“力”とは単純明快ながらヒトによって様々な解釈の出来るモノである。
「多くの者が“己の身に宿す戦力”として認識しているが、ワシはそうは思わん」
師は“力”とは、
「いくら敵を撃退する技術や知識があろうとも、ソレを使う前に殺されてしまっては持っていないも同じだ」
敵よりも高い技量を持っていたとしてもソレを発揮できずに負けてしまえば、格下であると言えよう。
必要なのは精神の方なのだと師は語る。
「その研鑽の果てに磨き上げられたのが『桜の技』だ。元より系統の一つ一つが格上を“殺す”ための絶技であり、術理に魔法を混ぜる事によって正面から敵をねじ伏せる事も可能になった」
けれど、師はオレの前では魔法を使わない。そんなモノはお前には意味が無いと言わんばかりに構えを取る。
「お前にとって『桜の技』とは、この世界の“歩き方”だ。敵がどれほどの格上でも委縮するな。常に敵の先を読み、何かを起こす前に倒すのだ。お前が敵に背を見せる事は死と同じと心せよ」
一度も師に対して“一本”を取ったことは無い。格上などと言う言い訳は出来ないのだ。
オレはこの世界で誰よりも弱い存在なのだから――
上空の太陽が正午を過ぎて、昼下がりに差し掛かろうとしていた。
アスルから出発して半日以上走り続ける列車は
揺れる荷物車両の中で壁に背を預けて目を閉じている光陽は『殺害者』との戦いを思い返していた。
奴の“殺意”は生物の本能を刺激し、あらゆる行動に制限をかけてくる。いつものように踏み込んでいるつもりでも身体は“いつものように踏み込んでいない”のだ。
その瞬きほどの“隙”から的確に命を狙ってくる。明確に心臓を貫かれた様を見たのは、行動の先を読んだ故の確率の高い結末なのだと。
「……やっぱり“
『殺害者』と戦うには、奴に殺意を向けられつつ、いつも通りに動けるようにならなければ戦いにすらならない。
搦め手も戦闘能力も上である以上、せめて同じ土俵に立てるようにならなくては。奴との交戦経験から実力を設定し仮想戦闘を行う。
しかし、結果は――
「……勝てないか」
「なんだ、まだやってるのか?」
荷物車両と乗客車両を繋ぐ扉を開けて、桜色の髪の上に乗った白いキャスケットを片手で支えながら逆さまに覗き込むルーは、くるっと中へ入る。
「風が気持ちいいぞ。悩みなんて一気に吹き飛ぶ」
「お前の場合は飛行だろ。生憎、オレは便利な翼なんてないものでね」
「一緒に飛ぶー? ふふん。好きな所にしがみついていいぞ」
と、魅力的な凹凸を強調するようなポーズを取る彼女に光陽は慣れたように、ハイハイ、と受け流す。
「ふふん。昨晩の弱々しい貴様も好きだが、どっちかと言うと今の方が好きだな」
「うるせ」
弱音を吐くなど、師が居れば問答無用で叩き直されている事態である。しかも、コイツの前で――
「……そう言えばお前は平気だったのか?」
「なにが?」
ルーは近くの荷物の上に座る。
「『
「それは、我に質問をしているのか? そうだとすれば貴様の求める答えの参考にすらならないぞ?」
「知って損する事でもないだろ?」
今は少しでもまともに戦えた者の意見が欲しい。オレでは戦いにすらならなかったのだから。
「我は生物としての階層が違うからな。我が恐れるのは直接的な“死”だ。それ以外で恐怖を感じる事はないのだよ」
「お前はサウラさんに殺されかけただろ。物理的な損失は“死”じゃないのか?」
「『ドラゴン』は『英雄』以外には殺されない。あのマニア神父は対象は違えど『英雄』であったからな」
「『英雄』なんて、ただの称号だと思っていたんだが、お前にとっては死活問題なのか?」
「称号とは“多くの願いを集めた者の証”なのだよ。故に彼らは世界の脅威に対して特別な力を持ち、最終的に討ち果すまでに成長する」
物語の終わりは、誰しもがハッピーエンドを望むだろう? とルーは少し寂しそうに笑った。
「お前の無茶ぶりを見てる限りは嘘くさい話だな」
ルーの強さはただ膨大な魔力を持つだけではない。それを使いこなす知識と状況において最適な選択が出来るからこそなのだ。
「ふふん。まぁ話をまとめるに、“我を殺せる対象に『殺害者』は含まれてない”故に奴の殺意など脅威にすらならないってところだ」
『ドラゴン』という存在としての絶対的な余裕があったからこそ『殺害者』と正面から戦えたと告げる。
「ほら、参考にならないだろ?」
「いや、そうでもない。少なくとも、お前と同じ気構えで行けば“殺意”に怯むことは無くなる」
ルー以外に魔法を使わなかった『殺害者』は自分に対して実力の半分も出していなかったのだろう。奴はどこか戦いを楽しんでいる様子もあった。
師と同等の実力者であるのなら、『本家』でも手を焼いている存在であるハズだ。こちらの唯一の優位点は奴にはバレていない。そうなれば勝ち目があるのは――
「……これがオレの生まれた意味か?」
身内に仇名す脅威を取り除く。魔力による探知が出来ないという能力が優位に働くのは『殺害者』も例外では無いはずだ。
故に今は精神と『桜の技』に磨きをかける。奴も同じ生物である以上、決して届かない存在では無い。
「相変わらず、貴様はカッコいいな」
既に昨晩の敗北から立ち直っている光陽の存在はルーから見ればまぶしい程に魅力的に映っていた。
「お前と違って必死なんだよ」
「それでも貴様は強い。少なくとも我を護れるくらいにはな」
「……ただの皮肉にしか聞こえないんだが?」
「ふふん。もっと女心を学びたまえ」
「相変わらずムカつく奴だな、お前は」
「おお、やるか? 相手してやるぞ。寝技でな」
「お前って、本当にはしたないよな。少しは慎みを持て」
「まぁ、こんなことを言うのは貴様だけなんだがな」
そこまで言われてたところで光陽は黙り込んだ。
気がつけばペースを握られるのはあまり好きな感覚ではない。加えて、ルーの性格から冗談であることも考えられるので、真に受けると後々痛い目に会いそうなのだ。
「……他の奴にはするなよ。オレとしては色々と困ったことになるからな」
ルーが何かしらの問題を起こしたら、しわ寄せが来るのは間違いなくオレだ。
コイツは微妙に常識がズレてる所もあるし、自重してなければ困ったことになると認識してもらわなければ。
「お、おう」
意図が伝わったのか珍しく動揺するルーは次に嬉しそうに、えへへ、と笑う。
もう、よくわかんねぇなコイツ……
「なんか邪魔だった?」
すると、ルーの入って来た扉からサナエが姿を見せる。
「いや、別に」
「もう、王都につくよ。ここは最後に車掌が回るから、切符を見せてから降りてね。何かあったら、ボクの名前を出して。降りたら駅の西口に集合で」
「どうやって西口に行けばいい?」
「誘導看板があるよ。人が多いから気をつけてね」
「そっちは大丈夫か?」
昨晩の戦いにおいて、サナエは『殺害者』の“殺意”を受け、身動きが取れないほど影響されていたのだ。
「大丈夫。こう見えても鍛えてるからね。伊達に『桜の技』は持たないよ」
またあとでね、と彼女は去って行くが、光陽はどことなく強がっているのだと察していた。
「帰って来たか」
ゲンサイは王都にある母屋の縁側で、アスルからの直行便がついた汽笛を聞いていた。
「よりにもよってこの時期とはな」
『紅き炎竜』の件が片付くとはいえ“心臓”の破壊は見届けてから『崩月』に備えなければならない。
すると、後ろから声をかける気配にゲンサイは視線を合わせる。
「ケイかどうした? ――なに?」
ケイは現れた伝令兵から、王命によって『紅き炎竜』の“心臓”の破壊を取りやめになったと告げられたのだった。
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