10.本当の気持ち
エルフの村の外れにある寺院。表の廃門から入った石畳の広場ではエルフたちが生活し 、その奥の裏側は光陽の鍛錬場となっていた。
そして、そこで光陽とルーは二度目の勝負を行っていた。
先手はルー。
構える光陽に対して半回転しながら跳び上がり、回し蹴りを叩きつける。
【玄武】の構えを取る光陽はそれを受け耐える。予想以上に重い攻撃に反撃まで事が運ばない。
「っと」
風が吹く。風魔法によって僅かに滞空時間を延ばしたルーは更に半回転し、回し蹴りで光陽の顔面を狙った。
「スカートでくるくる回るな」
二度目の回し蹴りを光陽は上体を後方に逸らして躱す。そして、ルーが着地すると同時に、その足を払った。
「……」
「ふふん」
ルーは足に鱗を展開し、防御力と重心を集めてバランスを維持していた。
まるで大木を蹴ったように微動だにしない。小柄な少女という見た目に反する能力は本来持つ能力の一端に過ぎないのである。
「見誤ったな?」
いつの間にかルーの両腕には鱗が展開されている。強烈な乱打が光陽に襲い掛かった。
タイミングは完璧だ。攻撃の直後だったし避けられない距離。なのに――
「そんなことも出来るのか」
ルーの攻撃は完全に当たるタイミングにも関わらず、その全ての打撃を光陽は完璧にいなしていた。
その場にとどまるのではなく、少しだけ足運びを後方へ動かし全て捌いていく。その動きは積み重ねた鍛錬が形となっている洗練された動きであった。
「【白虎】『白尾』」
乱打を見切った光陽は、力の流れを上に大きく逸らすと、半歩踏み込み――
「【玄武】『一門』」
籠った音が響く。速度を重視した高速の『一門』。無拍子で放たれる一撃は躱すことは不可能だった。
「ソレは見た」
ルーは最初にやられたパターンとして覚えていた。胸部に当たるはずの光陽の肘打ちには掌を合わせて止める。
「止まったな?」
この瞬間をルーは待っていた。『一門』の後は硬直が生まれる。今度こそ躱すことは出来ない。
爪を形成し光陽へ振り下ろした。
「【玄武】『重撃』」
「!!?」
だが、次の瞬間にルーの身体は大きく浮いていた。肘を押さえている掌に爆発したような衝撃が発生し後方へ飛ばされたのだ。
光陽は魔法を使えない。そうなればその技の全ては肉体一つで発生する現象でしかないのだ。故に、あそこまでゼロ距離で硬直も取れれば返せる状況ではないとルーは踏んでいた。
「あるのかよ。そこから返せる技が――」
研鑽された人の技は、まだまだ奥があるらしい。
ルーは着地すると逆に光陽が間合いを詰めていた。彼女は身構える。鱗を全身に展開。全力の『一門』が来ようとも耐えられる強度で迎え討――
「――――あ」
光陽の意識が自分の正中線に向けられている事を悟った。その全ての防御力を持ってしても無意味になるナニかが来ると本能が察知。
ルーは咄嗟に右へ身体を移動させる。次には肩を吹き飛ばされたと錯覚する程の衝撃が通り抜けて行く。
「直撃をかわすか」
狙いを外した光陽はルーを称賛する。食らった彼女の右腕は骨が外れ、あまりの威力に麻痺して動かない。
「これも――」
魔法じゃないのか? あらゆる攻撃に身構えた。だと言うのに、これほどのダメージは何をされたのか全くわからない。
答えに思考を寄せる時間は与えない。光陽は間を置かずに攻めを続ける。
「【玄武】『一門』四連撃」
掌底打。右肘打。左肘打。正拳。四つの打が放たれた。
高速の『一門』。それが威力そのままに一呼吸の間に四回叩き込まれたのだ。
「かは……」
ルーは急所は守ったものの大ダメージには変わらなかった。
「なんと言う……」
生き方をしてきたのだ。何度も攻撃を受けたから解る。技の一つ一つに宿る技量は並大抵ではない。
これほどの技術を得る為にどれ程の鍛練をこなしてきたのか。決して容易くはなかったハズだ。
一撃一撃にその生き様が見えるようだった。
「ああ、そうか……」
ようやくわかった。我がここまでお前を気にかけたのは――
「オラァ!」
ルーの大振りの打撃は意外にも光陽を捉えた。虚をついた彼女の行動に光陽は咄嗟に受けて距離を開ける。
「ふふん。アハハ。ああ、もう。理解すると恥ずかしくなってくるでないか!」
無邪気に笑うルーに面食らう光陽だが直ぐに構えを取り直す。
「なぁ、光陽」
「……何だ?」
意図しない会話に光陽は応じる。
「お前は格好いいな」
ルーが距離を詰める。策は何もない。ただ次の瞬間に自分がどうなるのか知りたかったのだ。
コン、と額に受けた感触を認識した刹那、ルーは炸裂する衝撃を受けて大きく仰け反った。
「【白虎】『穿牙』」
技の名前を光陽が口にする。
致命的な一撃。だが先程よりも威力は抑えられ、明らかに手加減されている。
相変わらず、厳しいのか優しいのかわからない奴だ……
「お前はいい女だよ」
「ふふん……そこは……可愛いだろ……」
ルーは仰向けで倒れると目を閉じて意識を失った。
「恋? 何だそれ?」
遥か昔に私たちが捨てたものだ。
「いらなかったのか?」
当時は非効率だと思っていた。今は取り戻したいものの一つだ。
「ふーん。我には関係がないだろう?」
お前はドラゴンだが、誰かに恋する権利はある。
「相手は【英雄】しか居ないんだが。その辺りはどうなんだ?」
お前だけの【英雄】を見つけなさい。ルー。
「訳が解らんぞ。アナクフィ」
彼だけだった。あそこで、我を名前で呼んでくれたのは――
「…………」
ルーは目を覚ますと自分がどうなったのかを先に思い出す。
「うーん。負けか」
「起きたか」
鍛練をしていた光陽はルーの意識が戻った事を気配で察していた。
「あれ? 貴様は配給の当番だろう?」
【玄武】の構えを維持したまま、僅かにも動くことなく光陽は口だけで答える。
「代わってもらった」
すると、ルーは自分にかけられている防水ローブに気がつく。
「何だ。これ、くれるのか?」
「んなわけねーだろ」
そこはキッチリ否定するのかよ。と、ルーは笑った。起きるまで傍に居てくれた光陽を優しく見つめる。
「それにしても、お前の回復力は凄まじいな。脱臼まで勝手に元に戻っていたぞ」
「ふふん。我の場合は回復と言うよりも回帰に近い。再生ではなく、元に戻る、といった方が分かりやすいかな」
ドラゴンの持つ特質の一つである。魔力の源である心臓を絶たなければ死ぬことはない。
「それなら道中は心配ないな」
「どういう意味だ?」
「もう、行くんだろ?」
光陽はルーの心情をどことなく察していた。彼女は自分と違ってどこまでの飛んでいけるのだ。
傷が癒え、ギルドの支援も本格的に始まった今、この地に留まる理由はないだろう。
「ああ、そうだな。世界中を回って見ようと思う」
「そうか」
彼女の決めたことに自分が口を挟む権利はない。そのまま去るなら仕方がないと、光陽は止めるつもりはなかった。ただ、
「ありがとな」
「ん?」
光陽は構えを解くと少し恥ずかしそうに応える。
「嬉しかった。オレなんかのために怒ってくれた事が」
世界で一番価値のない存在であると、光陽は自覚している。だからこそ、師の言葉は何一つ間違っていない。
だが、彼女はそんな理屈など知った事ではないと、自分のために怒ってくれたのだ。
あの時、師匠に『一門』を向けた理由。その一瞬だけ、師よりも彼女の方が大切だと思ったからだった。
「そうだな。少し口に出そう」
ルーは何やら意味深な事を言いながら光陽に歩み寄る。
「よく解らなかった。我自身も、何故こうも気になるのか知りたかった」
「何か解ったのか?」
「ああ、よく解った」
彼の生き方。彼の真っ直ぐ向けてくれる意思。
焦がれていた。自分と対であり、結末を共にするモノ。それが――
「どうやら我は貴様が好きなようだ」
彼女は無邪気に笑いながら自覚した気持ちを告白する。
「我の【英雄】は貴様がいい」
ギルド総本部『主塔』にて、弱った体力を回復している『巫女』は床に伏せたまま、預言の意味を考えていた。
この世界は多くのモノが対になっている。
それは全能なる存在が居ないことの証明であり、全ての存在に終が存在するという制限世界の証であるのだ。
英雄とドラゴン。
勇者と魔王。
聖剣と魔剣。
伝説から寝物語まで伝わる数々の神話は全て、対の存在によって片方が倒されて終わりを迎える。
≪竜ヲ殺セ。結末ヲ違エタ竜ヲ、世界ニ捧ゲヨ≫
それが受けた信託。
先代ドラゴン『紅の炎竜』が『剣の英雄』に倒され、今世代のドラゴン『銀腕竜』は対となる【英雄】と睨み合っている。
その状況下でドラゴンを倒せという信託を受けた。
『結末ヲ違エタ竜』
本来居るべきではないイレギュラーのドラゴンが現れたという事だ。
そうだとすれば――
「一体……そのドラゴンの【英雄】はどなたなのでしょうか」
それがドラゴンと殺し合い、殺すことが出来る唯一無二の存在であるとこの世界では決められている。
「そういえば」
「ん? どうした?」
「お前が言ってた、オレが生まれた意味って結局なんだったんだ?」
「お、知りたい? よく考えれば簡単な事だよ」
「へぇー、ぜひ教えてほしいものだな」
「なんだ? その興味なさそうな口調は。まぁいい教えてやろう! 貴様が生まれた理由、それは!」
「はいはい」
「我と会うためだ!」
「…………んなわけあるか」
光陽はルーの額にデコピンを食らわせた。
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