序章 雨を狩る英雄と白き竜姫
1.雨を狩る者(前編)
「ダメだ。これ以上は進めない」
重くのしかかる用な雨は魔法による保護がなくては、瞬く間に体力を奪われる程の雨量だった。
アスルの森の雨期は毎年決まった時期に来る。数週間のズレはあるものの、長年森に住むエルフ達からすれば雨期対策は慣れたもの。しかし今期の雨は違っていた。
「これはどういう事だ?」
雨の量に反して、川の水位は晴天時と変わっていない。
「ミナの言った通り、この雨は意図的に降らせているのかも知れないわ」
雨に魔力が宿っている。
この雨は自然に降っているものではなく、魔法によって強制的に続いているものなのだ。天候を支配する程の規模と魔力。ヒトが行うモノとは桁が違う。
「これが、たった一体の魔物の仕業だとしたらここまでする目的はなんだ? 」
「それはレインメーカーにしかわからない」
レインメーカー。
雨を自在に降らせると言う事からその名前が名づけられたその魔物は世界でも『五柱』に称される危険な魔物でもあった。
「雨……雨が降れば同然水量が増えるわね」
増えない水量は一体どこへ行っているのか。
嫌な予感しかしない。五日は降り続く雨は弱まる気配がない。客観的に見れば大雨に目が行きがちだが、何かしらの準備をしているようにも考えられる。
「レインメーカーを討伐しなければ」
「ならん」
村に戻り、レインメーカー討伐の意見を聞いた村長は首を横に振った。
「なぜですか!? 」
「言わずとも理解は出来るだろう。危険だからだ。ライラ」
「ですが!」
村長に意見するのはエルフの女。ライラと呼ばれる彼女は雨の調査から戻った足で長老の元に出向いていた。
村長は窓際に寄り、降り続く雨を見ながら告げる。
「雨を強制的に降らせている。レインメーカーは我々が思っている以上の化物だ。魔物と言うよりも自然災害に分類として考えるべきだろう」
外部と連絡を取った時に聞いたのはアスルの森だけに集中するように雨が降っていると言う情報だった。
傍目からすれば雨季の延長のように見えるため発覚が遅れたが、雨に魔力が混ざっている様を見れば意思を持つ事態であると解る。
ギルドはその現象をレインメーカーが起こしているモノと断定していた。
「奴は森を覆う程の広域に、五日以上雨を降らせ続けるだけの魔力を持つ。しかも衰える様子はない。そんな奴にワシらが束になっても戦いすら起きん」
「ですが! このまま待っていても、何も好転しません! ミナだって持たないかもしれないんですよ!」
「先ほど外部と僅かながら連絡が取れた」
「! 返答は!?」
「ギルドが討伐任務を受諾したとのことだ。報酬はレインメーカーを討伐した際、その素材を全てギルドに譲渡する事」
レインメーカーは魔物の中でも危険度はもちろん、遭遇難易度も最上位に存在している。
その分価値も高く、一体討伐すれば孫の代まで遊んで暮らせる程の報酬が与えられるのだ。
「討伐はいつですか?」
「……依頼発行に一日はかかり、冒険者の選定には数日かかるだろう。更に雨の中、アスルの森を捜索しレインメーカーを見つける必要がある」
「それじゃ間に合いません!」
思わず声を荒げる。考えてみれば都合のいい話ではないのだ。
レインメーカーは危険な魔物だが警戒心が強く、危険を感じ取れば直ぐ様逃げ出す。
故に、これ程までに目立つ行動はおかしいのだが、魔物の考える事など分かるはずもない。
ギルドとしては遭遇する事さえ希少なレインメーカーの討伐という千載一遇のチャンスを逃すことは考えない。確実な人材を整えて討伐にあたるだろう。
レインメーカーとエルフの村では前者の方が圧倒的に価値が上だからだ。
洞窟で雨を凌いでいる青年と少女の話題はレインメーカーへと移っていた。
「レインメーカーを殺しに……か。ちょっと待て」
青年の話を聞いた少女は眼を閉じると自身の記憶へ集中する。
「あった。レインメーカーか。やべー奴だな。そいつ」
「知ってるのか?」
「会ったことはある」
「知ってる事を教えて欲しい」
レインメーカーは生態の多くが謎に包まれている。
名前の如く『雨を降らせる』以外の能力は一般には知られていない。
「いいよ。お前には貸しがあるからな」
少女は自身が知るレインメーカーの情報を全て伝える。その内容は青年の考えを遥かに越えていた。
「化物だな」
全ての情報を呑み込んだ青年が出した言葉は素直な畏怖だった。
「本気になったレインメーカーの歩いた跡は荒地しか残らない。個人ではミイラにされるのがオチだ。勝ち目はないよ?」
「無くはない」
「おいおい。我の話を聞いてたか?」
少女は思わず呆れて青年を見る。そして、その根拠を一つだけ思いつく。
「ふふん。なるほど、貴様は我の存在を頭数に入れてるわけか。それなら確実な勝利をものにできるぞ。なんたって我はドラ――」
「別にお前の力は要らん。一人でやる」
「……はぁ? 我の話を聞いてた?」
災害クラスの現象を容易く起こす魔物に対しての青年の反応に呆れるのは当然だった。
「ああ、オレには勝ち目がある。状況次第だが。奴が何処にいるかは解らないか?」
「貸しは返したぞ」
「保護した分はな。干し肉の分が残ってる」
「ちぇ。セコイ奴だな」
少女は魔力による感知を行う。だが、雨そのものに魔力が付与されているため、正確な感知は出来そうにない。
「ふむ」
広域に展開されている魔力から源を探すのではなく流れから源を追いかける。
本気の感知を行う少女の体に鱗が現れ始める。眼を閉じて『竜眼』を発動する。
「なんだ。灯台もと暮らしか」
居場所を突き止め、現れていた鱗は潮が引くように消えていく。
「居たか?」
「ああ、だが答える前に一つだけハッキリさせておく」
気さくな様子から一変し少女は冷やかな様子で青年に告げる。
「我は貴様の奴隷でも手下でもない。これ以上、都合の良いことを望めると思うな」
釘を指すように自分が便利な道具ではないと冷静な憤怒が向けられる。
「……少し屁理屈を言ったのは謝る。これ以上、お前には何も求めない」
少女の威圧に萎縮したのではない。青年は彼女の憤怒を理解し受け止めた上で謝罪していた。
「ふふん。姿形にとらわれず他者を敬う姿勢はあるようだな。中々に素直な奴だな貴様は」
「……それで、レインメーカーは何処にいる?」
青年の問いに少女は地面を指差した。
魔力の反応が消えた。
雨の届かない場所に逃げ込んだか。
考えられるのは森の南西にある寺院か、エルフの村か、偶然洞窟を見つけたか。
空を飛べぬ程の深傷ならば隠れている場所ごと呑み込む。
森を更地にする水量ならば十分に殺す事が出来るであろう。
竜ヲ殺セ―――
雨を促すレインメーカーはその異常な水量を使い、この一帯を更地に変える準備を進めていた。
エルフの村では降り続く雨に対して傍観する事が村長の決定だった。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい、お母さん!」
ライラが家に帰ると明るい声が出迎えた。
「ミナ。起きてても大丈夫なの?」
「うん!」
「でも、もう寝なさい。こんなに遅いじゃない」
ライラは抱きついてくる娘の頭を撫でながら既に深夜を回っていることを指摘する。
「ずっと寝てたから眠くないのー」
「……そう。じゃあ、眠るまでお母さんがお話をしてあげる」
「ほんと?」
「ええ。条件は部屋を片付けてベッドに入る事」
娘が部屋を散らかしている事を見越した発言は的確であったらしく、ミナは部屋へ走って行った。
「ライラ」
年老いた人族が椅子に座ったまま二人の様子を見ていた。
「ミナをありがとうございます。師範」
人族の老人はこのエルフの村とは縁のある人物であり半年に一度、武技の指南に王都から訪れてくれる。今回は訪問が雨季にかぶってしまい、立ち往生していた。
「クルウェルはなんと言っていた?」
「レインメーカーには手を出すなと」
「『五柱』の一角が要ると確定したのか?」
「その前提で話は進んでいます」
「そうか。だとすれば、ミナの命は本気で考えなければならん」
ライラの娘であるミナは生まれつき、魔法に対する天才的な能力を持っていた。
詠唱や式を使わずに四つの属性を意のままに操る。
規模は違えど、レインメーカーと同じことを誰からの指導なしを行う事が出来たのだ。
だが、感覚的に魔法を使うミナは自らの内に取り込む魔力を制御できない。
純粋であるがこそ、雨にのせられている魔力を取り込み続け、倒れたのが二日前だった。
「家の回りに魔力を遮断する“式”を書いてはいるが……この雨だ。もって後一日だろう」
今のミナは空気を限界まで膨らませた風船のような状態。魔力を遮断する術式によってある程度は軽減しているが完全に防げるモノではない。
「師範もう少しだけ娘を見ていてもらえますか?」
「お前はレインメーカーを探すのか?」
「はい」
娘を守る母親の意思は、その言葉を口にする事に躊躇いはなかった。
相手が災害であろうと関係ない。親が子を護るのに理由など必要ないのだ。
「行くときは声をかけろ」
「?」
「同行する。ミナに母親は必要だ」
敵は【魔王】に並ぶ『五柱』の一角。戦いになれば死人は避けられないだろう。
「せっかちな奴だな。もう行くのか?」
少女からレインメーカーに関する情報を聞いた青年は最低限の準備をして目的地へ向かう為に洞窟から出ようとしていた。
「待つ意味がねぇよ。時間をかけるほど状況が悪化するならなおさらだ」
降り続く雨の目的が少女の話通りだとすると、もう動かなくては間に合わなくなる。
「勝っても負けても、待っているのは確実な死だぞ。恐くないのか?」
対峙すれば生きては帰れないだろう。現状は圧倒的にレインメーカーにとって有利な状況なのだ。
「恐いに決まってる。だけどな、それ以上に恐い事がオレにはある」
「是非とも聞いておきたいな。貴様にそこまで言わしめる恐怖を」
それは青年がずっと探し続けているもの。彼にとってソレを証明出来ずに死を迎える事はあらゆる恐怖に勝る。
「オレは――」
水が天井を貼っていた。
真下から見上げる形の水面は底に立つレインメーカーだけが見ることの出来る光景である。
アスルの森の地下に走る水脈の集結地点。そこにレインメーカーは居た。
雨を促し水量を増す。そして、この集結地点にて集約した水量を地下から一気に炸裂させる。
それで竜は死ぬ。
死なずとも只では済まないだろう。加えて竜が雨の下に出ればその魔力を捉えられる。そこを討つ。
それで竜は終わりだ。
≪竜ヲ殺セ≫
「【玄武】『一門』」
「!?」
水の支配に集中していたレインメーカーは側面に予期せぬ衝撃を受けて仰け反った。
「間に合ったか、それとも手遅れか……どちらにせよ最悪の事態はまだみたいだな」
レインメーカーが目的を達する為の最初で最後の障害は、ずぶ濡れの青年だった。
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