とある姉弟の戦闘記録《バトルログ》

木元宗

第一ウェーブ ある調査報告


 私には、ゴリラだの、ヤンキーだの、武士だの、マジレス姉ちゃんだのと、姉に向かってそれは好き勝手言って来る、高校生の末弟がいるのですが(七つも歳離れてたら怒る気なんて起きませんけれども)、ある日彼から、こんな話を振られました。


「今日クラスの男子内で、理想の呼ばれたい名前アンケートを取ったんよ」


「んッ?」


 私は意味が分からず、末弟に訊き返しました。何せ私はパソコンで、彼はテレビでゲームをしていましたから。お互いの画面では砲火だのビームだのが飛び交っていて静かではありませんから、聞き取り損ねたと思ったんです。でもそうではありませんでした。


「朝早く、ホームルームが始まる前に、たまたま今日は男子の集まりがよかったから、その一人がやろうって言い出したんよ」


「何それぇ?」


 私はおかしくて笑っちゃいながら、心から言葉の通りに、何だそりゃという気持ちで尋ねます。


「いやそもそも、言葉の意味が分からへん。何その、呼ばれたい名前……アンケート?」


「そやで?」


「誰に?」


「誰にっていうか、こう、女の子に、一度は呼んでみて欲しいなっていう名前」


「それはつまり、好きな女の子にとか?」


「いや、あくまで理想やから、どっちかっていうかリアルの好きな子っていうか、こう、あくまで理想ですよ」


 ゲーム中だから気が散っているという事もありますが、末弟は元々、自分の気持ちを言語化、特に、説明をするのがヘッタクソな性分という事は、私は理解しています。なので私の方で、彼のガバガバな言葉の真意を推測し、彼の言いたいのだろう言葉を組み立てます。


「あー、まー、要はどっちかっていうか、漫画とかアニメの女の子に言われてみたいって感じ? あくまで理想やから実在せんでええし、ボンヤリでええんや」


「そうそうそういう感じ。リアルでもいいけど」


 私の推測は当たっていたようで、末弟は満足そうに頷きました。


 アホと話すのは疲れます。


 でも彼は理数系で、文系の私より、よっぽど計算が速いので言いません。


 お年頃相手に、「つまりこの話題とは、その好きな女の子という対象の実在性は無視して、兎に角、『自分を好いてくれている可愛い女の子に、一度は言ってみて欲しい呼び方について』という条件を元に、君のクラス内の男子を対象にしたアンケートが、同クラスメートの男子によって行われた訳やね」。なんて、余計な所まで拾い上げた正確さまでは要らないかと、そこは十代のノリに合わせ、かなりざっくりと返しておきました。


 こういう、何かをして欲しい、という願望の対象とは誰だって無意識に、自分の好みの人間をイメージしますからね。男子なら可愛い女の子、女子ならイケメンという風に。まさか、「好きな女の子(対象年齢50歳以上限定)に、一度は呼んでみて欲しいなっていう名前アンケート」とは、誰も自然には思い付かないでしょう。そんな男子の集団は、女子に陰で、熟女愛好会とか勝手な渾名あだなを付けられて、トイレでディスられるのが関の山です。


 そして、末弟がしようとしている話の内容を理解した瞬間、私の疑問は確信へと変わりました。


「いや、クラスでって事は、教室でやろ? そんな事してたら、女の子に見られんで?」


 そしてお前達のいない所で、「めっちゃキモーい」って話のネタにされる。


 でも末弟は、自信たっぷりに言いました。


「いや、朝早かったからそんなに人おらんかったし、真面目な子とか大人しい子しか来てへんかったから」


 私は、男の人ってきっと、生まれた時から詰めが甘いんだろうなと思いました。


 真面目だろうが大人しかろうが、そんな妙なアンケートが目の前で繰り広げられたら、誰かに話したくなるに決まってんでしょうが。


 朝から世界ふしぎ発見! あるいは、未知との遭遇! でしょうがないわ。


 話が進まなくなるので、そこには触れませんでした。


 そして何やら末弟は、テンションを上げながら続けます。


「でな? アンケートやろうって言い出したんは別の男子なんやけど、偶然ほぼクラス全員の男子がおったから、その場におった男子皆でやったんよ! それぞれ紙に匿名で、呼んで欲しい呼び方を書いて集めたら……。何と!」


「何と?」


 末弟はそこで、深い深い溜め息をつきました。


「やっぱりねえ……。世間は、そうなんかなって思ったわ……」


「いや、だから何よ?」


 正直、結果がとても気になっていたのもありますが、質問を質問で返されるのがしゃくに障るタイプの私は、小さくですがマジ寄りの苛立ちを覚えながら催促します。


 私の苛立ちには何ら気付いていない末弟は、胸の底から絞り出した声で言いました。


「若干ばらけてはあったけど……。やっぱり圧倒的やったのは、二位の『ご主人様』と、一位の、『お兄ちゃん』でした……!!」


「へえー! そうなんやー!」


 私は驚きの声を上げました。


 ホントに呼ばれてみたいんですね? 少なくとも、高校生ぐらいの男の子って。そんな事言うのフィクションの男子だけかと思っていましたが、いや、実際にも思ってるんだ。


 この話を聞いて私は、何故、男子向けアニメ作品に触れる度に、大量の妹とメイドに出会うのかという疑問に、漸く終止符を打てました。皆が本当に好きなんだ。そういうタイプのキャラクターが。いんやービックリ。やっぱり男の子の気持ちは、男の子にしか分かりませんね。


 興味津々になった私は、末弟に質問を重ねます。


「その一位の『お兄ちゃん』って、実際に妹がおる子は、その妹さんじゃあかんの?」


「それとこれとはまた別なんやって。もう全くの別。比べてはいけない」


「へえー!! つまりはそれって、その男の子には何らかの、理想形の妹というイメージがあって、それに沿った子に、叶うのであれば、お兄ちゃんと呼んで欲しいとっ!?」


ぁかってるじゃないかぁ!」


「マぁジかよ!? やっべえな!!」


 そしてそんな濃い話を、朝の教室でやってるなんてホント馬鹿!!


 女子に気持ち悪がられない方がおかしい!!


 てか触れんといてあげてるけど、お前のクラスの男子はオタクばっかなん!?


 然し、興奮する私とは対照的に、すっかり落ち込んでいた末弟は、肩を落として言いました。



「でも私はこの結果に……。絶望しましたよ」



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