リングワンダリング

田村らさ

1

――ヒソプをもって、わたしを清めてください、わたしは清くなるでしょう。

わたしを洗ってください、わたしは雪よりも白くなるでしょう。

(詩編 51: 7)






 デイヴィッドのパパは太陽みたいな人だ。いっぽう、ママは、雪女だった。前者は直喩だが、後者は隠喩ではない。事実だ。少なくともデイヴィッドはそう思っている。

 デイヴィッドがまだ二つのころ、ハワード家がたぶん三回目くらいに行ったピクニックのとき。記憶はほとんどもやもやとした霞の中だが、それはデイヴィッドの最も古い記憶のひとつだ。

 パパがトイレに行くというのでしばらくいなくなり、ママとデイヴィッドはビニールシートの上で二人きりになった。すると、ママが突然デザート用のタッパーからイチゴを取り出した。

「デイヴ。ちょっと見て」

 デイヴィッドは戸惑った。食事がすべて終わる前にデザートに手を出してはいけない、と教育されていたから、ママが突然食事の途中でそんなことをする理由がわからなかった。取り出したイチゴを手渡されて、デイヴィッドはそれを食べてもよいものかどうか悩んだ。

「新鮮な感じ?」

「うん」

 当然、それは摘み立てのイチゴではなかった。どこか別の州で採れたイチゴが、二歳のデイヴィッドには想像もつかないような大勢の人々の手を介して近所のスーパーマーケットに届いたものだ。それでも、遺伝子組み換えのイチゴは真っ赤で、みるからにみずみずしかった。

 ママの手のひらと同じくらい真っ白な布巾にイチゴが包まれた。ママがふっと息を吹きかけると、白い煙が立ち上った。デイヴィッドの目が驚きでまん丸くなる。歓声を上げる。

 イチゴを包んだ布巾を手渡される。川底の石みたいな、ひんやりとした感触が伝わった。開けていいのか? と目で窺う。ママはうなずいた。

 包みを解くと、イチゴには霜がついていた。ママは魔法使いなんだとデイヴィッドは思った。

「パパには言っちゃダメよ」

 デイヴィッドは必死にうなずく。ママがデイヴィッドの額を小突いて、こっそりと告げた。

「大きくなったらあなたにもこれができるようになるわ。わたしたちは普通の人間じゃないの。《冬の子供たち》なのよ」

 複雑な文章、聞きなれない言葉に幼いデイヴィッドははてなでいっぱいになる。どういうこと? それは何? いつものデイヴィッドなら質問攻めしたことだろう。でも、ママの背後にパパの影が見えた。だから口を閉ざした。パパの体は大きい。ママは何事もなかったかのようにパパにおかえりと言った。太陽を背負って立っているため逆光でパパの顔は見えない。トイレに行って帰ってきただけでおおげさだな、パパは大きな声で笑い、ママも笑う。デイヴィッドも笑う。

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