第223話 暁VS姫乃
返された一閃を、暁は『ノートゥングラム』の腹で払う。
姫乃の両腕が『
そのがら空きになった腹部に目がけて、暁は『ノートゥングラム』の刃を返し、反対側の峰を振るう。
しかし、姫乃は両腕を上に払われた勢いを利用し、そのまま上半身を仰け反らせ、剣を床に突き刺し支えとして、バク転の要領でそれを回避する。
一旦距離を離した二人は、互いに互いを見る。
操られている姫乃は勿論だが、暁も黙ったまま姫乃を見つめる。
漫画やドラマなどの創作物ならば必死に名前を呼び、正気を促すところだが、暁は姫乃の名前すら呼ばない。
むしろ、自ら一歩を踏み出し、間合いを詰めて斬りかかった。
頭上に大きく振り上げてから真っ直ぐ振り下ろす重量感のある一撃。
魔剣の形状が斧なだけに、まるで力任せに薪割りでもするかのような攻撃を、姫乃は無表情のまま剣の腹で受け止める。
そして、剣の腹を滑らせ勢いを殺し、自分に振り下ろされるはずだった魔剣の一撃を、床に突き刺させた。
「おっ……!?」
床の大理石を砕き、深々と突き刺さった刃を、引こうとした暁の手が一瞬止まる。
あまりに力任せに振り下ろされた一撃だっただけに、かなり深くまで刃が床に食い込んだようで、床から抜く際に妙な引っかかりがあったのだ。
そのほんの一瞬の隙を、姫乃は見逃さなかった。
波立つ純白ドレスの裾を翻し、ガーターストッキングに包まれた細い脚を暁の横顔目がけ振りぬく。
鞭のようにしなる蹴りを、暁は咄嗟に腕でガードする。
乾いた
腕が痺れるような痛みに暁は顔をしかめ、再び姫乃から距離を取った。
「あれぇ? 陛下? 何を遠慮してるんですか? そんな様子だとすぐに傷をつけられてアウトですよ?」
完全に観戦者となった緋彩が、外野から
しかし、暁はそんな緋彩の挑発に近い言葉も意に介さず、痺れる手で魔剣を握り直して姫乃に斬りかかる。
同じく姫乃も両手で剣を握り、暁に向かっていった。
※
もう何度刃を交わらせただろうか。
魔剣『ノートゥングラム』と『咎ノ剣』の刃がぶつかり合う音が幾度となく響き渡る。
暁と姫乃が斬り合いを始めて数分が経ったが、未だにどちらの刃も相手に届いていなかった。
しかし、形勢ははっきりとしている。
押しているのは、姫乃の方だった。
というのも、暁の太刀筋が明らかに精彩を欠いているのだ。
やはり操られている姫乃の身を案じてかどうかは定かではないが、自分自身もほんの少しでもその刃に斬りつけられれば死が待っているにも関わらず、あまりに短絡的で直線的な攻撃を繰り返していた。
そのため、放つ攻撃振るう一閃を悉く返されていた。
姫乃からの反撃を暁が避けることが出来ているからこそ、まだ暁は無事でいるが、それも時間の問題のように見えた。
(……結局は情に流されたか。所詮は『人』の器か……)
傍からその斬り合いを見ていた緋彩は、心底落胆していた。
斬り合いの最中にも、挑発的な言葉を繰り返したが、一向に踏ん切りも諦めもつけない暁に、緋彩はヤキモキするしかなかった。
そんな落胆してつまらなそうに見ている緋彩の前で、二人の斬り合いもついに終わりを迎えようとしていた。
「っっっ………!!」
幾度めかの鍔迫り合いの後、姫乃から離れた暁が手から魔剣を落とし、右腕を押さえて膝をつく。
見ると、押さえた右腕を赤い血が伝い、紅玉の雫が床に滴り落ちていた。
(ここまでか……)
「ぐっ……ぐわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
天井を仰ぎながら、暁が悲痛な雄叫びを上げる。
叫びながら前のめりに倒れ伏せると、しばらく痙攣を続け、ふとパタリと動かなくなった。
「……終わったか。魔王の最後にしてはあまりにあっけなかったな。まぁ、これも結果か」
緋彩は頭を掻きながら、不機嫌そうにぼやく。
しばらく何かを考え込んでいたが、溜息を一つ吐いて姫乃に指示を出した。
「一応、念のためだ。心臓と頭を潰しておけ」
緋彩の指示に、姫乃は眉一つ動かさず、黙って頷く。
そして、倒れて動かなくなった暁にゆっくりと近づくと、『咎の剣』を大きく振り上げた。
「!!?」
今までずっと無表情だった姫乃の表情が、初めて変わる。
眉も口も動いていないが、虚ろだった瞳は驚きで確かに大きく広がっていた。
姫乃を驚かせたのは他でもない。
ナノウイルスの毒で苦しみ悶えて倒れたはずの暁が立ち上がり、剣を振り上げた自分の腕を掴んで制しているではないか。
「なっ………!?」
姫乃に斬られ、終わったと思っていた矢先のことだっただけに、緋彩も驚きで言葉を失っていた。
そんな二人の反応を見て、暁はニヤリと笑みを浮かべる。
そして、暁はそのまま更に信じられない行動に出た。
「!!!??」
姫乃は、瞳どころか目そのものを大きくして驚く。
緋彩も口をポカーンと開け、目の前で起こっていることを正確に捉えることが出来なかった。
姫乃の剣を止めた暁が、そのまま姫乃の腕を掴み、自分の方に引き寄せたのだ。
引かれるまま、姫乃は暁と体を密着させる。
その時、密着したのは体だけではない。
暁と姫乃が、互いの唇と唇を密着させている。
端的に言えば、二人がキスをしている。
フリーズしていた緋彩の頭が、ようやく目の前の状況を整理し、何が起こったのかを理解した。
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