第218話 傀儡

 暁の『ノートゥングラム』の刃と緋彩の植物の刃が火花を散らしぶつかり合う。

 既に幾度かの競り合いの後、二人は再び距離を取った。


「ぬっ!?」


 後ろに下がった暁の背後から、赤い大剣が振り下ろされる。

 暁は体を捻ってそれを避けると、そのまま背後にいる吸血鬼に回し蹴りをする。

 暁の蹴りは血から形成した大剣を持った吸血鬼の首筋を捉え、その意識を刈り取った。


「うおっと…………!」


 崩れ落ちる吸血鬼の背後から、また別の吸血鬼が暁に向かって襲い掛かってくる。

 今度は二振りの短剣を持った吸血鬼だ。

 短剣はさっきの吸血鬼の大剣同様、血で形成されたもののようで、濃紅の刃が鈍く光を放っていた。


「しゃあっ!!」


「お? おおっ!?」


 吸血鬼が短剣を振り回しながら、徐々に間合いを詰めていく。

 暁は短剣の刃を体を捻りながら、紙一重で避ける。

 そして、一瞬の隙をついて、吸血鬼の鳩尾みぞおちに膝を入れた。


「がっ……!!? はっ……!!」


 的確に急所を突かれた吸血鬼は、肺にある空気を全部吐き出すかのような呻き声を上げ、膝から崩れ落ちる。

 しばらく痙攣していたかと思うと、そのまま全身を弛緩させて動かなくなった。


「すごいですね陛下。本当に貴方は吸血鬼みんなを殺さず止める気なんですね」


「当然。あんたは例外だけどねっ!!」


「おっと」


 暁は再び嘲る緋彩に向かって『ノートゥングラム』を振り下ろす。

 緋彩はそれを避けると、甲高い口笛を吹いた。

 すると、どこからともなく吸血鬼の集団が現れ、暁の周りを取り囲んだ。


「『操られている者は極力傷つけない』……本当に立派なことだ……しかし、それは貴方にとって足枷でしかない。逆を言えば……」


「ぐっ……!」


 暁に向かって、吸血鬼の一団が一気に押し寄せる。

 次々と襲い来る吸血鬼たちの攻撃に、流石の暁も防戦一方となっていた。


「俺にとってはこの上ないアドバンテージだ。まぁ、たっぷり利用させてもらいますよ」


 離れた位置から吸血鬼たちの攻撃を耐える暁を見て、緋彩はほくそ笑む。

 しかし、緋彩のその笑みはすぐに消え失せた。

 何故なら、手を出すことも出来ず、吸血鬼たちの攻撃を『ノートゥングラム』で防ぐことしか出来ない、明らかに不利な状況にいるはずの暁が自分と同じようにほくそ笑んでいるのが見えたからだ。


(笑っている……? この圧倒的に不利なこの状況で……? そうか!!)


 緋彩は、今の状況を楽しむあまり、自分が大きな失念をしていたことに気づいたのだ。

 暁はこの会場に来る前に、既に『種』のことを知っていた。

 気づくように仕向けたのは緋彩自身なのだから、当然と言えば当然である。

 だから、暁が『種』の役割を予想し、その対策を立てない訳がないのだ。


「なっ…………!?」


 緋彩が気づいた時には、既に遅かった。

 暁に向かって攻撃を仕掛けていた吸血鬼たちの動きがピタリと止まり、次々と気を失い倒れていく。

 それは、ここにいる吸血鬼たちだけではなかった。

 この会場、このホテル、このビルの敷地内にいる全ての操られている吸血鬼たちが意識を失っていた。


「ふー……ようやくか」


 吸血鬼たちが倒れ、暁はホッとしたかのように一息つく。


「結界内にいる操られている者の意識を奪う術さ。効果は見ての通り絶大……難点は準備に手間と時間がかかるのと、結界の内と外から術を発動する術者の存在が必要ってところだな」


「なるほど……外から術を発動させたのはあの降安の男新妻ですね。ここに現れないと思ったら外でコソコソそんなことをしていたわけだ。しかし、俺も気づきませんでしたよ。まさか俺と戦いながら、そんな術を発動させようとしていたなんて」


「へ? 僕は術なんて発動させてないよ」


「は?」


「確かに、外から術を発動させたのは新妻さんだけど……いくら僕でも戦いながらこんな高等術を発動させるなんて無理さ」


「何っ!? なら誰が……」


「いるのさ。僕なんか足元にも及ばない、とびっきり熟練の陰陽師がさ」


「『元』ですよ。今の私はただの執事です。まぁ、年を食っているのは否定しませんが」


 そう言って暁の背後に姿を現したのは、しゃれこうべ頭の灰魔館執事―――――ムクロだった。

 いつもの燕尾服姿に、年季の入った木の錫杖しゃくじょうを持ち、全身をカタカタ鳴らしていた。


「そちらの骸骨さんは陰陽師だったんですか……」


「はい。生前の話ですがね。あ、一応今も生きてはいますよ。デモニアとして」


 ムクロは錫杖で床を強く一突きする。

 すると、床に倒れていた吸血鬼たちやテーブルや椅子が凄まじい勢いで飛ばされ、ムクロの周りから邪魔な障害物がなくなった。


「さて……先ほどふらん様たちがおっしゃっていましたね。『暁様の相手は、私達の相手』……ならば主の相手は執事である私の相手でもあるということになりますな」


「…………」


「老体……どころか既に朽ち果てた身ですが、私もお相手しましょう」


「まさか……骸骨と戦う日が来るとはね……」


 緋彩は両手の植物の刃を再び擦り合わせる。

 それに対し、ムクロも手にしている錫杖を構えた。


「礼儀ですので、名乗らせていただきます。私の名はムクロ……人間だった頃は『蘆屋あしや 道満どうまん』と名乗っておりました。以後、お見知りおきを」


「なるほど……『道摩どうま法師』ね……それはまたとんでもない御方が出てきたもんだ……」


「いきます……!」


 呟きと共に、ムクロは緋彩に向かって駆け出す。

 緋彩は、それを迎え撃たんと刃を構えた。

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