第217話 交戦開始

 暁は手にした『ノートゥングラム』を大きく振りかざし、緋彩に向かって一直線に走り出す。

 走ったことで加速のついた刃は、風切り音と共に凄まじい勢いで緋彩の脳天に向かって振り下ろされる。

 しかし、黄金の刃が緋彩に届くことはなく、突然床を貫き伸びてきた太い樹木の枝に受け止められた。


「ぬっ……!? ふん!!」


 暁は魔剣を握っていた左手の上に右手を添える。

 両手持ちへと切り替え、暁はさらに両腕に力と全体重をかけた。

 すると、食い込んでいた刃が音を立てて枝を両断した。


「ほう……チタン合金よりも固い俺の植物を切り裂くとは……なかなかですね」


「当然!」


 暁は両手持ちのまま、振り下ろした魔剣の刃を反転させ、今度はアッパースイングの要領で振り上げた。

 緋彩はその攻撃を背後に跳んで、難なく避ける。

 避けると同時に、彼は次の一手を既にその両手に仕込んでいた。

 彼は両掌に仕込んでいた『種』に自分の血を吸わせ、発芽させる。

 緋彩の掌から発芽した植物はすぐに成長し、伸びた枝が彼の両腕を覆っていく。

 後ろに下がった緋彩が体勢を立て直す頃、彼の両腕は植物の枝で形成された鋭利な刃物と化していた。


「植物の刃……ってところか?」


「これでお互いに『剣』は取りましたね?」


 緋彩は威嚇するかのように両腕の植物の刃を擦り合わせる。

 擦れ合う植物の刃からは、植物とは思えない金属音と共に、火花が散った。


「暁っ!」


 背後でメルが叫ぶ。

 視線を緋彩から逸らさぬまま、暁は後ろにいる四人の少女たちに向かって叫んだ。


「姫ちゃんを探せ! この会場のどこかにいるはずだ!! いいかい? !!」


 暁の言葉に四人は顔を見合わせ頷き合うと、すぐに駆け出した。

 しかし、四人の足はすぐに止まる。

 彼女たちの行く手に、恐ろしく巨大な影が立ち塞がったからだ。


「亞咬さん!」


 ふらんの名を叫ぶ声にも何も反応を示さない。

 虚ろな、しかし氷のように冷たく、剃刀のように鋭利な目で亞咬が四人を阻む。

 亞咬の指先からは、既に大量の血糸が繰り出され、四人の周囲を覆おうとしていた。


「そう言えば姫乃の親父さんもいたんだったな……」


「『できる限り傷つけず無力化』……だったけ?」


 メルと神無は強大な魔力の圧に冷や汗を垂らす。

 ふらんとイヴも、肌身で感じられる明らかな力量差に息を飲んだ。


「で……できるかなぁ?」


「……計測される魔力量から予測数値を算出できるが?」


「いいよしなくて。計算しなくても、ろくな結果が出ないことくらいわかるからな。それより……行くぞ!」


 メルの言葉を合図に、四人は四方に分かれて駆け出す。

 少しでも、亞咬の注意を分散するのが目的の行動だった。

 駆け出すと同時に、四人はそれぞれ攻撃の姿勢を取る。

 メルは口に魔力を溜め、高熱線を放つ構えを。

 ふらんとイヴは、それぞれ腕を砲身に変形させた『魔光砲』の照準を亞咬に向ける。

 神無は三人の射線に入らないように、一歩離れた位置で構える。

 三人の同時発射と、さらにその後に神無の追撃。

 遠距離からの攻撃で怯ませ、近距離攻撃で確実に相手の動きを封じる。

 確実に相手を仕留める、隙を生じさせぬ二段構えの攻撃だ。

 ただ一つ、問題があるとするならば、亞咬のスピードが四人の予想より遥かに速かったことだ。


「なっ……!?」


 メルは自分の目を疑った。

 ただ一度、ほんの一瞬だけ瞬きをした。

 たったそれだけの間に、五メートル以上は離れていた間合いが一気に詰められ、メルの眼前に亞咬が立ち塞がっていた。


「ぐっ……くそっ!?」


 メルは咄嗟に口元に溜めていた魔力を一気に解き放つ。

 溜めが十分でないとはいえ、至近距離から放たれたメルの熱光線は亞咬の顔面を捉えた。

 否、捉えてはいない。

 メルの放った熱光線は、亞咬の眼前で放射状に分散し、あらぬ方向へと射んでいく。

 そして、熱光線は思わぬモノに直撃した。


「えっ!? きゃあっっ!!?」


「つっっ……!?」


「何っ……!?」


 弾かれた熱光線の射んだ先――――――その先には、ふらんとイヴの姿があった。

 二人が構える『魔光砲』の砲身の先を、反射したメルの熱光線が掠める。

 掠めたことで、砲身の先は亞咬から別の方向にいた神無の方に向けられた。


「しまっ……!!?」


「神無ちゃん避けてっ!!」


 ふらんが慌てて叫ぶ。

 既に発射手前まで準備が出来ていた二つの砲身から、翡翠色の光がそれぞれ放たれる。

 思いがけない方向からの攻撃に、神無は目を大きく見開いた。


「あっぶっ……!!」


 咄嗟に身を屈めた神無の頭上スレスレを、二つの光線が通過し、方や大理石の柱を貫き、方や整然と並べられたテーブルをいくつも蹴散らした。


(亞咬コイツ……狙ったのか!? 今のを!? 俺の攻撃を弾きつつ、ふらんとイヴの攻撃をも封じ、尚且つ神無に対する牽制も……『攻撃を弾く』というたった一動作ワンモーションでっ!?)


 再び亞咬から距離を取ったメルの背筋を、冷や汗が伝う。

 周囲に細く煌めく血糸を揺蕩わせながら、亞咬は虚ろな目でメルの方を見ていた。


「やっぱり……ろくな結果にならなかったみたいだな……」


 そう呟いたメルの口角が僅かに吊り上がる。

 この一回の交戦で分かった自分たちと亞咬とのあまりの力量差に、苦笑いを浮かべるしかなかったのだ。

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