第203話 私と君は違う
「凛々沢くん…………君の言う通りだ」
「………………」
「私は…………暁のことが好きだ。ずっと昔から…………」
「っっ………………!」
姫乃の言葉を聞いて、澪夢は拳を握り、苦々しく唇を噛み締める。
確信はしていたが、やはり直接本人の口から事実を聞くと違う。
より強い罪悪感に、澪夢は胸を痛めた。
「私が暁のことを愛していることは事実だ。しかし、事実はそれだけで、他のことは大きな誤解だ」
「…………どういう意味ですか?」
折角抑えた涙が再び零れ落ちそうになるのを堪えながら、澪夢は姫乃を見る。
姫乃はハンカチを取り出すと、澪夢の目の端に溜まった雫を拭き取ってやる。
まるで、姉が幼い妹にするかのような優しい手つきだった。
「私が君に協力したのは、純粋…………とは言い難いが、本当に君の恋が成就して欲しいと思ったからだ。そこに遠慮なんか微塵もない。だから、君がそんな罪悪感に苦しむ必要は全くないんだ」
「でもっ…………紅神さんはさっきはっきり言ったじゃないですかっ。逢真くんのことを愛してるって…………!」
「そうだ。だが、私は『女』として暁の傍でアイツを支えてやることができない。詳しくは話せないが、そういう宿命なんだ。だから、私は一人の『女』としてではなく、『
「…………紅神さん……」
「だから、私は君の後を押した。私ができない役目を誰かに任せたかった。それが、君だっただけのことだ」
「何で…………自分に?」
澪夢は小首を傾げる。
ハラリと垂れた横髪が、澪夢の大きな瞳にかかる。
姫乃は、涙を拭っていた手でそれを優しく払ってやった。
「当然、君が暁を好いてくれていることも理由だが…………一番の理由は、君が『魔王』の職務とは直接的な関係がない一般人…………いや、一般デモニアだからだ」
「どういう意味ですか?」
「ずっと…………長年アイツを近くで見続けてきて 感じるんだ。アイツには、職務として支える者だけじゃ足りない。『魔王』としての立場とは別に、一人の人間として支えることができる者も必要だって。純粋な愛だけで支える者の存在が…………」
「そんな…………それなら紅神さんだって…………!」
「私じゃダメなんだ。言っただろ? 私はそういう立場にない。それに、もう『魔王の配下』としてもアイツを支えることは叶わなくなった」
「えっ…………!?」
「辞めたんだ。『魔王の配下』を」
澪夢は驚きと衝撃で、口を開けたまま瞳を大きくした。
姫乃は寂しげな笑みを浮かべながら、手にしていたハンカチをポケットにしまう。
「辞めたって…………どうしてっ!?」
「成り行き上…………な。アイツとの不和もそれが原因だ」
「成り行き上って…………」
「私は『魔王の配下』を辞めたことを後悔していない。自分で決めたことだからな。ただ、一つだけ心残りだったのが、君のことだ。それも今日、話ができたから良かったよ」
「紅神さん…………」
「これからは私に遠慮せずに、どんどん暁にアプローチをかけてくれ。アイツはいつもは勘が鋭いくせに、恋愛沙汰となると極端に鈍くなるからな。苦労するだろうが、よろしく頼む」
苦笑いを浮かべ、姫乃は澪夢に背を向けるとその場から立ち去ろうとする。
澪夢は、慌てて立ち去ろうとする姫乃の腕を掴んだ。
「またそんな嘘をつくんですかっ!?」
「…………嘘なんかついてないさ」
澪夢は、指先に力を込める。
掴んだ腕を絶対に放すまいとする澪夢に、姫乃は一瞥もせず、背を向けたままだった。
「言ったじゃないですか! 『同じだからわかる』って…………自分は……紅神さんの気持ちに気づいた時…………『なんてことをしていたんだろう』って思うと同時に『嫌だな』って思っちゃったんですよ! 逢真くんが自分以外の人と結ばれることを嫉妬して…………悲しく…………辛くて…………なのに…………自分と同じくらい…………自分以上に逢真くんを想い続けていた貴女が、そう簡単に諦め切れるわけないじゃないですかっ!!」
「君と私は違うっ!!」
「…………!?」
姫乃の荒げた声に、澪夢は肩をビクつかせる。
しかし、その手は未だに姫乃の腕を放さず、しっかり掴んだままだ。
姫乃は澪夢に背を向けたまま、震える声を絞り出した。
「君は暁に結ばれる可能性があるっ! だけど私は違うっ!! ゼロだっ!! 絶対にっ!! 未来永劫あり得ないっ!! なのに…………わかっているのに期待してしまう…………! あり得ない未来を夢見てしまう…………!! さっきだってそうだっ!! 君が生徒会室のドアを叩いた時、『もしかして…………』と期待してしまった!! 何度も何度も自分に言い聞かせたのにっ! 何度も何度も何度も!! だけど…………ずっと……ずっと治まらないだ…………頭では納得したのに…………納得したはずなのに…………」
「紅神さん…………」
「頼むから…………もう…………諦めさせてくれ…………!」
初めて目にする姫乃の感情的な姿に、澪夢は言葉を失う。
姫乃の腕を掴んでいた指先からも、自然と力が抜けてしまった。
姫乃はようやく澪夢の手を振り払うと、足早に屋上を後にする。
姫乃が立ち去るほんの一瞬、澪夢は姫乃の横顔を垣間見た。
表情までは分からなかったが、その輪郭には確かに輝く涙の筋があった。
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