第172話 アルミラージの正体

「グルアアアアァァァァッッ!!!」


(来たっ……!)


 薙ぎ倒された木々を蹴散らし、アルミラージは姫乃の眼前に躍り出る。

 その瞬間、大量に出された姫乃の血糸が、アルミラージの全身に絡みつく。

 おびただしい数の血糸にまとわりつかれたアルミラージは、それらを振り払おうとさらに激しく暴れ出した。


「くっ…………!」


 あまりに激しい動きに、姫乃は体ごと血糸を引っ張られ、前のめりに倒れそうになる。

 突き出した木の根に足をかけ、何とか踏ん張ると、姫乃はさらに糸を指先から繰り出し、アルミラージの体を血糸で覆っていく。

 加えて、姫乃は周囲の木々にも糸を張り巡らせ、糸を固定し、束縛を強固にしていった。


「ガアアァァァァ!! ガルアアアァァァァァ!!!」


「クソッ……まだ動けるのか!?」


 ここまで体を縛っても、アルミラージの動きは止まらない。

 首を大きく振り回し、鋭利な角を振るうと、張り巡らされた血糸を次々断ち切っていく。

 姫乃は歯を食い縛ると、さらに糸を出し、今度はアルミラージの頭部を縛っていった。

 初めは首、その次に長い耳、そして最後は問題の角そのものを血糸で縛っていく。

 如何に鋭利な刃物も、動かせなければ、振るえなければ無力である。

 首の動きを封じられたアルミラージは、ようやく体の動きを止め、悔しげに咆哮した。

 アルミラージが吼える度に、全身にまとわりついた血糸が一本、また一本と音を立てて千切れていく。

 この拘束も、長く持ちそうにない。


「暁っ! 今だ!!」


 全身に力を込め、姫乃が森の中で叫ぶ。

 その声を聞いた暁は、木の影から飛び出し、アルミラージの巨体を素早く登っていく。

 頭部にまで登り詰めた暁は、ポケットからあるものを取り出す。

 二機のスマートフォンだ。

 一つは暁自身の。

 もう一つは先ほど姫乃から拝借したものである。

 アルミラージの首に両足を回し、落ちないように体を固定すると、両手にそれぞれ一機ずつ持ったスマートフォンを長い耳の中に突っ込む。

 その瞬間、体を激しく揺すっていたアルミラージが全身を強張らせ固まる。


「…………ごめんな」


 暁は一言謝罪の言葉を呟くと、アルミラージの耳に突っ込んだ二機のスマートフォンを操作する。

 次の瞬間、スマートフォンから規則的な電子音が大音量で鳴り響き、アルミラージの全身にこだました。


「ッッッッッッ!?!?!?」


 強張っていたアルミラージの体が激しく痙攣する。

 不規則な痙攣を繰り返し、口から泡を吹くと、その巨体は大量の土埃と共に前のめりに倒れてしまった。



 ※



「ふぃ~っ」


 一息つき、暁はアルミラージの体から下りる。

 両手には未だに二機のスマートフォンが鳴り続けていた。


「暁!」


「ああ、姫ちゃん。お疲れ様」


「コイツは…………」


「大丈夫。気絶してるだけだよ。じき


「元に……?」


 姫乃は傍で横たわる巨体に目を向ける。

 すると、大木のような巨体がみるみるうちに萎んでいく。

 そこには、小さな体を震わせる一匹の野うさぎが横たわっていた。


「これは……野うさぎ?」


「うん。でも、さっきのを見た通りただの野うさぎじゃない。魔核を持った野うさぎ、言うならば、『野生のデモニア』ってところか。『アルミラージ』はウサギが変化したデモニアで、長い一本角と発達した聴覚が特徴なんだ」


「発達した聴覚……だから電話の着信音か」


「そ。発達した聴覚は最大の武器であり、最大の弱点でもある。そもそもウサギって生き物自体が音に敏感だからね。特に自然界にない、人工的な高い音なんかは苦手なんだ」


「しかし、野生動物の体に魔核が発達するとは……」


「珍しいことではあるけどね。でも……古今東西の民話や伝説、お伽噺にも不思議な力を持った動物の話は出てくるだろ? それを考えればあり得ないとも言えないよ」


「それで、どうするんだコイツは?」


「うーん…………そうだねぇ………まず、どうしてコイツは襲いかかってきたのかねぇ?」


「うっ……それは…………」


「ん?」


 姫乃は視線を泳がせ、言葉を濁す。

 原因は明らかに自分だ。

 何せアルミラージの縄張りであると気付かずに森の奥に立ち入ってしまったのだから。

 その理由を姫乃から聞いた暁は、不思議そうに首を傾げた。


「珍しいね。姫ちゃんがそういうのを見落とすなんて」


「すまない……今回は完全に私の落ち度だ。アルミラージコイツにも悪いことをした」


 姫乃は眉尻を下げて項垂れる。

 そんな殊更落ち込んだ様子を見せる姫乃に、暁は肩を叩いて励ます。


「ま、この一帯には後で結界を張ろう。そうすれば人が間違って縄張りに立ち入ることもないし、アルミラージコイツも静かに暮らせるでしょ」


「…………そうだな……そうしよう……」


「ところで……なんで姫ちゃんはこんな森の中に一人でいたの?」


「えっ!? そっ……それは…………」


 姫乃は視線を逸らし、言葉を詰まらせる。

 色んなゴタゴタで忘れていたが、先ほどの暁と澪夢の姿をまた思い出してしまった。

 慌てて姫乃は顔を背ける。

 思い出したら、また目元に涙が滲んできてしまった。

 突然顔を背けた姫乃に、暁はキョトンとした顔をする。

 姫乃の態度を不思議に思った暁が、顔を覗き込もうと、傍に近づいたその時だった。


「えっ……なん……うわああぁっっ!?」


「えぇっ……あ……きゃああぁぁぁっっ!?」


 二人の立っていた地面が微かに揺れたかと思うと、急に崩れ始める。

 突然のことに動揺した二人は、崩落する地面と共に、為す術なく深い地の底に落ちていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る