第170話 夜闇の攻防
「っ…………!? 今のは…………?」
森中に響いた轟音に、暁の霞がかった思考が一気に晴れる。
澪夢の肩を掴み引き剥がすと、直ぐ様音のする方を見た。
突然引き剥がされた澪夢は、惚けたように暁を見つめるが、すぐに暁同様周囲の異変に気づき表情を変える。
「逢真くん…………?」
「この魔力の気配は…………」
常闇の空を、けたたましい羽音と共に、眠りから無理矢理起こされた野鳥たちが激しく飛び交う。
その下に二つの魔力の気配を感じた暁は、眉をひそめた。
一つは全く知らない、初めて感じる魔力の気配だ。
荒々しく、理性を感じさせない、野性的で危険な魔力の気配。
もう一つは暁もよく知る、いつも身近に感じていた魔力の気配だった。
「姫ちゃん…………!」
それを察知した瞬間、条件反射に近い速さで、暁はその場を駆け出していた。
背を向け走り出した暁に、澪夢は叫ぶ。
澪夢もまた、刺すような危険な気配を肌で感じ取っていた。
「逢真くんっ!?」
「凛々沢くんはみんなのところに戻るんだ! そして、すぐにこのことを伝えてくれ!!」
「でっ……でも…………!」
「頼んだよっ!!」
澪夢の了承の返答も聞かず、暁は草木を掻き分け茂みの奥、魔力の発せられている場所を目指す。
生い茂った枝葉が、暁の剥き出しの腕や足を引っ掻き叩く。
しかし、暁はそんなことに構いもせず、森の中を走った。
一刻も早く、その場所にいるであろう姫乃の下に向かって走った。
※
「はぁっ……はぁ……クソッ!」
再び雲が夜空を覆う中、姫乃は一人、狂暴な『影』と対峙していた。
姫乃は悪態をつくと、深く息を吸って荒くなった呼吸を整える。
その背後で、巨大な『影』が姫乃を見下ろすように立ち塞がる。
『影』は鋭い牙を火打ち石のように打ち鳴らし、長く発達した耳を震わせた。
「ハアッ!!」
姫乃は振り向き様、背後の『影』に向かって指先から伸ばした血の糸を放つ。
姫乃の指先から伸びた幾つもの血糸が一つに束ねられ、一本の太く、頑丈な糸を作り出す。
編み込まれた血糸は『影』の丸太のような首に巻きつくと、ギリギリと音を立てて絞めつけた。
「アグゥッ……グルルルゥゥ…………」
「ちぃっ…………!」
首を絞められているというのに、『影』は全く意に介さず姫乃を睨みつける。
姫乃も負けじと『影』を睨み返すと、両足に力を込めて高く宙に飛び上がった。
宙に上がった姫乃は『影』の頭上を飛び越えると、一本の木の枝に乗る。
自分が飛び乗ってもビクともしないほど丈夫な枝の上から『影』を見下ろした姫乃は、手にした血糸を握り直すと、そこから地面に向かって飛び降りた。
「これならどうだっ!!」
姫乃の全体重が糸を伝い、『影』の首を絞め上げる。
今まで以上に絞まる血糸に、『影』も流石に苦し気な唸り声を上げた。
「グゥ……ググゥ…………」
(このまま絞め落とす!)
姫乃は足場にしていた枝を軸に宙ぶらりんの状態で、足を持ち上げる。
そして、足を勢いよく下ろすと同時に、全身を使って糸を引っ張った。
糸が悲鳴を上げて、ピンと張り詰める。
『影』は、顎を上げさらに苦し気に吼えた。
「アヴゥゥゥッッッ!! ガアアァァァァ!!!」
『影』の反応と確かな手応えに、姫乃はもう一度足を持ち上げ、勢いをつけて振り下ろす。
再び血糸に、姫乃の全体重が乗った瞬間だった。
パァァンッッッ!!
何かが弾けるような音が、森の中に響き渡る。
それと同時に、宙ぶらりんだった姫乃の体は、重力に引かれるまま地面に落下した。
「何っ!?」
姫乃は驚きながらも、無事地面に着地する。
何かが弾けたような音の正体は、姫乃の血糸が千切れた音だった。
しかし、魔力が練られた血の糸がそう簡単に千切れるはずがなく、姫乃自身も何が起こったのか初めはわからなかった。
「あれは……まさか……!」
自分の血糸が千切れたと姫乃が理解したのは、『影』の額から伸びる長い一本角の先に、千切れた血糸の残糸を見つけたからだった。
そして、すぐにまたもう一つのことを理解する。
血糸は
あの、鋭利な角に
「グアアアアアアァァァァッッッッ!!!!」
「しまっ…………!?」
呆然としていた姫乃が、ハッとして我に帰る。
しかし、その時には既に巨大な『影』が目の前に立ちはだかり、暴威の
「くっ…………!」
豪腕が振り下ろされる刹那、姫乃の指先は千切れた血糸の残糸を編み込み、小さな正方形の壁を作り上げていた。
咄嗟のことで、攻撃を防ぎ切るほどの強度を持たせることは出来なかったが、攻撃の軌道を逸らすには十分だった。
「ぐっ………はぁっ!!」
攻撃を受け止めた血の壁はズタズタに引き裂かれ、姫乃も体勢を崩し、後退する。
しかし、放たれた『影』の岩より重い一撃は、姫乃に当たることはなく、地面に新たな
「グアアアアアアァァァァ!!」
「ぐぅっ……!」
体勢を崩した姫乃に向かって、間髪入れずにもう片方の腕が繰り出される。
今度は防御が間に合わない。
姫乃は両腕で守りを固め、訪れるであろう衝撃に備えた。
「グガアアアアアァァァァァァ!!!!」
「はっ…………!?」
突如、一筋の閃光が『影』の片眼を掠める。
訪れるはずだった痛みに代わり、自分を救った閃光の先に、姫乃は視線を向けた。
「暁っ……!」
「姫ちゃん大丈夫!?」
再び空が晴れ、雲間から月の光が射し込み、視線の先の人物を照らし出す。
左腕に装着した『アルマ・リング』の魔石を輝かせ、僅かに息を切らした暁がそこに立っていた。
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