第155話 買い物だ
「「おっ……おお~」」
姫乃と澪夢は思わず感嘆の声を上げる。
所狭しと並べられた色彩豊かな数多の水着に、二人は圧倒されていた。
そんな二人の背後で、この店を紹介した栄子は得意気な顔をしている。
「どう? この時期にここまで品揃えのいい店は他にはないよ」
「本当に……凄いですね……」
「確かに凄いが……何でこの店を私たちに?」
訳も分からず連れてこられた姫乃と澪夢は、栄子に首を傾げる。
栄子は指をチッチッチと鳴らしてため息をついた。
「分からない? 二人はかなりの
「ステータス? レベル?」
「多分ゲームの話だ。栄子はそういうのが大好きだし…………」
「そこで! 二人にはここで最高の装備を身に付けて、相手に差をつける! 自分を『磨き』上げるの!!」
「おっ……おお~!」
「だから私は別にいいんだって…………」
いやに燃え上がる栄子に、それに徐々に同調し始める澪夢。
ただ一人、姫乃だけは二人の熱に置いていかれていた。
「しかし何で水着なんだ? 自分磨きなら普通にお洒落な服を着ればいいんじゃないか?」
「そりゃあ今は夏だし、インパクトがあって丁度いいでしょ。それに二人の
「あうっ…………」
「だからそんな目で見るな!!」
再び嘗めるような視線を向ける栄子に、姫乃は怒鳴る。
恥ずかしさのあまり、姫乃の後ろに隠れた。
「でっ……でも茂部さんの言う通り、女性の水着姿って男性にとっては魅力的だと思います」
「でしょ? だから、二人とも早速装備を整えよう。さあさあさあ」
「ちょっ…………だから私はいいんだって! そんな無理矢理押すな…………!」
澪夢の同意を受けて気を良くした栄子は、二人の背を強引に押して店内に誘う。
二人は栄子に押されるまま店内の奥に進んでいった。
※
(水着か…………苦手なんだよな…………)
姫乃は陰鬱な表情で並べられた水着たちを見る。
元々日光に弱いということもあり、日の下に肌を晒すことになる水着を姫乃は快く思っていなかった。
しかし、それ以上に姫乃が水着を苦手としているのには理由がある。
その原因である必要以上に豊かに育った自分の胸を見て、姫乃は大きなため息をついた。
姫乃も何やかんやいってもまだ年頃の女の子だ。
可愛らしいものを着たい、身につけたいという想いはある。
しかし、育ちに育った自分の体型がそれを許してくれない。
特に水着は、出来るだけ肌を晒さないモノを。
なおかつ可愛らしくお洒落なモノをと求めれば、自ずと選択肢が狭まれてくる。
加えて、未だに育ち続ける胸のせいで気に入ったモノを見つけてもすぐに着れなくなってしまうのだ。
(でも…………折角来たんだしな……)
さっき栄子に色々言いはしたが、たくさん並べられた水着を見ているうちに姫乃の心の中にも徐々に購買意欲が芽生え始める。
何気なく目についた水着を一つ手に取ると、姫乃は服の上から自分の体にあてがった。
手にしたのは、ワンピースタイプの水着だった。
紺の玉模様で、大きめのバックリボンとフリルスカートが目を惹く大人しめながらも可愛いらしいデザインだ。
一見すると水着ではなく、普通のワンピースにも見えるデザインが姫乃の苦手意識を薄れさせる。
水着を体に当てていると、姫乃の頭の中には自然と暁のことが浮かんできた。
(結構いいな…………これ。暁に見せたら、何て言うかな?)
「今、逢真くんに見せたらどう思うかなって思ってるでしょ?」
「うわあぁぁっっ!!?」
背後から心を見透かされ、姫乃は悲鳴を上げる。
忙しなく音打つ胸元を押さえながら、姫乃はニヤニヤとした顔で自分を見る栄子を睨み付けた。
「栄子っ!!」
「あ、姫乃ちゃんも可愛い水着選んだね。凛々沢さんの方もバッチリだよ」
「え?」
姫乃の怒り顔にも動じず、栄子は満足気な笑顔を見せる。
その栄子の背後で顔を真っ赤にした澪夢がいる。
胸元には、店の包みが大事そうに抱き締められていた。
「澪夢くん……どうしたんだ? 顔色が…………」
「何でもないです! 全然大丈夫です! 大丈夫です!!」
「おっ……おう」
何故か落ち着かない様子の澪夢に、姫乃は訝しげな顔をする。
姫乃は、恐らく原因であろう栄子を横目で見た。
姫乃の視線に気づいた栄子は、ニヤリと意味深な笑みを浮かべた。
「凛々沢さんが『どんな水着を選べばいいか分からない』って言うから、私が
「襲いっ…………!!?」
姫乃は再び澪夢の方を見る。
余程凄い水着を買ったのだろう。
栄子の言葉に澪夢の頭から湯気が上がっていた。
「お前どんな水着を選んだんだ!!?」
「えー普通に可愛いヤツだよ?」
「『普通』ならあんな反応をしないだろ!」
「男の子を虜にするなら、あれくらいは普通だよぅ」
「虜って……お前ら澪夢くんに何をさせる気だ!?」
やいのやいのと言い合いをする姫乃と栄子に挟まれ、澪夢は顔を赤くしたまま困った顔をする。
澪夢は言い合いする二人の間に、慌てて割って入った。
「たっ……頼んだのは自分何です! だから、茂部さんは悪くないんです! それに…………」
「澪夢くん…………」
「それに……これで少しだけ……ほんのちょっとだけでも逢真くんが自分のことを意識してくれるなら…………」
「…………」
姫乃は引っ張っていた栄子の頬から手を離す。
さっきまでの頬の羞恥の赤みとは違う、ほんのりと温かさを感じさせる赤みで頬を染めた澪夢を見て、姫乃は何も言えなくなる。
それと同時に、姫乃は胸にチクリと鈍く痛みが走るのを感じた。
その傍らで痛む頬を擦っていた栄子が、痛みから立ち直ると澪夢の肩に手を置いた。
「ね、こんな健気なこと言う子の為にも何かしてあげたいって思うのが人情ってものでしょ?」
「それは…………」
「それに、次は姫乃ちゃんの協力が必要不可欠なんだから。ご理解のほどよろしくお願いしますよ」
「は? 協力?」
「そそ。
まだ何か考えがあるのか、栄子は変わらず楽しそうにしている。
それに引き換え、澪夢は何か決心したような思い詰めた顔をしていた。
そんな二人の様子を見て、姫乃の想いは益々複雑に絡まっていくのだった。
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