第130話 平穏は破られた

「!? みんな伏せろ!!」


 遅れながらも、いの一番に気づいた暁が大声で叫ぶ。

 割れた窓ガラスが雨粒のように輝き、四人に光の雨を降らせる中、ガラスのつぶてをその身に受けながら、一つの大きな影が研究室に降り立つ。

 身を伏せていた四人は体についたスパンコールのようなガラス片を落としながら顔を上げ、闖入ちんにゅう者の姿を見る。

 着地と同時に片膝をついていた闖入者は、光沢のある水色の髪をかき上げ、同様に光沢のある水色のボディスーツについたガラス片を払い立ち上がる。

 立ち上がると同時に、豊満な胸が大きく揺れる。

 その瞬間、暁は短く声を上げたが、庇うために胸元に引き寄せたカイルの視線を感じ、すぐに咳払いをして誤魔化した。

 目を惹いたのは、豊かな胸だけではない。

 モデルのような八頭身、胸と同じく大きく突き出たヒップと、それらに反するように細く括れたウエスト。

 両目を覆うゴーグル型デバイスで目元は分からないが、その他の顔のパーツから整った顔立ちであることは臆断出来る。

 成熟した美しい大人の女性。

 それが四人の抱いた闖入者に対する印象だった。

 しかし、四人の視線は女性のグラマーなスタイルではなく、別のところに向いていた。

 その視線に気づかないまま、女性は艶のある唇を開いた。


「平賀源内だな…………ですね」


「え? 私?」


 源内は驚きながら自分を指差す。

 暁たち三人が視線で源内に問いかける。

「先生の知り合い?」と。

 勿論、女性と初対面の源内は首を横に振った。

 女性は構わず話を続ける。


「貴様に問う……ます。貴様の開発した人造人間ホムンクルスはどこだ……ですか?」


「人造人間?」


「え……私……ですか?」


 今度はふらんが自分を指差す。

 女性もふらんの方に首を回して顔を向ける。

 人形のような無機質な動きに、異様な不気味さを一同は感じた。

 女性はしばらくふらんを見続けていたかと思うと、おもむろに近づいていき、右手をふらんの前に差し出した。

 女性は握手を求めているようだった。

 ふらんは訳も分からないまま、差し出された右手に対して、反射的に自分の右手を差し出す。

 ふらんが、女性の綺麗な指先に触れようとした次の瞬間、突然女性の手首から先が液体のように溶け、鋭い片刃エッジに変形した。


「へ…………」


 ふらんが気づいた時には、既に刃は振り上げられ、ふらんの脳天から股下まで両断出来る勢いで振り下ろされていた。

 ふらんは咄嗟に両腕を交差し、両目を瞑り、来るであろう刃の衝撃に備えた。


「………………?」


 刃は、痛みは一向に訪れない。

 ふらんは恐る恐る両目を開く。

 ふらんの眼前に飛び込んできたのは、細かく震える刃と、それを止める赤い籠手ガントレットに覆われた腕だった。


「早速役に立ったな……新型『アルマ・リング』」


「暁ちゃん!」


 ふらんは、どこか嬉しそうに頬を赤らめ暁を見る。

 暁の方は、奥歯を噛み締め、押し負けそうになる左腕を必死に堪えていた。


(この力……! 人間のモノじゃない! この人はっ…………!!)


「はぁっ……ああああああああっ!!」


 暁は右手を左腕に添えると、上半身のバネを全て使って刃を押し返す。

 押し返された刃は大きく弾かれ、女性の体勢を後ろに反らさせた。


「邪魔をしないで……です!」


 女性は大きく反らせた上半身をゆっくり立て直すと、立ち上がる勢いと共に再び刃を振るう。

 部屋の中に、甲高い金属音が響く。

 暁は『アルマ・リング』で覆われた左腕を盾にし、再び刃を受け止めた。


「なんか最近多いんだよね……お姉さんみたいないきなり襲い掛かってくる系の人……がっ!!」


 今度は片足を前に出し、踏ん張りをつけ全身で刃を押し返す。

 女性は押されるまま、飛び散ったガラスを磨り潰しながら後ろに数歩分下がる。

 押し負けた女性は、さらに後ろに下がって暁から距離を取った。

 脇を締めるような姿勢で腕の刃を構え、暁をジッと見る。

 女性の着けるゴーグル型デバイスのレンズの奥で、しぼりが何度も開閉した。


「誰だ……ですか? お前は」


「初めまして、僕は逢真 暁。この第七区で魔王をしている者だ」


「マオウ……………オウマ…………マオウ……」


 女性は何度か言葉を反芻したかと思うと、急に首を下げ、押し黙る。

 マネキンのように不動で固まった女性に、一同は首を傾げるしかなかった。


「認証完了。対象を『灰色の魔王』、『逢真 暁』と確認。登録データ修正、再登録…………完了」


「暁ちゃん……この女性ひと…………」


「ああ」


 暁は『アルマ・リング』を構えたまま、女性を見据える。

 女性は一頻り何かを呟き終えると、再び顔を上げた。


「逢真 暁、なぜ邪魔をする…………ですか?」


「なぜも何も、彼女は僕の大切な臣下だからね。いきなりそんなもので襲われてたら、そりゃあ庇うよ」


「………………」


「さて…………お姉さんが何者で、何で源内先生を知っているのか。なぜふらんを襲うのか…………色々聞きたいことはあるけど、一つだけいいかい?」


「?」


「ずっと……多分…………ていうか絶対他のみんなも気になってたと思うけど………………痛くない? それ」


「…………それ?」


 暁は女性の頭上を指差す。

 他の三人も暁の指差す先を見て、同意するように何度も頷く。

 女性は暁に指差されるまま、自分の頭上に手をやった。

 指先に触れたのは、ツルツルとした滑らかな感触。

 その中に所々ざらついた部分があるのを感じながら、女性は壁にあった姿見で自分の姿を確認した。

 脳天から突き出た人間の手のひらよりも大きなガラス片。

 この場合は、ではなくと言った方が正しいだろう。

 おそらく部屋に飛び込んできた時に刺さったであろうそれをまじまじと見つめ、女性は首を傾げた。


「あのー…………大丈夫?」


 暁の心配そうな声に、再び女性は暁の方に顔を向けた。


「…………このような装備を追加したという記録ログはない……です」


「でしょうね」


 女性の返答を聞いて、全員が「あ、大丈夫そうだ」と安心したのは言うまでもない。

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