第十一章 ホムンクルスⅡ

第129話 平穏

「どうですか? 動かしにくいとかないですか?」


「うーん…………」


 鮮やかな赤色の籠手ガントレットを左腕につけた暁は、カイルに促されるまま、手首や指先の動作を確認する。

 硬質ながら布のように自在に可動する籠手に、不自由さは全く感じられない。

 暁は満足げにカイルに向かって頷く。


「凄いな、『アルマ・リングVer.2』。可動範囲もそうだけど、重さもほとんど感じないや」


「『霊鋼ミスリル』と『アダマン鉄鋼メタル』の合金です。軽さだけじゃなく、硬度もかなりのものですよ。銃弾だって弾き返せます」


「そりゃあ大したもんだ」


 暁は籠手に覆われた拳を握る。

 すると、籠手は細やかな粒子となって手首に集まり、赤く艶のある腕輪ブレスレットへと変化した。


「しかし、『天才』の名は伊達じゃないな。『アルマ・リング』の出力強化だけじゃなく、こんな形態変化機構まで追加するなんて」


「ボクの『公爵夫人マウルタッシュ』の変化機構を流用しただけです。それに、元になった人工魔核とナノテクノロジーの合成理論は源内先生が既に導き出していたので、ボクはそれに当て嵌めて組み立てただけです」


「それは、君が私の机上の空論妄想を実現してくれたから言えることだ。私では、考えつきはしても実現出来ずに半ば諦めてた理論だったからね」


「暁ちゃん、お待たせ」


「お、定期検査そっちも終わったかい?」


 暁とカイルは、部屋に入ってきたふらんと源内を迎える。

 今日はふらんの定期検査の日である。

 そのため、暁とふらんの二人は源内のラボを訪れていた。

 ふらんが定期検査を受けている間、暁は改良された『アルマ・リング』の説明をカイルから受けていたというわけである。

 『星痕騎士団』との一件の後、カイルは源内のラボで生活していた。

 この生活が始まったのは、元々『魔女工芸品ウィッチ・クラフト』を作ることが得意だったカイルが、源内の研究にえらく興味を示したことがきっかけだった。

 自分の研究に興味津々のカイルに、それならばと源内が助手として雇うこと(年齢的に勿論、正式というわけではないが)を提案し、カイルがそれを是非にと了承したことで今の生活に落ち着いた。

 ラボでの暮らしが始まってから、カイルの表情は日増しに生き生きとしていっていた。

 あれだけの一件の後で、どうなるかと心配していた暁もカイルの様子に安堵し、提案してくれた源内に大変感謝していた。


「こんな優秀な助手が出来て、先生も鼻が高いでしょ?」


「そうだねぇ。優秀過ぎて、むしろ私の出る幕がなくならないか心配なくらいだよ」


 源内は嬉しそうな笑みを浮かべる。

 源内としても、第七区のデモニアたちの体調管理を一手に引き受ける魔王直属医師として、助手が出来たことは大変助かることだった。

 それが、自分を越える才能の持ち主なのだから尚更である。

 それに…………。


「しかもガチ幼女なんて最高じゃない」


「先生、少しはオブラートに包もうか」


「ガチ…………って何ですか?」


「カイルちゃんは知らないでいいことだよ」


 ロリコンの源内からしたら、好みど直球の女の子との同棲である。

 それ以上の喜びはなかった。


「毎日毎日愛するツルペタ幼女を眺めることが出来るなんて…………もうまっさかホンマたまらんぜよ」


「興奮し過ぎてどこの方言か分からなくなってる…………」

 

「先生、流石に魔王でも庇い切れないレベルがあるから気をつけてよ」


「安心して。鋼の自制心でまだお風呂の残り湯を舐めるだけに留めているわ!」


「欲望全開ですね」


 ドン引きするふらんと頬を掻く暁に、源内は自信満々にサムズアップをする。

 ただ一人、意味の分かっていないカイルがキョトンとした顔をしていた。


「暁ちゃん、本当に大丈夫なの? このままだと先生いつか本当に間違いを犯すんじゃ…………」


「まあ、先生ほどの変態ひとがお風呂の残り湯で我慢出来てるってことは確かに凄いことなのかも……。本来ならもっとひどいことしててもおかしくない…………」


「カイルちゃん、何かあったらすぐに私たちに相談してね?」


「え…………は、はぁ…………」


「うーん…………何とも身に余る信頼を寄せられてるようで嬉しいよ」


 カラカラと渇いた笑いをする源内に、二人(というか、ふらん)は訝しげな顔をする。

 微妙な表情を向けられる源内に、意味は分からずとも空気を読んだカイルは慌ててフォローをする。


「で、でも先生はボクに本当によくしてくれてますよ! それに見てくださいこの人工魔核を。ここまで純度の高い魔力を生み出す人工魔核は見たことがありません。これほどのモノを作り出せる人の助手が出来るなんて、ボクは幸せ者ですよ」


「本当にいい子だね、君は」


 必死にフォローをするカイルの頭を暁は撫でる。

 カイルは恥ずかしそうに頭を両手で押さえた。


「私もそこまで尊敬されると悪い気はしないね。でも、残念だけどこの人工魔核の設計は一人でしたわけじゃないんだ」


「え? そうなんですか?」


 カイルは驚いた様子で源内を見る。

 暁とふらんの二人も初耳の事で驚いたような顔をしていた。


「ずーーーっと昔にね。一緒に研究をしてた奴がいたんだけど、人工魔核…………ていうか今の私のデモニアの生体研究はほとんどソイツと一緒に作り上げたものなんだ」


「つまり…………その人が先生の最初の助手ってこと?」


「助手というか相棒だね。まぁ、とうの昔に喧嘩別れしちゃったけどね」


「喧嘩別れ? 何かあったんですか?」


 暁の問いかけに、源内はこめかみを押さえながら唸る。


「何かあったってほどじゃないさ。よくある意見の相違? 研究思想の違いだよ」


「はぁ…………」


「ま、研究者なんて私も含め我の強い連中ばかりだからな。珍しいことじゃないさ」


 そうは言いながらも、寂しげな表情をする源内を見て、三人は聞いちゃいけなかったかと少し反省した。

 そんな源内の淋しい過去に気を取られていたからだろうか。

 窓の外から飛来してくる物体に対し、その場にいる全員の反応が遅れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る