第127話 一週間後……

「うーん…………骨、筋肉、血管、神経…………どれを見ても傷一つない。本当に切断した後にくっつけたのか?」


 源内は疑わしげな目で、レントゲン図を見る。

 同じようにレントゲン図を眺めていた暁も左腕を何度も確かめるように動かして見せた。


「自分でも信じられないよ。あれからしばらく経ったけど、何の不調もない。むしろよく動くようになったと感じるくらいなんだ」


「とんでもないな、その『聖母マザー』とかいう奴は」


「ああ、最早神の御業だ。改めて世界の広さを知ったよ」


 『星痕騎士団』との一件から一週間経ったある日の午後。

 暁は源内のラボを訪れていた。

 というのも、レナスとの戦闘で使った回復薬の影響、切断され『聖母』によって治療された左腕の経過観察を行うためにやって来たのだ。

 そして…………。


「それで先生、あのは?」


 暁は手にしたレントゲン図を源内に返しながら、尋ねる。

 レントゲン図を受け取る源内の表情は明るくない。

 その表情を見ただけで、おおよその見当はついた。


「無理もないだろ。仲間に裏切られた上に意図せずその仲間の命を奪っていたんだからな。十二歳の子供が背負うにはあまりに重い」


「…………だね。でも、んだ。なら、向き合うしかない」


 そう言うと、暁は丸椅子から立ち上がり、診察室を出る。

 向かうのは、廊下の突き当たりにある部屋だ。

 普段は源内の寝室となっているが、今は違う。

 そこに、カイル・リデルがいた。

 『星痕騎士団』が去った後、カイルは糸の切れた人形のように倒れた。

 元々衰弱していたところに、さらに身体的・心理的負荷がかかったのだから無理からぬ話だった。

 暁たちは急いでカイルを源内のラボに運び、回復を待った。

 そして、そのカイルがようやく目覚めたという話を聞き、ラボを訪れたのだが…………。

 暁は寝室のドアの前に立つと、静かにノックをする。

 すると、ゆっくりと開いたドアから、姫乃が顔を出した。


「具合はどうだった?」


「僕の方は何も。それよりも…………」


 暁は姫乃の頭越しに、部屋の中を覗き見る。

 丁度、部屋の中にあるベッドと、そこに枕を背もたれにして座るカイルの姿が見えた。

 思いの外、顔色はいい。

 しかし、その目には生気の光が全く感じられなかった。

 暁はため息をつくと、部屋に足を踏み入れた。

 暁が部屋に立ち入ると、中にいた神無、ふらん、メルのいつもの面々が暁の方を見る。

 ただ一人、カイルだけが視線を落としたままだった。


「暁ちゃん…………」


「うん。悪いけど、カイルちゃんと二人きりにしてくれないか?」


 暁の言葉に少女たちは一度視線を合わせると、素直に部屋を後にする。

 姫乃が、静かにドアを閉める音を最後に、寝室には暁とカイルの二人きりになった。

 暁は、椅子をベッド側に寄せるとそこに腰かける。

 そこでようやく、カイルの目が暁の方に向いた。


「よくよく考えればこうやってゆっくり面と向かって話すのは初めてだね。改めて自己紹介しよう、僕は逢真 暁。この王都・第七区の魔王をしてる」


「魔王…………様……」


 カイルの力のない呟きに、暁は頷く。

 すると、カイルは突然暁の方に向き直ると、深々と頭を下げた。


「なんだい急に?」


「お礼を……まだ言えていませんでした。ありがとうございました…………そして、すいませんでした」


「すいません?」


 カイルは深く下げていた頭を上げる。

 改めて、暁は真正面からカイルの顔を見た。

 白く、僅かに痩せこけた頬。

 そして、やはりその瞳に光はなかった。


「突然現れて、魔王様に……皆さんにご迷惑をお掛けして…………本当にすいませんでした」


「別に誰も迷惑だなんて思ってないさ。僕も、他のみんなも自分の役目だと思うことを全うした。その結果、君が無事だった。僕たちはそれで満足してるよ」


「…………して…………」


「ん?」


 か細い呟きに、暁は耳を傾ける。

 カイルは唇を強く噛んで、口をつぐんだ。

 恐らく、暁たちの前では言うまいとしていた言葉が漏れてしまったのだろう。

 カイルの幼さを考えれば、無理もない。

 むしろ、よく堪えている方だろう。

 それを感じ取った暁も、困ったように頭を掻いた。


「何だか気を遣わせたみたいだね。無理しなくてもいいんだよ。むしろ、僕は今日そのためにラボここに来たんだから。それと…………」


 暁の視線が、カイルから外れベッドの方に向く。

 暁の視線は、ベッドの掛け布団の下。

 その下に隠されたあるものに向けられていた。


「どこに隠し持っていたのか知らないけど、何に使うつもりだったんだいを?」


「えっ…………!?」


 カイルは驚いたような顔をして暁を見る。

 暁は立ち上がると、素早く掛け布団を剥ぎ取る。

 掛け布団が取り払われる衝撃で、その下に隠されていたものが床に転がり落ちた。

 恐らく、目が覚めてから隙を見てくすねたのだろう。

 床に落ちたのは、一本の果物ナイフだった。

 しかし、そのナイフは普通のものと何かが違った。

 刃が、紙細工のようにクシャクシャにねじ曲げられているのだ。

 そのナイフを見た暁も、眉を寄せた。


「これはっ…………!?」


 ナイフを拾い、カイルの方を見る。

 布団を剥ぎ取られ、一人ベッドに取り残されたカイルは再び顔を伏せた。

 伏せた顔から、雫がいくつも零れ落ちる。

 白いベッドシーツに小さな染みがいくつも滲んだ。

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