第126話 聖母
河川敷にいる面々を見下ろすかのように一人の少年がそこにはいた。
まだ年端もゆかぬその幼顔に、その場にいた全員がキョトンとした顔をする。
互いが互いにその反応を見るに、誰もその少年と面識がないことは明白だった。
「マルキダエル、そしてズリエル。貴方たちの今の様子を見れば大体のことは察しがつくわ。ならば、敗者として潔く勝者にその身を委ねるべきだと、私は思うな」
「なっ…………!? まさか、貴女は!?」
少年の口振りから、彼自身はレナスとマルキダエルの二人と面識があるようだった。
そして、少年の見た目に反した大人の、しかも女性的な口調から二人はようやく少年の正体に気づいた。
「
「何っ!?」
マルキダエルの呟きに、暁は驚いたような顔をする。
そんな暁の様子に、第七区の他の面々は首を傾げた。
「暁ちゃん、『聖母』って…………」
「…………『
「ん…………? 今、『創設メンバー』って…………確か『星痕騎士団』の創設って…………」
暁の言葉に、姫乃ははたと考える。
『星痕騎士団』が王都を来訪するより前、暁から聞いた『星痕騎士団』の話を思い出していた。
「1869年……時代としては産業革命の真っ只中。軽く二百年以上は前になる」
「えぇっ!? じゃあ、この子って二百歳以上なの!!?」
神無が目を丸くしながら、少年を見る。
その視線に、少年は苦笑いを浮かべた。
「
「それって…………」
「『星痕騎士団』の総団長は、その強大な霊力によって遠く離れた場所から他者の体を操ることが出来るという噂…………本当だったんですね」
「私の本体は今もイギリスに存在しています。この少年は全世界にある私の端末の一つに過ぎません。まあ、私と霊力の波長が合う者としかこうやって同調することが出来ませんが」
(遠く離れた霊力を同調させて体を借りる………最早、人間の範疇を超えてるな)
暁は最早人間の力を遥かに超えた、神の所業に近しいものの一端を感じ取っていた。
そうしていると、少年の体を借りた聖母が切断された片腕を手に近づいて来ていた。
「『灰色の魔王』……貴方の申し出、お受けします。ですが、その誓いに
「え…………?」
暁は瞬きを一回、ほんの一回しただけだった。
そのほんの一回の瞬きの次に見たのは、自分の体に元通りくっついている、切断したはずの左腕だった。
「なっ…………!?」
「これで元通りです。さ、二人とも帰りますよ」
驚き固まる暁を尻目に、まるで何のこともないように聖母は二人に向き直ると、空を見上げる。
すると、それを合図にしたかのように、雲の隙間から一機のヘリコプターがゆっくりと降下してきた。
前後に巨大なローターを備えたタンデムローターをけたたましく回しながら、周囲の塵を巻き上げ、河川敷に着陸した。
着陸したヘリから、団員と見られる白コートの男たちが担架を持って数名降りてくる。
男たちは暁たちに見向きもせず、レナスを丁重に担架に乗せ始めた。
「それでは、『灰色の魔王』よ。カイル・リデル、もとい『ルイス』のことはよろしくお願いしますね」
「……いやにあっさり引き下がるんですね」
「不思議ですか?」
訝しげな表情の暁に、聖母は笑みを浮かべる。
何かを含んだようなその笑みに、暁はさらに首を傾げた。
「失礼。ですが、貴方があまりにも『
「父を知ってるんですか!?」
予想外に父親である先代魔王の名が出て来て、暁は驚きを隠せない。
そんな暁に対し、聖母は静かに頷き返した。
「貴方からは、彼のような誠実さと正しい強さが感じられます。私の部下も含め、最後まで誰一人の命も諦めなかったのがその証拠です。だからこそ、私は信頼して全てを任せることが出来るのです」
「…………買いかぶり過ぎですよ。僕はがむしゃらに自分の意志を通そうとしただけです。
暁は自嘲気味な笑みを浮かべる。
目標である父親のようだと言われ嬉しい反面、改めて父の偉大さと自分の不甲斐なさを実感したことに対する笑みだった。
そんな暁の心中を察したのか、聖母は首を横に振る。
「生憎、『
「…………」
「そして、
「…………そうですね」
暁と聖母がそんな会話をしているうちに、団員たちはレナスをヘリに乗せ終えていた。
それを確認した聖母は、暁たちに頭を下げるとヘリに乗り込む。
聖母がヘリに乗り込むと、ローターは轟音と共に回り始め、再び空高く舞い上がっていった。
「終わった…………?」
轟音と共に飛び去っていくヘリを見届けたふらんが、ポツリと呟く。
それに対し、暁は首を横に振った。
「いや、まだだ。まだ、やり残したことがある」
そう言いながら、暁は同じように空を見上げるカイルの背中を見る。
その小さな背中は、今どんな気持ちで空を見上げているのだろうか。
暁はそんなことを考えながら、元通りになった左腕を擦った。
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