第110話 到着
『怪物』は、どんな攻撃にも反応し、
そして、魔力によって生み出されたその漆黒の体は、如何なる衝撃も吸収し、散らしてしまう。
だからこそ、レナスの蹴りは威力を殺され、無効化されていた。
だが、レナスは攻め方を変えた。
『面』での攻撃から『線』の攻撃に。
部分的に集中され斬撃となった衝撃は、『怪物』の体の受け流しをモノともせず、吸収し切れる以上のダメージを与えた。
その結果が、切り落とされ『怪物』の両腕である。
さらに、レナスの斬撃となった蹴りは『怪物』の腕もろとも、カイルの右肩を切り裂いた。
カイルは痛みと熱を帯びた肩の傷口を押さえる。
傷口からは不思議なほどに大量の血が流れ、カイルの顔から一瞬で血の色を失せさせた。
カイルは唇を噛み、血と共に溢れ出そうな悲鳴をグッと堪える。
その様子を見たレナスは、変わらぬ冷たい視線を向けた。
「法儀礼済みの足甲でつけた傷だ。血は止まらず、傷口から徐々に体を蝕んでいく…………
「痛っ…………」
カイルは傷口を押さえた手を見る。
べっとりと掌についた血に紛れて、火傷をしたかのような皮膚の爛れ。
傷口に触れただけでこれだけの効果である。
レナスの言葉に嘘はない。
今も、実際に斬られた肩からは傷口を焼かれるような痛みを感じた。
「斬撃は効果がある…………ならば、これはどうだ?」
言い終わるや否や、レナスは足を持ち上げる。
カイルがその動作を見た時、レナスは既に次の攻撃を終えていた。
『面』から『線』に接触面積を少なくし、衝撃を集中させたように、次は『点』の攻撃に。
その答えは、目に止まらぬ速さで繰り出される槍のような突き蹴りだった。
カイルは気づけなかったが、カイルを守る『怪物』はその攻撃に反応していた。
失った腕の代わりに、その身を呈してカイルを守っていた。
その証拠に、『怪物』の体にはいくつものピンポン玉ほどの大きさの穴が空き、カイルとレナス、両者の視線をその風穴から交えさせていた。
そして…………。
「ああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
カイルの口から、堪え切れなかった悲鳴が響く。
悲鳴を上げうずくまったカイルの横腹から肩と同じくらい、いやそれ以上に大量の血が溢れ出していた。
痛みとあまりの出血にパニックを起こしたカイルが悲鳴を上げながらのたうち回っているのを見たレナスは首を傾げる。
「貫通したのは一つだけか…………力加減を誤ったな。もっと強めに蹴るべきだったか」
痛みに震え、涙と悲痛な声を漏らすカイルを前にして、レナスはあくまで冷静だった。
あくまで冷静に、的確に目の前の獲物を殺す手段を考えていた。
「まぁ、いい。次で完全に殺し切る」
レナスは最早うずくまるしか出来ないカイルにゆっくりと歩み寄る。
しかし、それを遮るように『怪物』は尚もレナスの前に立ちはだかる。
両腕を失い、体中穴だらけになっても『怪物』はカイルを守ることを止めなかった。
そんな『怪物』の姿に、レナスは明確な不快感を露にした。
「そんな姿になっても、まだ宿主を守ろうとする…………哀れだな。その『怪物』は『ルイス』がお前の『生きたい』と思う気持ちに反応する…………謂わばお前の『生』への執着。生きることへの醜い渇望そのものの姿」
レナスは再び足を上げると、『怪物』の首元を足先で撫でるように横に薙ぐ。
すると、熟れた果実が枝から落ちるように『怪物』の首が地面に音を立てて落ちた。
カイルの涙で掠れた視界の端に、落とされた首が転がってくる。
カイルは震えながら、レナスを見上げた。
「これで、今度こそ終わりだ。もうお前を守るモノは何もない。まぁ、仲間にすら裏切られたお前には、最初から己しか自身を守ってくれるモノは存在しなかったがな」
「ボク…………は…………ボ……クは…………」
カイルの頭の中では、痛みに苛まれながら様々な感情が渦巻いていた。
絶望、悲嘆、自棄…………。
負の感情が渦巻く中、それらを押し退けて声を上げたのは恐怖の感情だった。
目前に迫った『死』への恐怖心だった。
仲間に裏切られ、一度命を失った。
その仲間の命を犠牲にして、自分は甦った。
耐え難い空腹に、疲労に、痛みに常に、今も苛まれてきた。
そんな辛いことを余すことなく浴び続けても尚、『死』が怖い。
死にたくない。
喉の奥からその言葉を搾り出そうとしても、傷の痛みとあまりの出血で声が出ない。
例え出たとしても、目の前の男がその言葉に耳を貸すことはないだろう。
それでも、カイルはその言葉を必死に搾り出した。
「死に……た…………く……な…………い…………たす…………け……て…………」
カイルの命を削って出したかのような、必死な言葉。
そんな言葉でも、レナスの耳には当然届くことはない。
「助けないさ…………もう、誰もな」
レナスの無慈悲な言葉が死神の鎌のように振り下ろされ、カイルの首を落とす。
そして、今度は文字通り本当に首を落とそうとレナスが足を振り上げようとしたその時だった。
「まだだっ!」
レナスの頭上から振り下ろされる赤い刃。
レナスは後方に跳んで、その大剣の一撃をかわした。
空振りした大剣は地面に深々と突き刺さる。
まるで、カイルとレナスを隔てるかのように。
まるで、カイルを守る盾のように。
「魔王…………逢真 暁!!」
「あなた…………は…………」
「まだいるさ。魔王とその臣下が…………君を守る」
暁は地面から『ドラクレア』を抜き、レナスに向かって切っ先を向ける。
レナスは向けられた鋭い切っ先に対するかのように、同じく鋭い目つきで暁を睨んだ。
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