第109話 開戦

 暁の振り下ろした『ドラクレア』の刃を、マルキダエルは後ろに飛び避ける。

 力任せで、何の工夫もない大雑把な攻撃。

 その攻撃がを目的としているのは明らかだった。

 そして、それを理解していたマルキダエルも、甘んじてその思惑に乗っかった。

 次に暁がどんなを見せるのか。

 それを知りたいという好奇心一点だけで。


「ん?」


 着地したマルキダエルは、ふと自分の左腕に違和感を感じる。

 見てみると、自分の左手首に極細の赤い糸が絡みついていた。

 あまりの細さに、いつ絡みついたのか全く気づかなかった。

 マルキダエルは糸の伸びる先に視線を移す。

 視線の先には、赤い糸を宙に揺蕩たゆたわせた姫乃が歩道橋の手摺てすりに器用に立っていた。


「なるほど…………」


 姫乃の姿を見て、マルキダエルは暁の狙いが何なのか理解した。

 暁の狙いは『分断』と『強行突破』。

 それを理解したマルキダエルは顔に張り付いた笑みを深くした。


「熱くなっていたかと思ったら…………ちゃぁんと冷静じゃないですか」


 マルキダエルがそう呟きを溢すと同時に、彼の体は糸に引っ張られ、人形のように宙に飛ぶ。

 宙を舞うマルキダエルの視界の端に、歩道橋を走り去る暁たちの姿があった。

 しかし、すぐにその視界も別のものに遮られる。

 次に視界を埋め尽くしたのは、宙を舞う自分に猛然と突撃してくる竜―――――もといメルの姿だった。


「つっ…………!!」


 マルキダエルは翼を広げ体当たりをしてきたメルを受け止める。

 ぶつかり合った反動で、二人は互いに弾かれ合い、さらに空中を舞った。


「おっ…………とっと…………」


 マルキダエルは、空中で体勢を立て直すと、道路を走るバスの屋根に着地する。

 すると、その後を追うように、姫乃が走る車の上を飛び移りながら、バスの上にやってきた。


「分断は成功しましたね…………それで、私の相手は貴方たちですかお嬢さん方?」


 眼鏡の下からにやけた視線を送られ、姫乃は眉間に皺を寄せる。

 未だマルキダエルの左手首に絡みついた糸を引いて、暗にマルキダエルの問いに対して答えを返した。

 そして、その姫乃の背後にメルが翼を畳んで降り立つ。

 夜の街を走るバスの上で、マルキダエルを前に二人は対峙した。


「『灰色の魔王』が『臣下ヴァーサル』、紅神姫乃」


「『灰色の魔王』が『弟子魔王シューラー』、メル・レクスレッド」


「我が主君に代わって…………」


「我が師の拳となりて…………」


「「ブッ飛ばすっ!!」」


 姫乃とメルの二人は宣戦布告と共に構えをとる。

 それを見たマルキダエルのつり上がった口角が、さらに深く皺を刻んだ。


「それは……素晴らしい。すごくすごく素晴らしい」


 そう言うと、マルキダエルは左手首に絡まった糸を掴み、力任せに引っ張る。

 人間の力では決して切れるはずのない魔力の込められた血糸。

 マルキダエルはそれを容易く引き千切ると、二人に向かって飛び掛かって行った。



 ※



 レナスの攻撃は苛烈そのものだった。

 『星痕騎士団アスタリスク・ナイツ』が技術の粋を結集して作り上げた高硬度合金『ディオニウム』。

 それを素材に作られた特別製の足甲から繰り出されるレナスの足技は、どれも必殺の威力を誇っていた。

 それは、デモニアだけを標的に定め、対デモニアに特化した戦闘方法を血の滲むような鍛練の果てに身につけたレナスだからこそ可能にした威力だった。

 だが、そんなレナスの苛烈な攻撃も、目の前の『怪物』からは容易く受け止められていた。

 突き、横凪ぎ、振り下ろし…………時にはフェイントなどの小細工も交え、レナスは激しい攻撃を繰り返しカイルに向かって放つ。

 しかし、そのどれもがゴムのような黒い『怪物』の腕や体に受け止められ、カイルには届かなかった。


(この『怪物』…………俺の攻撃を防ぐだけじゃなく、威力を体の中に受け流していやがる…………)


 レナスは一旦、攻撃を止める。

 すると、先ほどまでカイルを守るために激しい動きを見せていた『怪物』は途端に大人しくなる。

 そんな『怪物』の様子を見て、レナスは確信した。


「どうやら、その『怪物』はお前カイルに対する直接的な脅威に反応して動いているようだな。つまり、お前が危険を感じた時、はお前を守ろうと動く」


 レナスはそう言うと、近くに落ちていた小石を器用に蹴り上げると、カイルに向かって空中で蹴り飛ばす。

 しかし、その小石も『怪物』の黒い手によってすぐに弾かれた。


「だが、逆に直接的な脅威がない場合、こちらから何も手を出さない限り、その『怪物』も何もしてこない……今これだけ隙を作ってやってるのに何もしてこないのがその証拠だ」


「ボクを…………守って……?」


 カイルは自分を守るように頭上に覆い被さる『怪物』の姿を見る。

 『ルイス』が自分を裏切り、命を奪った仲間の命を吸い上げ、生み出した存在。

 カイルには、そんな存在が自分を守ってくれているということが、残酷な皮肉のように感じられた。


「まさに、自分の身を守ることに特化した力…………浅ましく自らの生にしがみつく化け物らしい力ではあるが、このまま攻撃し続けても埒が明かない。ならば…………」


 レナスは再び右足を振り上げると、カイルに向かって振り下ろす。

 当然、その攻撃に対しても『怪物』は反応し、レナスの蹴撃を防御した。


「えっ…………」


 カイルは驚きで目を見開く。

 先ほどまで容易く受け止められていたレナスの蹴りが、防御した『怪物』の腕をすり抜けている。

 否、すり抜けたのではない。

 レナスが今までの岩をも砕く『打撃』から、セブンス・タワーの二重ガラスをくり貫いた時のような鋭い『斬撃』へと攻撃を切り替えたのだ。

 その証拠に、レナスの蹴りを受け止めようとした『怪物』の両腕は切り落とされ、地面に転がっていた。

 そして…………。


「いっっ…………!?」



 レナスが振り下ろした足を、ゆっくり地面につける。

 それに連動するかのように、カイルの肩にパックリと傷が開き、大きな血の滴がボタボタと零れ落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る