第107話 錯綜する真実

「それは…………どういうことだ?」


 カイルとレナスが河川敷で対峙している頃、暁たちとマルキダエルもまた横断歩道で同じように対峙していた。

 その最中、マルキダエルの口から語られたのは偶然にも同刻にカイルがレナスより聞かされた真実だった。


「今、述べた通りです。カイル・リデルは既に死んでいる。今の彼女は『ルイス』の魔力で蘇ったこの世の理から外れた存在なのです」


「………………それを僕たちが信じるとでも?」


「信じるしかない。今の貴方たちは…………ね」


「……………………」


 暁は何も言い返さない。

 マルキダエルの言う通り、事の真偽を確かめる術のない暁たちは彼の言葉を信じるしかなかった。

 それに、少なくとも彼らは今まで隠し事はすれど嘘はついていない。

 彼らにとって、嘘で欺く必要のない情報だからだ。


「彼女の作り出した『ルイス』は周囲にある魔力を凝縮し、物質に変換する。だから、正確には『無』から『有』を生み出すモノではなく、魔力の量に応じてそれにふさわしいモノを生成する魔女工芸品ウィッチ・クラフトなのです」


「それが彼女の『命』を作り出し、今は体内で彼女を生かし続けている…………と」


「その通りです。しかし、その代償はあまりに大きかった。生き物の『命』とはかなりのエネルギーを必要とするようでね。周囲に漂う自然界の魔力では彼女の『命』に全く足りなかった」


「何…………まさか!」


 暁の顔が戦慄し、青ざめる。

 マルキダエルはその表情を見て、嬉しそうに笑みを浮かべた。


「『ルイス』は周囲から魔力を取り込むだけでは不十分と判断したのでしょう。だから、手っ取り早く近くにある多くの魔力を吸収した…………『キャロルの工房』の魔女たちのね」


「そんな…………!」


 ふらんが口元を手で覆う。

 他の四人も動きはしなかったが、明らかな動揺が見てとれた。


「『キャロルの工房』にはざっと二十数人の魔女が在籍していた。『ルイス』はその全員から魔力を余すことなく吸収していきました。いやぁ…………爽快でしたよ。魔力を吸われ、苦しみ悶え、血ヘドを吐きながら倒れていく奴らの姿といったら…………是非皆様にも見せてあげたかった」


 本気の笑みを浮かべ、本気でマルキダエルはそう言葉を吐く。

 後ろにいた四人のデモニアたちが明らかに殺気立つのを暁は手を広げて制止した。

 無論、彼自身も足元から沸き立つ怒りを必死に抑えながらだ。


「ですが、カイル・リデルも本望でしょう。何せ、のですからね」


「…………何…………だと?」


「気になりますか? 私もこの話を貴方たちやカイル・リデルにしたくてしたくて堪らなかった。この話を聞いて貴方たちがどんな顔をするのか…………考えただけでも…………ふふっ…………笑いが……止まりませんよ」


「どういう意味だっ!!」


んですよ! あのガキはっ!! あのガキの才能を妬み怖れた仲間たちからなぁ!! ひゃはっ…………はははははははははっ!! 全くお笑いだ!! デモニアも人間も結局は自分の身が一番可愛いんですねぇ!! 化け物のくせに実に人間臭い!! はははははははははははははははははハハハハハハハハハ!!!!」


 マルキダエルの狂ったような、塗りつくような厭らしい笑いが暁たちの鼓膜を不快に震わせた。

 およそ人間が出す声とは思えない笑い声が残響となって暁たちの耳にこだました。



 ※



「うそ…………だ…………そんな…………」


「嘘ではない、事実だ。お前は仲間たちから裏切られ、その手にかかった。『ルイス』とお前の存在を恐れたお前の仲間は、秘密裏に『星痕騎士団』俺たちとコンタクトを取ってきたのだ。その時、『星痕騎士団』はお前の遺体と『ルイス』を引き換えに『キャロルの工房』を見逃すことを約束した。お前が蘇ったのはその引き渡しの時だ。『ルイス』をその身に宿し、仲間たちの命を吸収して…………な」


「嘘だ…………そんな…………」


「お前が信じようと信じまいと関係ない。俺の任務はお前を再殺し、『ルイス』を回収すること。それに変わりはない」


 全ての真実を突きつけられたカイルは、その場に力なくへたりこむ。

 今まで彼女を支え続けた全てが、彼女の膝と共に崩れ落ちた。

 呆然とする彼女の頭の中で、徐々に不鮮明だった記憶が蘇ってくる。

 路地裏で目覚めるより前、苦しむ仲間たちの顔、それは全て自分に向けられていた。

 夕食の後、やけに体が重かった。

 食堂の椅子から転げ落ちるように倒れた時、最後に見た仲間たちのあの顔。

 申し訳なさそうな、それでもどこか納得したような表情を。

 その手に握られた光る刃を。

 カイルは全て思い出していた。


「…………今度こそ、二度と蘇らないようにバラバラにしてやる…………安心して、死ね」


 茫然自失のカイルに、レナスは近づく。

 カイルは光を失った瞳で、目の前に立つレナスを見上げる。

 白いコートに身を包み、雲間から現れた月の光を浴びて立つレナスの姿は、光を失ったカイルの瞳には天使のように映った。

 まるで、自分を苦しみから解放するために天から舞い降りた天使に。


「じゃあな…………魔女ウィッチ


 そう言うと、レナスの銀色に輝く右足が天を指すように振り上げられる。

 そして、振り上げられた右足はカイルの頭に目掛けて無情に振り下ろされた。

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