第108話 とりあえずは…………

「…………?」


 レナスは右足に感じた手応え…………いや足応えに違和感を感じる。

 今までおよそ途方もない数の獲物デモニアの頭蓋を砕いてきたが、今感じている感触はそのどれとも当てはまらない。

 例えるならば、身のぎっしり詰まったゴムの塊を蹴ったような感触に近い。

 まぁ、実際ならゴムの塊程度で止まるような蹴りではないのだが、あえて形容するならばそんな感触だった。

 レナスは自分の足先を見る。

 レナスの視線の先には、未だ放心した様子のカイルの顔があった。

 突きつけられた事実からまだ立ち直れていないのだが、それに加えて、今自分の目の前で起こっている出来事に対して理解が追いついていない様子だった。

 レナスと自分の間に割って入るように現れた

 その発生源が、月明かりに照らされて現れた影であることにカイルは気づく。

 正確には、カイルの足元にあるのは影ではなく、今カイルの命を助けたの象る不定形な姿に他ならなかった。

 レナスはその黒い物体から足を離すと、すぐに距離をとる。

 突然現れた黒い異物からは敵意どころか何の意思も感じ取れなかったが、正体不明の物体に対する警戒心がレナスに一時的な後退を選択させた。


(何だ……あれは?)


 レナスの攻撃を受け止めた不定形の黒い物体は、流動するかのように蠢きながら、カイルの足元から這い出してきた。

 這い出してきた物体は、不定形から徐々に人型に近い形に変化していく。

 しかし、人型に近いというだけで、その姿は人という生物からは大きくかけ離れていた。

 地面につきそうな程長く細い腕に、それに反した大きく膨れ上がった胴体。

 そして、そんな膨れ上がった胴体を支えるには些か不安な短く頼りない足。

 胴体からは手足の他に二対の翼と、前に突き出し首の先に果実のように垂れ下がる楕円形の頭部が生えていた。

 頭部には口も鼻も耳もなく、唯一縦に伸びる切れ込みから瞳のような赤い瞳孔がこちらを覗いていた。

 人以外のモノでこの黒い物体を表すならば、『怪物』や『化け物』と言った名称がふさわしかった。

 異形のモノとなったそのおぞましい物体を見て、カイルは未だに自分の身に何が起こっているのか分からなかった。

 だが、少なくともこの『怪物』の根元だけははっきりとわかった。

 そして、それはレナスも同じだった。

 だからこそ、レナスはカイルを守るように立ちはだかる『怪物』に向かって眉をひそめながら悪態をついたのだ。


「『工房』の魔女は全部で二十四人…………『ルイス』は貴様の命を繋ぐだけではなく、そんな化け物まで生み出していたわけだ…………」


「これは…………一体……?」


 カイルは赤く蠢く『怪物』の瞳を覗きこむ。

 『怪物』はカイルと目を合わせると、何か伺うように首を傾げるのだった。



 ※



「っ…………!? 何だこの魔力は!?」


 空気を伝い、突然伝わってきた強大で歪な魔力の気配に、暁たちは顔を上げる。

 魔力の気配は、ここから少し行った先にある河川敷の方からだった。

 その魔力の正体が何なのかは分からなかったが、その原因となっているのがカイルであることはすぐにわかった。


「この魔力は……どうやらまた『ルイス』が発動したようですね」


「これが…………『ルイス』!?」


「どうですこの禍々しさ? が貴方たちが守ろうとしているモノです! この邪悪さを感じてもまだあのガキを守ろうなんて言えますか!?」


「…………」


 マルキダエルは黙り込んだ暁に対して笑みを見せる。

 その笑みの真意が、今この状況を端から見て楽しんでいるのは明らかだった。

 それだけ、今暁が明確な『迷い』を見せているということに他ならなかった。

 先ほどまでカイルを守ることに一切の迷いがなかった暁だったが、実際に『ルイス』の禍々しい魔力を感じ取った今、『ルイス』をどう処分するのか、そしてそれと命の繋がったカイルをどうすればいいのか、その答えが見出だせなくなっていた。


(なんて禍々しく危険な魔力……! こんなモノ……野放しにしていれば、世界に害を為すことは明確!! 魔王として…………そんな危険なモノを捨て置けない…………しかし、カイルの…………あのの命は…………!?)


「さぁ! 『魔王』として決断しなさい!! 既に失われた命を救って、世界を危険に晒すのか!? それとも世界の平和と安寧を守り、ガキ一人を再び亡き者にするのか!? さぁ!! さぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁ!!!!!」


 マルキダエルのテンションが最高潮に達する。

 苦渋の二者択一。

 そのどちらを選んでも、無念と後悔がつきまとう。

 そのせめぎあいに苦闘する姿も、どちらかを選び、自らの無力さに押し潰される姿も、マルキダエルにとっては好ましいモノだった。

 生き物が苦悶する様を見ることこそ、マルキダエルの一番の生き甲斐なのだ。

 果たして、暁はそのどちらの姿を見せてくれるのか。

 マルキダエルが嬉々として答えを待っていると、暁が鋭い目つきを向けてきた。

 何かを決意した、それがありありと現された目つきだった。


「マルキダエル…………悪いが、僕はどちらも選ばない」


「ほぅ……?」


「僕は彼女カイルを救う、そして世界も守る」


「どうやって?」


「それは今から死ぬ気で考える。絶対に考えついてみせる…………絶対だ」


「己が力の過信ですね……傲慢甚だしい」


「そりゃあ、傲慢さ。僕は『魔王』だからね。だからまず、とりあえずは…………」


 暁は『ドラクレア』を両手で握ると、大きく上段に構える。

 マルキダエルもまた、暁に対して臨戦態勢の構えをとった。


『星痕騎士団』あんたらをブッ飛ばすことから始めるよっ!!」


 暁は言葉と共に、上段に構えた『ドラクレア』を力強く振り下ろす。

 『ドラクレア』の紅刃が、マルキダエルへと襲いかかった。

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