第99話 来訪

「はぁ…………」


 今日、幾度めかのため息をする主をムクロは黙って見つめる。

 暁は、鏡に映る憂鬱そうな自分の顔を見ながら、歪んだ襟元を正した。


「心配だなぁ…………」


「はい。なんとも嫌な感じですな」


「いやそうじゃなくて、途中で嫌なの顔に出ないかなと思ってさ」


「あぁ…………」


 ムクロは納得したように声を漏らす。

 普段はラフな格好を好む暁だが、今は淡いブルーのシャツにグレーのスーツを合わせたフォーマルな格好をしている。

 ムクロにしてもいつもの白骨姿ではなく、術によって深い皺の刻まれた細身の老人に姿を変えていた。

 長い白髪を撫で付け、後ろで一つに縛り、モノクルを着けた老練な姿は、まさに執事といったような風貌だった。

 二人が正装をしているのには理由がある。

 つい先日、暁のもとにある者からアポイントメントをとる連絡が入った。

 いつも暁のもとを訪れる人々の中に、そんなものをとる人物はいない。

 第七区、もっと言えば王都外部からの訪問者であることは明確だった。

 わざわざ誰だろうかと訝しりながら名を聞いた暁だったが、その名を聞いた瞬間、この日のために色々用意をしなくてはならなくなった。

 正装もそのうちの一つだった。


「目標は、『穏便に早急に国に帰っていただく』…………かな」


「難しいでしょうな」


「だよねー相手は『星痕騎士団アスタリスク・ナイツ』だし」


 そんなことを話しながら、暁は応接間の扉を開く。

 応接間に入ると、入り口の扉に背を向けるように置かれた赤革のソファーに一人、白いコートを着た男が座っていた。

 そして、その隣に控えるように立つ同じく白コートの男。

 こちらの方がまだ若く、少年といった風貌だった。

 暁が入ってきたことに気づくと、座っている男は立ち上がり、深々とお辞儀をした。

 それに対し、暁も会釈で返す。


「お待たせしました。どうぞ、楽にかけてください」


 対面のソファーに座りながら、暁は着席を促す。

 長身痩躯で眼鏡をかけた男は、笑顔を浮かべて、促されるまま席に着いた。



 ※



 『星痕騎士団アスタリスク・ナイツ』と呼ばれる集団がある。

 イギリスを拠点とする大規模なデモニアハンター団体だ。

 元々は人に害を為すデモニアから身を守るために民間の若者が集まった自警集団だったが、長い年月を経る中で規模は拡大していき、今では国お抱えのハンター集団となるまでになっていた。

 彼らの活躍は他国にも有名で、末端の団員まで名うてのハンターと言われている。

 現に、彼らの活躍によって解決されたデモニア関連の凶悪事件は数多い。

 しかし、その名声以上に彼らを有名にしているのが、その苛烈さだ。

 人に仇為すデモニアに対して微塵の情けもかけない。

 その様は『討伐』というより、『虐殺』とまで言われた。

 その残酷さから非難の声もあるが、彼らの活躍が人間とデモニアの関係におけるある種の抑止力となっているのも事実である。

 そのため、各国のトップは彼らの時に行き過ぎた活動も半ば黙認していた。

 そのような理由もあり、デモニアたちからは酷く恐れられている集団なのだ。

 そんな集団の一員が、デモニアの保護地区である王都を訪れる。

 それの意味するところは、どう考えても穏便に済みそうにないことが起こっているということ。

 目の前で穏やかに紅茶を飲む男は何を目的に王都に、そして第七区に来たのか。

 その真意を探るように、暁は男を見つめていた。


「美味しい。アッサムですか?」


「はい。本場の方々がいらっしゃるとのことでご用意させていただきました。お口に合いましたか?」


「はい。私はこれのミルクティーが大好きで。お気遣い痛み入ります」


 ムクロに向かって笑顔を返す男。

 その振る舞いは、とても話に聞く『星痕騎士団』の一員とは思えない。

 ふと暁は、彼の横にいるもう一人の若い男に目をやる。

 暁がこの応接間に来てから、いや来る前から一言も喋らず、立ったまま微動だにしない。

 勿論、ムクロの入れたお茶にも一切手をつけていない。

 目の前の男も気になるが、傍にいるこの少年も暁はずっと気になっていた。

 黒と銀が斑に入り交じった独特な髪色をした少年。

 年も自分と対して変わらないだろう。

 ただ、男ながら妙な色気のある精悍な顔立ちに年齢以上の迫力を感じる。

 瞳の下には、アイシャドウと見間違うほど濃いくまがあり、それが綺麗な顔立ちと合わさって不思議な印象を暁に抱かせた。


「…………彼のことは気にしないでください。彼は私の付き人ですから」


「付き人の方は、ずっと立ったままですね。疲れないですか?」


「その方が彼も幾分は落ち着くんですよ」


「そうですか。てっきり警戒されているのかと思いましたよ」


「はい。勿論、警戒してますよ」


 男の歯に衣着せぬ言葉に、暁は一瞬驚くが、すぐに平静を取り戻す。


「…………えらく正直ですね」


「申し訳ありません。何せデモニアハンターそういうことを生業としていますから、我々に恨みを抱くデモニアも多いのです。ご容赦を」


「その割には、貴方はやけにリラックスしてますね。紅茶までおかわりして」


「『毒でも入っている』とでも? そんなことして貴方に何のメリットがありますか? ただ『星痕騎士団』我々に王都のデモニアを討伐する口実を与えるだけだ。『人間とデモニアの共存』を掲げ、人間でありながら魔王となった貴方が、そんな愚かなことをするわけがない」


「なるほど…………」


「ですが、私が紅茶を頂いたのは半分期待していたからですね」


「期待…………?」


 訝しげな顔をする暁に、眼鏡の男は変わらぬ微笑みを向ける。


「だって、私が毒殺でもされれば、『星痕騎士団』がこの王都のデモニアを根こそぎ狩れるんですよ? そんな夢のようなこと…………つい期待してしまいました」


 男は堪えきれずに、笑い声を漏らす。

 男の歪む瞳には、確かに歓喜の光が宿っている。

 この男は、本気だ。

 暁はそれを感じ取りながらも、あくまで平静を装う。

 だが、その胸のうちはけたたましい警鐘が鳴り響いていた。

「コイツらを、第七区に、王都に居させてはいけない」と。


「失礼、すっかり本来の目的を忘れるところでした。我々が王都ここに来たのはこの少女を探しているからです」


 男が懐から取り出した写真を、暁は受け取る。

 写真には市場で賑わう人々の様子が写されていた。

 その中の中心に、深くフードを被った少女の姿がある。

 どうもこの写真は、その少女を隠し撮りしたもののようだ。


「彼女を探し出し、保護する。そのために我々はこの王都までやって来ました」


「この子は…………?」


「『魔女』ですよ」


「『魔女』?」


「はい。それもです。このままでは全世界が危ない」


 暁は男の顔を見る。

 男の顔から、笑みが消えていた。

 暁は手にした写真をテーブルに置くと、男に向き直った。


「詳しく、話を聞かせてください」


 暁の言葉に、男はゆっくりと頷いた。

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