第六章 ドラゴン

第44話 イチゴ柄の襲撃者

 それは、ゴールデンウィークを間近に控えたある日の午後だった。

 今日も今日とて、暁は午後の授業をサボり、屋上にあるベンチに座り、少年週刊誌を読み耽っていた。

 傍らには一緒に授業をサボった神無が横になって気持ち良さげに寝息を立てていた。

 丸くなって眠るその姿は、狼というよりは猫科の動物のようだった。

 暁は雑誌と一緒に買った新商品の「塩辛納豆味」のスナック菓子に手を伸ばす。

 お菓子に関しては、好物ということもあり、日頃から新商品の開拓に余念がない暁だったが、久しぶりに「当たり」を引いたといたくご満悦だった。

 スナック菓子をかじりながら、雑誌のページをめくる。

 暁が読んでいたのはお色気描写が売りの恋愛コメディ漫画だ。

 暁が開いたページでは、転けた主人公に押し倒されたヒロインが、スカートを大きくめくり上がらせて、イチゴ柄の下着をデカデカと見せつけているシーンだった。


「ふむ……やはり偶によって引き起こされるエロスはいとをかし大変趣深い……このような機会に恵まれたいものだなぁ」


 そんなことを独り言ちていると、傍らで昼寝をしていた神無が、突然ガバッと目を覚ます。

 急に目覚めたかと思うと、鼻を立てて、周囲の匂いを嗅ぎ始めた。

 これは、神無が何か危険を察知した際に行う動きで、何かしらの脅威が迫っていることを表していた。


「どうした? 神無」


 神無の行動にただならぬ空気を察した暁だが、慌てず、まず神無に状況を確認する。

 すると、周囲の匂いを嗅いでいた神無が空を見上げてその動きを止めた。

 歯を剥き出し、威嚇の姿勢を取る。

 暁も神無の威嚇する方に視線を向ける。

 二人が空を見上げると、そこには一つの影が太陽を背にして宙に浮いていた。

 赤いビスチェ風のドレスを身に纏ったその影は、大きく開かれた背中に生える羽を一羽ばたきする。

 まるで威嚇のようなその羽ばたきによって、突風が巻き起こり、周囲の塵が激しく宙を舞う。

 突風は近くのベンチや設置されたテーブル、そして暁たちの体をも大きく揺らした。


「……どちらさま?」


 暁はあくまで冷静に、自分たちを見下ろすその影――――――金髪の少女に語りかける。

 少女は両サイドに結わえた金糸の髪を払うと、気の強そうな切れ長の瞳で暁を睨み付けた。


「お前……『灰色の魔王』の逢真 暁だな?」


「参ったな……もしかして僕のファン? サインや握手くらいなら今すぐ応じてあげられるけど、それ以外は事務所を通してもらいたいね」


「ふざけた男だな……生憎俺が来たのはそんな目的じゃない」


 その時だった。

 一際大きな春風が、三人のいる屋上に巻き起こる。

 再び風に煽られた暁は、巻き起こる塵を防ごうと、反射的に目を細めようとする。

 しかし、暁の体はその反射行動を超えて、逆に暁に目を大きく開かせた。

 何が暁をそうさせたのか。

 それは、目の前の光景だった。

 イチゴ柄。

 そう、いくつもの大きなリボンで飾られた少女のスカートが風によって大きくめくり上がり、その中の花畑……否、イチゴ畑が暁の視界に飛び込んできたのが原因だった。

 思わぬ眼福に暁は鼻の下を伸ばし、目尻を下げている。

 一方の少女はというと、下着を見られたことを気にする様子もなく、口を大きく開けて息を吸い込んでいる最中だった。

 少女のその動きを見て、暁は一瞬で我に帰る。


「まずっ……神無!」


 暁は威嚇をしていた神無の手を取ると、すぐにその場を駆け出す。

 息を吸い込んでいた少女は、肺に空気を溜めると、今度は大きく口を開いてその空気を一気に吐き出した。

 すると、吐き出された空気は紅蓮の炎を纏い、巨大な火球となって屋上に落下する。

 落下した火球は炸裂し、学校の屋上を瞬く間に火の海にしてしまった。



 ※



「紅神さん!」


 掛け声とともに、白球が打ち上げられる。

 姫乃は級友からのトスに合わせて助走をつけて、最後のステップで強く踏み込む。

 高々と宙に浮いた姫乃の渾身のスパイクが、相手コートのラインギリギリに突き刺さった。

 ボールがバウンドし、凄まじい音を立てて体育館の壁に当たる。

 それと同時に、周囲から大きな歓声が上がった。

 スパイクを決めた姫乃は、高い所で結わえた後ろ髪を揺らしながら、乱れた前髪を涼しげな顔でかきあげる。

 この一連の動作がまるで一つの演舞のようで、周りからちらほらと感嘆のため息が漏れた。


「すごいね姫乃ちゃん。バレー部も裸足で逃げ出すようなスパイクだったよ」


「ありがとう栄子えいこ。だが、今回は偶々たまたま当たり所が良かっただけさ」


 姫乃は、級友である茂部もぶ 栄子からタオルを受け取る。

 姫乃が額に滲む汗を拭っていると、栄子がこちらを注視していることに気づいた。


「何だ?」


「ううん。こんなをぶら下げているのによくあんな機敏に動けるなぁと思って」


「……女同士でもセクハラは成立するからな」


 姫乃は眉をひそめながら、両腕で自分の胸元を隠す。

 そんな姫乃を見て、「にししっ」と漫画のように笑う栄子に対し、姫乃は呆れるようにため息をついた。

 その時だった。


「んっ!?」


 突然感じた強大な魔力の気配に、姫乃の表情が変わる。

 急に表情を険しくした姫乃を、栄子は訝しげに見た。


「姫乃ちゃんどうしたの?」


「すまない栄子。少し授業を抜ける」


「ええっ!? な何で!?」


「先生によろしく言っといてくれ!!」


 動揺する栄子の慌て声を背に、姫乃は体育館を飛び出す。

 姫乃はその魔力の気配を辿って、駆け出した。

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