第五章 ムマ

第36話 それでもボクはやってない

 七生学園では近頃あることが生徒たちを悩ませている。

 それは、女子更衣室を何者かが覗いているということだ。

 更衣室を利用していた女生徒から、「最近、更衣室で着替えていると視線を感じる」という相談が後を絶たなかった。

 そして、つい先日体育の授業の後、着替えていた女生徒が更衣室の窓に人影を見たというのだ。

 人影は、見つかったことがわかるとすぐに逃走してしまったらしく、更衣室の外を見ても姿は見られなかった。

 近くにいた女生徒に話を聞いても、姿を見ていないという。

 結局覗きの犯人は分からず、困った女生徒たちが姫乃のもとに相談に来たのだ。



 ※



「……というわけで、何か弁明はあるか?」


「ちょっと待て待て待て! 何か色々過程をすっ飛ばしてない!?」


 荒縄でふん縛られ、巻きにされた暁は、体を芋虫のようにじたばたさせる。

 腕を組み仁王立ちする姫乃は虫けらを見るような目で暁を見る。


「正直に言えば、今ならその状態でトラックの前に放り投げるだけで許してやる」


「全然許してないよねそれ!? る気満々だよね!? そもそも僕は犯人じゃないぞ!!」


 暁は床の上で蠢きながら全身で反論する。

 そんな暁に対し、姫乃は相変わらず侮蔑の目を向けた。


「お前以外に誰が覗きなんて下劣なことをする? いい加減認めないと、見苦しいだけだぞ」


「だから僕じゃないってば! 失礼だぞ! 何故そんなに僕がしたって決めつけるんだ!! いくら何でも横暴過ぎる……あっピンクのフリル……がふっ!!」


「そういうことばっかりしてるから疑われるんだ馬鹿者! このっこのっ!!」


 巻き状態の暁にスカートの中を覗かれ、姫乃は顔を赤くしながら、何度も踏みつける。

 その光景を、神無とふらん、志歩を含めた生徒会の面々は呆れたように見ていた。


「ちっ……違う! 今のはつい条件反射で……! 本当に覗きは(最近は)やってないんだ!」


「(最近は)ってなんだ! (最近は)って! 信用出来るか!!」


「まぁまぁ、姫ちゃんも一旦落ち着こう。あの、その覗き犯が出た時間っていつなんですか?」


 助け舟を出したふらんの問いかけに、志歩が答える。


「水曜日、2ーBの五校時目の体育です」


「あ、その時間なら暁ちゃんはあたしといっしょにいたよ」


 神無が思い出したかのように手を上げる。


「その日は授業をサボっていっしょに駅前のアイスクリームを食べに行ったんだ。美味しかったよ」


「神無……授業はサボるなってあれほど言ってたのに……しかし、ということは暁はアリバイがある……ということか……」


 神無のサボり行為に頭を抱えつつ、姫乃は考え込む。

 しばらくすると、姫乃は暁の縄をほどき、深々と頭を下げた。


「疑ってすまなかった。いくらお前が品性下劣で軽薄な最低野郎だと知っていても、きちんと話を聞くべきだった。私が浅はかだった、本当にすまない」


「えらく僕に対する評価が辛辣だけど、わかってくれればいいんだよ」


「しかし、結局犯人は分からず終いですね」


 志歩は困ったようにため息をつく。

 他の生徒会の面々も、姫乃も含め困ったように考え込んでしまった。

 ろくな手がかりもなく、犯人探しも八方塞がりになってしまい、生徒会室を沈黙が支配する。

 そんな中、沈黙を破ったのは、元容疑者の暁だった。


「なぁ、この犯人探し、僕に任せてもらえないだろうか?」


 暁の言葉に、全員が暁の方を見る。

 突然の暁からの申し出に、姫乃は戸惑いながら尋ねた。


「どうしたんだ急に?」


「急にも何もないさ。こっちは犯人と間違われて迷惑してるんだ。取っ捕まえて一言言ってやらないと気が済まないね」


 珍しくやる気を出している暁に、神無は首を傾げる。


「『一言』ってなんて言うの?」


「そりぁあ決まってるだろ。『どうやったらそんなに見つからずに覗けるんですか』と……」


「よし、やっぱりコイツは縛って山の中にでも埋めに行こう」


 姫乃が新しい荒縄を準備し始める。

 暁はそれを直ぐ様止めに入った。


「ちょっと待って! 今のはジョーク! 場を和ませようとしたちょっとしたジョーク!!」


「何故このタイミングでそんな自分の首を締めるようなことを……」


 ふらんが呆れるように呟く。

 姫乃を止めていた暁は気を取り直し、軽く咳払いをする。


「僕に一ついい考えがあるんだ。きっと上手くいくよ」


 暁はニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべる。

 それを見た神無が、ふらんにソッと耳打ちした。


「なんか暁ちゃん悪いこと考えてそうだね」


「やっぱり犯人扱いされたこと結構怒ってるのかも……」


 そんな二人のひそひそ話なぞ露知らず、暁は一人高笑いをするのだった。

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